【第一部完結】ニジとサンジの狭間君 〜まるで二次元なミステリアス美少女VSクソッタレ三次元男子〜

木口シャウラ

第1話 クソッタレ三次元な捻くれ男子




 

 クソッタレな現実(三次元)に絶望し、向こう側(二次元)に憧れた男子がいた。

 

 そしてそれは叶った。

 彼が高校生になったある日、空から女の子が降ってきたのだ。

  

 咄嗟に抱き止めると、腕の中で彼女は言った。



 ――キミが、ボクの王子様……?



 そんな神の気まぐれのような出会いこそが、はじまりだった。


 ◇


 ずっしりと重たく、少し錆びついた鉄の扉を開き、校舎の屋上へと足を踏み入れると、春乃はるのの後ろ姿が見えた。

 フェンス越しにグラウンドを見下ろしていた春乃は、俺がやってきた事に気づくと、こちらに振り向いた。


『翔太郎くん、約束通り来てくれたんだ』

 

『当たり前だろ。……それでも、屋上に呼び出しってのは流石に驚いたが』


 親しい異性からの呼び出しの手紙。イタズラでもなければ、それが意味することは一つだろう。


『春乃が四月に転校してきてからもうすぐ一年か。初めて出会った時のこと、覚えてるか?』

 

『もちろん。忘れるわけないよ……ファルノール星のプラネットバーストから逃れて、ハイパーワープドライブで地球にやってきた時のこと……座標指定が上手くいかなくて、この学校の上空に転移しちゃったときはびっくりしたなぁ……」


『まったくだ。……空からいきなり女の子が降ってきて、受け止めたと思ったらファルノール人だの、ワープドライブだの言われたこっちの身にもなってくれ……ま、でもそんなことがあったから春乃と出会うことができたんだけどな』


『うん……思い返せば、ボクはあの時からもう、翔太郎くんから目が離せなくなってたんだ』


 春乃が、まっすぐにこちらを見つめてくる。


『翔太郎くん。ボク、ずっと前からキミの事が好……す……す………す………………』


 ◇


「読んでられるかーーーーーーーー‼︎」


 やけに通りの良い、ハスキーな叫び声が目の前の女子生徒から発せられる。

 その声は俺の目の前に立つ春乃……ではなく、今の今まで春乃を“演じていた”女子生徒、南部長から発せられたものだった。

 



 ――常々思っているが、この現実は実にクソッタレだ。

 この上なく退屈で、どうしようもなく運ゲーだ。

 ファンタジーやSFのような奇想天外な出来事が起こらないのは、百歩譲って許すとしても、俺のようなほとんどの人間には、まともなラブコメすら起きないこの世界はあまりに残酷じゃないだろうか。


 要するに何が言いたいのかと言えば、この現実に、好きな相手をわざわざ屋上にまで呼び出す『春乃』なんて女子生徒は存在しないし、当然『翔太郎』なんて男子生徒も存在しないという話だ。

 

 今の屋上でのやりとりは、俺が昨晩書き上げてきた演劇台本の単なる読み合わせだったのだ。


 当然、場所だって屋上ではなく、この千葉県立久城くじょう高校、演劇部の部室である視聴覚室の小さなステージ上で俺たちはずっとやりとりをしている。

 

 ……そもそも、ほとんどの高校では屋上は立ち入り禁止だろうしな。

 

 先ほどまで春乃を演じていた、黒髪を後ろで縛った女子生徒は、目の前で俺に文句ありげな視線をぶつけていた。


 彼女の名はみなみ希望のぞみ。久城高校の二年生にして、俺の所属する演劇部の部長だ。

 

 切長の目にすらりとしたスタイル。そして毅然とした態度で部員をまとめる姿はまさにカリスマ。

 それらも相まってイケメンオーラを放ちまくっている部長は、女子からの人気は高いらしい。

 その一方で、男子からは、寄り付かないレベルで全くモテないらしく、女子高生らしく「彼氏欲しい……」とぼやく姿がたびたび確認されている。痛ましい……。

 

「俺の書いてきた台本に、何か問題でも?」 

 

 対するは俺、同じく久城高校演劇部所属の一年生、狭間はざま長太郎ちょうたろう

 齢十五にして、捻くれ・拗らせ・オタクという地獄の合併症を患っていることを除けば特に特筆することもない、演劇部の脚本家である。

 もちろん女子からも男子からもモテない。

 

「問題もなにも、大問題だろうが……!」


 ……どうやら相当ご立腹らしい。


「なんだあの台本は! 誰がラノベを書いてこいと言った。演劇脚本を書いてこい演劇脚本を! そしてなんだあの無駄にスケールの壮大な出会いのエピソードは‼︎ 冒頭でいきなり飛ばしすぎだろうが‼︎」

 

「お言葉ですが部長、タイトルやSFの絡んだボーイミーツガールという設定部分だけで安易にラノベっぽいと決めつけるのはやめていただきたい。それを言うならば、かの新海誠作品においても痛い痛い痛い痛い!」 

 

 苦言を言い終える前に、俺の右腕はいつの間にか部長に容赦なく折り畳まれ、肩関節をキメられていた。

 よくない! 暴力はめっぽうよくない……!


