【25】 結婚してるけど婚約しました。


 次の日、セバスが予告したとおり、別棟に侍女が数人やってきた。


 そしてやはり、ひたすら謝られた。

 その中には、私が怪我を負わせたあの侍女もいて、彼女は今にもずっと泣きそうな顔をしていた。


 実は私もやり過ぎた、と罪悪感が湧いていたので、怪我を負わせた事を謝った。

 私も怒っていたとはいえ、やってはいけない事をやったのは確かだった。


 その侍女はとんでもございません、とポロポロと涙していた。


 彼女がした事で一番問題だったのは、旦那様に嘘をついた事らしい。

 嘘? ああ、私が本棟に帰っていいって言った事ね。


 たしかに主人に嘘をつく使用人は駄目だ。

 しかし、今回の件で旦那様は、自分に一番責があるとされていたので許された。

 今回の件で解雇される使用人はいないそうだ。


 優しいな、旦那様。


 甘いかも知れないが、許す事によって彼らの忠誠心を更に高めることにつながる場合がある。

 まあ、もともとここの使用人たちは相当領主への忠誠心が高そうだけれども。


 なるほど、そういうやり方をする領主なんだね、旦那様。私が勝手にそう思うだけだけど。

 私が本当にここの夫人になるのなら――特にそこの侍女なんて、私に対してかなりの忠誠心を持って今後は仕えてくれるだろう。……自責を持ち合わせながら。



 そして身支度……かつての使用人たちの冷えた瞳をありありと覚えているので、まだギクシャクはしてしまうけれど、私は彼女たちの仕事に身をまかせた。


 王宮でも、冷たい侍女というものはたくさんいたもので、経験はあるといえば、あるし。


「アプリコット様、こちらをご覧ください。旦那様がご用意くださったアクセサリです」


「わ……綺麗なエメラルド……あ、旦那様の瞳の、色ですね」

 

「はい。旦那様が一生懸命選んでいらっしゃいましたよ」


「そ、そうですか」


 ……急に色々変化して……気恥ずかしいな。


 婚約者も何人かいたから、相手の色を身につけるのだって初めてではないのだけど。

 そうか、私って結婚してたんだな。


 そしてこの領地に来て初めて、侍女にお風呂にいれてもらったり、マッサージしてもらったりした。

 久しぶりで、そしてあまりにも心地よくて少し船を漕いでしまった。


 まったりとした優しい時間が流れて、夕刻。

 旦那様が迎えに来てくれた。


「良く似合ってます……お綺麗です、さすが姫様」

「ありがとうございま……」


 旦那様を見ると、サファイヤのピアスをしている……私の瞳の色だ。まあ当然といえば当然なんだけども。


「さ、行きましょう」

「あ、は、はい」


 そしてテレポートで、本棟へ連れて行ってくれた。


「……便利ですね、テレポート」

「ああ、私もそう思います。闇属性に生まれて良かったと思うくらいに」

「闇属性もなかなかいないですよね」

「ええ、実は少し自慢です。でもそれ以上に、仕事であちこち行かないといけないので大変助かります」


 忙しい旦那様にピッタリだなぁ。


 旦那様にエスコートしてもらって、食事の席につくと、バーっと使用人たちが集まってきて、謝罪が始まった……もういいよ!?


「あの、本当に、ありがとうございます、でも、もう大丈夫ですから」

「……そうですね、もう謝罪されるのも疲れたでしょう。逆に印象が悪くなるかもしれませんね。ここまでにしておきましょう」


 今回はちゃんと最後まで旦那様と食事を摂れた。

 食べ終わって帰れるかと思ったら、ダンスホールに連れて行かれた。


「約束したパーティは、まだ先ですが、練習しませんか?」

「あ、はい」


 確かに、ここ数ヶ月踊ってない。

 パーティがいつか知らないけど、一度踊っておいたほうがいいかも。


 広いホールで二人で踊る。

 旦那様は踊りやすい相手だった。


「……旦那様、これなら全然パーティ平気そうですね」

「ええ。心配する必要なかったようです」


「そういえば、招待頂いてるパーティって、どこのパーティなんです?」

「ああ、言ってませんでしたっけ。隣の領地のナポレーヌ伯爵家で、ご令息の誕生日パーティです」

「伯爵家……」

「あ、いえ、違います。例の婚約が進んでいた令嬢のところじゃないです、ただ彼女も招待はされてるかもしれません」


 私がえーって顔をすると。


「あ、大丈夫ですよ。アッサリされている方ですから。話は長いですけど」

「……こういう時の男性の言う『アッサリされてる方』とかって信用ならないんですよね……」

「けっこう闇が深いですね、アプリコット姫」

「王宮育ちだとどうしても触れる闇は多くなりますよ」


 まあ、辺境伯夫人としてパーティ出席に同意するってことは、そういう女性とも顔合わすこともあるだろう。

 逆に会わないほうが無理だと思うし。


 踊った後、休憩しましょう、とバルコニーに用意された席に案内される。


「姫、これを贈ります」

「指輪?」

 エメラルドのついた指輪を旦那様がはめてくれた。

 ん? 


「婚約指輪ですよ」

「え、結婚指輪じゃなくて!?」 


「もう結婚してますけど、今はどっちかというと婚約状態かな、と思ったので。以前言いましたけど、私はやり直したいので」


「ありがとうございます。……私はもう後ろ盾がないので何も返せないのですが」


 旦那様の誠意がすごい。

 貰ってばっかりになってきた気がする。


「構いません。でも一つお願いが」

「なんでしょう」

「その肩の……えっとサメっちのように、今日からリコと呼んでいいですか」


「いいぉ」

 サメっちが答えた!!


「サメっちが許可求められたんじゃないよ!?」


「ぇー」

「ふふ、ありがとう、サメっち」

「どういたまして~」


 旦那様とサメっちがいい雰囲気で見つめ合う。


 あの、そこは普通は、私と見つめ合うとこではないですかね。別にいいですけど。

 と、思ってたら旦那様がこっちをむいた。


「リコ」

「はい」

「リコ」

「はい」

「リコ」

「……はい?」


「練習してみました」

「練習するものなの!?」


「あなたも、私のことも名前で読んでください。いわば婚約期間ですので」

「なんか変なの……わかりました、アベル様」

「確かに。でも必要なことだと私は思ったのでお付き合いください。リコ」


 そしてアベル様は私の手の甲にキスされた。

 そういえばお母様の横槍が入らないお付き合いは初めてだ。


「……はい、アベル様」

 

 婚約者ができる度に、どうせお母様に奪われると、いつも空虚だった。

 けれど、目の前のこの人は違うかもしれない、と何故か思えた。


 もしもこのまま、本当にこの人を好きになって、この人もそうなったとしたら、とても幸せだろうな、とどこか他人ごとのようにも思いつつ、そんな未来をどこか期待している自分がいるのを、私は感じていた。



 こうして、私達は既に夫婦でありながら婚約者としての「お付き合い」というものを始めたのだった。


 半年後、私達はお互いをどう思っているのだろう。

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