【10】 たおれました。


 ミルクティーを吹いた私は、慌ててナプキンで口元をぬぐった。


「こ、これはとんだ失礼を……」


「あ、申し訳ありません。背後からいきなり声をかけてしまい。びっくりさせてしまいましたね」


「いえ。大丈夫ですよ」


 私はニコ、と笑って返した。


「……」


 ん? 何故無言。そして無表情。

 何しに来たんだろう、こちらから切り出そう。


「……えっと、それで、今日はどういったご用件で?」


「あ、いえ。様子を見に来ました。すみません、一ヶ月以上も顔も見せず」


 なんだ、そんな事か。


「お忙しいのに、わざわざすみません。でも、様子を見るだけならどなたか使用人の方を寄越よこされてもよいのではないでしょうか?」


「……いえ、最初に使用人にまかせたらあのような事になりましたし、あなたが信用ならないと仰るのも、もっともだと思いましたので」


 真面目だな!!

 この人、ワーカホリックじゃないのか。


「そ、そうですか。ちょうど今からお茶するところだったのですが、旦那様もいかがですか?」

「ああ……では、頂きます」


 私は旦那様の分のティーカップを、キッチンへ行って取ってきた。


「わざわざ、あなたにそんな事……すみません」

「いいんですよー。はい、どうぞ。クッキーもお好きにつまんでください。街で買ってきたものなんですけどね」


「ありがとうございます。あれ、このクッキー」

「ご存じです?」

「はい。私も好きなので入荷したら買ってきてもらうようにしてます」

「そうでしたか、美味しいですよね」


「ええ。……そういえば、この間、郊外の町へ視察へ行って、このクッキー屋の本店に立ち寄ったのですが」

「はい」


 おお、あのおじさん元気かな!


「そこの店主が、妙なことを言ってたんですよ」

「妙なこと?」

「街へ来る時に、馬車の車輪がはさまる事故にあったが……変なサーカスに助けられた、と」


 ギクッ。


 ……なんでそんな、たわいもないことが、旦那様の耳に入ってんだ!?


「へ、へえ……変な、さーかす」


「……黒くて大きなクマのきぐるみと、成人男性の手足が生えた大きな魚のような着ぐるみとそのサーカス団長に助けられた、とか」


「着ぐるみに助けられるとか、か、可愛いですね!」


「……成人男性の生足手足が生えた魔物とか、可愛いとは、私は思えないのですが……」


 なんだと、サメっちは可愛いんだぞ!

 旦那様は目がおかしいんじゃないでしょうかね。


「それはともかく、そのサーカス……うちの本棟に入った賊なんじゃないかと、私は思っているんですよ」


「ぇっ」


 しまった!

 そうだった!


「え、そんな偶然あるんでしょうか」

「偶然というより……私もその海洋魔物を見ましたので。私の部屋で」


 そうでしたね!!


「ちょっと取締を強化したほうがいいかもしれないと……あ、こんな事を話す場ではないですね、すみません」

「い、いえ」


「そういえば、他にも不思議な事があって」

「え、他にはなにもないんじゃないでしょうか!」

「はい?」

「あ、いえ。なんでしょうか」(クッキーぽりぽり)


「店主にその話を聞いたので、私もその街道の整備は前々から気になってはいたのですが忙しかったもので、やっと最近それを着工しようとしたら」


「し、したら」


「……なんか勝手に綺麗になってました」

「はははは、そんな、そんな事あるんですね。妖精さんの仕業でしょうかね!?」


「いえ、明らかに……人工的な工事のあとが」

「ええ、じゃあ誰かがボランティアで!」


「そうかもしれませんが、そんな奇特な事をする住民なんていますかね」

「いたのかもしれませんっ!!」(椅子ガタッ!)


「……なんでそんなに、立ち上がってまで熱弁されているのです? あと、ちょっと、その顔が、近いです……」

「……あ、いえ。失礼しました」


 気がついたら、立ち上がって旦那様にめいっぱい顔を近づけてしまっていた。

 はしたなかった。すいません。



 その後は、月々の予算は足りてますか、とか、屋敷に不具合はないか、とか色々確認された。


 ……やばい、なんかだんだん眠くなってきた。

 そう言えば、お茶したあと寝ようと思ってたんだ。

 薬でも盛られたかのように眠たい。


 旦那様って結構、話するんだね。

 イメージ的に無口そうに見えるのに。

 それはともかく、そろそろお帰り頂きたい。


「ではそろそろ失礼します、また来ますね」


「(やった~)あ、はい……あ」


 屋敷の門まで旦那様を見送りに出る――が、眠気でふらついた。


「……大丈夫ですか?」

「あ、大丈夫です」

「そうですか」


 しかし。


 ――ドサッ。


 旦那様が振り返って歩き出そうとした時、私は意識が途切れた。



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