【29-1】相手によって見せる顔は違うモノ。

 私とアベル様は立食パーティ会場まで戻ってきた。


「やっぱりすごい人……」

「ナポレーヌ伯爵も、そろそろ挨拶まわりが落ち着いて来た頃かと思うんだが……どこかな」


 二人でキョロキョロしているところに、一人の女性が近づいてきた。


 「アベル様……いえ、もうミリウス辺境伯でしたわね、ごきげんよう」


 華やかすぎない淡桃色のドレスを着た可憐な少女が声をかけてきた。

 その髪色は美しい銀。その髪に清楚な色合いの花々を挿して結い上げている。

 うるんでいるかのような、その瞳は落ち着いたブラウンのせいか、優しげだ。


「あ……。ご無沙汰しています。シーグリッド=フェイン伯爵令嬢」

 

 アベル様がそう挨拶された。


 うん、一瞬でわかった。

 アベル様の婚約者候補だったのは、この人なのね。

 シーグリッド=フェイン伯爵令嬢。


 ……というかフェイン伯爵は、王宮で見かけたことあるな。

 やはり銀髪の美しい男性だった気がする。

 母が気に入っていたはず。運良く母の取り巻きには、なってなかったけれど。


「結婚おめでとうございます。ミリウス辺境伯、ミリウス辺境伯夫人」


 フェイン伯爵令嬢が、綺麗にカーテシーして、微笑む。

 花がほころんだかのように美しい。


「ありがとうございます、フェイン伯爵令嬢」


 私も挨拶した。


「ミリウス辺境伯夫人、お噂はかねがね……。よろしくお願いいたします」

「こちらこそ、よろしくね、フェイン伯爵令嬢。アプリコットでいいですよ」


「ありがとうございます、アプリコット様。ではわたくしの事も、シーグリッドとお呼びくださいませ」

「ええ、シーグリッド様。よろしくね」


 それからしばらく、シーグリッドは、アベル様と昔話を始めた。

 私は聞き役に徹していた。

 昔話だと、聞き役になるしかないし。

 あれ? ……というか、アベル様もずっとそうだ。


 そして、話長いなこの令嬢!?


 成る程、こうやって彼女の話が長く、アベル様が丁寧にそれに付き合っているから、仲睦まじい婚約者候補、と見られてたのね。

 実際は、ずっと彼女が話し続け、アベル様が適当に相槌を打ってた、みたいな構図か……。


「ああ、ミリウス辺境伯、挨拶が遅れまして」


 そこへ、豪華な刺繍のスーツを窮屈そうに着込んだ太鼓腹の中年男性がやってきた。


「ああ、ナポレーヌ伯爵、ご子息のお誕生日おめでとうございます」


「ありがとうございます。おや、シーグリッド。ミリウス閣下と一緒にいたのだね」


「はい! 久しぶりにアベル様……あ、ミリウス辺境伯とお話しできて幸せ……なんです!」


 今、わざと言い直した気がするけど、気のせいだろう。うん。ひっかかるけど。うん。


「そうか、婚約に至らなかった件は私も残念だよ。二人共、お似合いだったね」


 ナポレーヌ伯爵、アベル様の横にいる私が目に入ってないんでしょうか。

 妻がいる前で、そんな話をしないで頂きたいなぁ。


「いやですわ、ナポレーヌおじさまったら! 私達(強調)……そんなじゃなくて、ただの政略結婚予定だった……だけですのよ」

 

 私達。わざと言ってますよね!


「いやいや、王家の横槍さえなければねえ」


 そっかー。まあそうだよね。王家がごめんねぇ、とか思いながら、ぼんやり聞いていた私の肩を、いきなりアベル様が抱き寄せた。


「私の妻の前で、そのような話はやめていただきたい」


「――」


 ……アベル様、ちゃんと、抗議してくれるんだ。

 私はちょっと感動した。


 そして、ナポレーヌ伯爵の顔が、あっ、となった。


「おやおや! これは申し訳ない! まさかあなたが……アプリコット姫! これは大変な失礼を」


 慌てている。

 どうやら常識はありそうだ。


 しかし、そっか。

 フェイン伯爵令嬢がこういう事をするのなら、私にも考えはあるのである。


 私はちょっと目をうるませて、しおらしい雰囲気を出し、アベル様を見上げてみる。

 こ、これくらいはできるのだぞ、私だって。


「アベル様、私なら大丈夫です……」

「……リコ。誤解しないでくださいね。私はあなただけです」


 少し頬を赤くして固まったアベル様だったが、すぐにそう言って、私の頬に軽く口づける。

 

 ……やるな、旦那様。

 そうそう、私達は仲睦まじいふうふー。


「アベル様……」


 私は軽く抱きつくように彼の腕を取った後、ナポレーヌ伯爵に、


「……もう姫ではありません。アプリコット=ミ、ミリウス辺境伯夫人です」


 と、少しどもったが意思表示した。


 そうなのだ、私はアベル様の……お、奥方なのである。実情は、婚約中だけど。

 そして私がどもったのを見て、アベル様がクス、と笑った。

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