39 めでたし。めでたし、そして始まり

 ゆっくりと漂う蛍の光。ゆらりと不自然に波打つ水面。そして私の手を引くのは黒い髪を持った美青年。

 葉々が放つ青い光が彼の髪に反射して揺らめいている。


「梓と最初の巫女が対峙したあの日。私はあの女を足止めしながら梓を先に走らせた」


 静かにそう語るコウの声は相変わらず淡々としていたが、何処か寂しげであった。


「それで贄姫を切り伏せた上で自害して……己の身を贄としたということだよね。どうしてそんなことをしたの?」

「大した理由は無いよ。ただ私は英雄と生き神による呪われた物語の結末を変えたかっただけだ」


 コウが立ち止まりこちらをへ振り向く。

 そして彼の長い黒髪が光を反射して、ふわりと揺れる。


「この呪われた物語はいつも生き神が英雄や渡水の民を救う為に身を滅ぼして終わっていた。いつも同じ結末の繰り返しで終わりが見えない。こんな悲劇の繰り返しは嫌だろう? だから私はあえて『愚かなエイユウサマが愛しき妻の為に身を投げました』という結末へと変えてみた訳だ」

「何言ってるの。確かに結末は変わったかもしれないけど、コウが居なくなってしまったら悲劇のままじゃない」


 コウの元へ駆け寄り、彼の両肩を握る。


「あぁ。そうだな。私はまたしも愚行を犯したようだ」

「愚行なんて言わないでよ。貴方の犠牲が愚行なら今までの生き神達がやってきたことも愚行になっちゃう。そうだ、それよりもコウはどうして自害したのに消滅してないの?」

「いや、一度は消滅したぞ」

「どういうこと?」


 首をかしげるこちらの姿を見たコウは、静かにため息をついた。


「答えは至って単純だ」


 なんだか見くびられたような気分になるが、答えが分からない以上仕方あるまい。さて、どうしたものか。

 通常怪異は消滅した後、怪異の存在を認識する者が居なくなれば完全に消滅する。彼の場合はどうであろうか?

 渡水を守ってきた神霊を認識しているのは他ならない渡水の民だ。だから贄姫は渡水の人々をこの土地から離れさせようとした。

 もしコウが復活した理由が渡水の民の認識によるものであったならば一つ矛盾が生じる。

 渡水の民が持っている守神への認識は以前と変わっていない。ならば荒神とコウ両方が復活していなければおかしいのだ。

 そして彼を知る者で、渡水を守る神霊への認識を変えた者は一人しか居ない。


「答えが分かったよ。消滅したはずのコウがここに居る理由は私が貴方の為に生き神になることを決意したからだね」

「素晴らしい回答だ」


 古来より生き神は荒神を祀り鎮める存在であった。

 しかし今の私はそうでは無い。今私はコウを祀る為に、他ならぬ彼の為にこの土地へ残ることにした。


「英雄は確かに消滅したけど、私がコウという新たな神様を祀ったから貴方はコウという形で復活することができた。誅された後、英雄を合わさった新たな神として顕現したかつての荒神のようにね」

「うむ。ここに私しか残っていない理由としては完璧だ」

「復活した理由は別にあるということ?」

「その通り。私が自害したところで主体はピンピンしているからな」

「コウの主体……」


 言われてみれば今まで同居してきたコウは一般人にも見えているのだから幻影だ。本体である主体では無い。そして幻影は主体が消滅するまでは完全に消滅しない。

 最初はコウが神霊である故に只人にも主体の姿が見えていると考えていたが、冷静に考えれば賽の神夫婦だって只人には視認できない時があった。

 

「まさかコウの主体って私?」

「あぁ。『ひゃくてんまんてん』の答えだ」


 そうだ。そういうことか。

 今まで英雄は生き神が存命の間にだけ姿を現していた。これも生き神自身は英雄の主体であることを前提に考えれば辻褄が合う。生き神が産まれることで英雄はこの世へ姿を現し、生き神が死ぬことで幻影を維持できなくなっていたのだ。


「なんだか。コウの命綱になっている気分だね」

「まぁ、こうやって無事に再会できたのだから良いではないか」


 コウは宿木家の裂界で川を渡ったときのように私の体をそっと抱き上げた。


「あーあ、私が生を賜っていた時代ならば夜が明ければ愛する者の元から立ち去らなければならんかったな。月読月の女神はいつもすぐに姿を隠してしまう」

「それは大昔の話でしょ。今の時代は昼だって一緒に居られるから大丈夫だよ」

「そうだな。ならば早速『こんいんとどけ』なる物を手に入れなくては」

「どこで婚姻届の存在を知ったの?」


 神域を月が照らす。

 夜を治める月は何を思っているのだろうか?

 あぁ、どうか。こんな幸せな時間がいつまでも続きますように。

 

 

 

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