「そもそもお前、昨日まで別の台本書いてただろうが、あの白雪姫のやつ! そっちはどうした!」


「あー、そっちですか……」

 

 部長の言うように、俺は昨日の部活前までは『白雪王子』という題名の、言ってみれば、少年漫画版白雪姫のような台本を書いており、部長に見せた時点では完成間近にまで迫っていた。

 

 なお、題材がメルヘンチックな理由は、わが校演劇部の伝統にある。――『多くの人が楽しめるよう、童話や御伽噺を題材する』そんな伝統だ。

 

 ……だが、入部から一年。俺にはある心境の変化が起きていた。


「なんというか、ふと、俺が書きたいのはこれじゃないなー、と思ったと言いますか、御伽噺はいい加減飽きたといいますか……」

 

「なんだ、はっきりしないな……。簡潔に言え、簡潔に」

 

「簡潔にですか……えー、ほぼ完成してた『白雪王子』の台本データ、バックアップ含め、全部消しました!」

 

「はあ⁉︎」

 

 関節技の拘束が緩んだ。俺はこの気を逃さんと、拘束からようやく抜け出す。

 

「別の台本を書きはじめるのはともかくとして、なにも消すことはないだろうが! ……いや待てよ、狭間お前、この台本、一体いつから書き初めて……」

 

「一晩です」


 部長の問いに対して俺は、人差し指を立てた。

  

「昨日帰宅してからの一晩で、俺はこの『突然空から降ってきたSFボクっ娘美少女にベタ惚れされている件。』を書き上げました」


「は……? お前これ、三十分の劇の台本だろ……? 今までだって締め切り前の追い込みで何とか間に合ってたレベルなのに、それを一晩で書けるわけが――」

 

「なので今回、徹底的に自分を追い込むために、一策、講じさせていただきましたよ」

 

 一晩のうちに台本を一本仕上げる。

 俺がそれを成し遂げるには「これを書き上げなければ、他に提出する台本など何もない」そんな状況こそ、一番都合が良かったのだ……!

 

「なるほど。それでわざわざほぼ完成した『白雪王子』のデータを消した、と」

 

 おっと。これはあれだ、怒りを通り越して、そろそろ呆れと諦めのフェーズに入りつつあるな……?

 

「……まあ、はい」

 

「…………一応聞くが、今回はおとなしく白雪王子の方を完成させて、今日持ってきた方はまたの機会に、って選択肢はなかったんだな?」

 

「ありえませんね。なにせ創作は鮮度が命。書きたいと思ったその時には、もう書き始めているんですよ!」

 

 ですよね、プロシュートの兄貴。

 すると部長は「このアホが……」とただ一言呟き、天を仰いだ。


「そういうわけで、俺の手元にはこの台本しかありません。さ、台本読みの続きを始めましょう! 結局のところ、面白ければラノベ風でもラブコメ風でもいいんですよ、どうせ芸術とか高尚さを求めてウチの演劇を観に来る奴なんていませんから!」

 

「おいお前それは! ……まあそうだが…………」

 

 そう。ウチの演劇部はシェイクスピアだ戯曲だなんだと、演劇の歴史を重んじるような部ではないのだ……!

 というか、ウチがアニメやマンガ、二・五次元舞台のような作風の劇でなければ、いままで演劇に一切触れてこなかった当時の俺は、絶対に入部していなかっただろう。

 

「そんなわけなんで、いい加減続き、読み始めません?」


「……冒頭からナントカ人だのナントカドライブだの、専門用語が多すぎて頭に入ってこないんだが」


「ファルノール人とハイパーワープドライブです。ファルノール人は異なる銀河に存在する、太陽系によく似た――」


「今その解説はいらん。……あれだぞ、そんなんだからお前はモテないんだぞ?」

 

 おい、直球すぎるだろ。俺じゃなかったら泣いてるぞ?


「……まあ確かに俺がモテないのは事実ですけど、部長は一つ思い違いをしてますよ」

 

 それも、俺のような捻くれたオタクを相手にするにあたって、ごく初歩的な思い違いを、だ。

 

「思い違い?」

 

「俺はモテたり、ましてや彼女を作ろうなんざ一ミリも考えてませんよ。そこらの陽キャラパリピウェイどもと一緒にしないでください」

 

「陽キャラパリピウェイって……。よくもまあそんな悪意のある言い回しができるよな」


「俺が三次元で彼女をつくるなんざ、それこそ本当にボクっ子美少女との運命的な出会いでもない限りあり得ませんから」

 

「気持ち悪っ」

 

 ……すごくシンプルに罵倒されてしまった。

  

「というかお前、この台本のヒロインといい、その願望といい、絶対ボクっ娘好きだろ!」

 

「だって最高に可愛いじゃないですかボクっ娘。王道の快活なボーイッシュでよし。反対に、女の子らしい趣味全開でもよし。さらに言えば、ボブがショートカットだとなお良しです」

 

「で、そんな美少女と運命的な出会いがしたいと。……無理だろ」

 

「……流石に十五年生きてたらそのくらい知ってますよ。要するに、そんな都合のいい事でも起こらない限り、三次元(こっち)で恋愛をする気は毛頭ないって事です」

 

「こりゃ重症だな。この妖怪こじらせオタクめ…………」

  

「いやほら、だってですよ? 三次元の女子ときたら、相手によって態度はガラっと変えるわ、今の彼氏より良い相手が現れたらサクっと乗り換えるわ、そしてその裏では言いたい放題陰口を叩くわで最悪じゃないですか」

 

「いやまあ中にはそういう奴もいるだろうが、あくまでそれはごく一部だろ? もう少し三次元に希望を持ったらどうだ……?」

  

「――それが希望に思えるほど、俺は三次元を信用しちゃいませんよ。……さあ、さっさと台本の続きを読みましょう。そうだ、ラッキースケベのシーンは必見ですよ」


「……おい、お前今ラッキースケベとか言わなかったか?」

 

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