デビューの決意
「私は記憶をなくしたけど、小瀬川 凛音っていう私が、Vtuberをやりたいって言ってたってことはきっと何か思入れがあったのかもしれない。だから...だから!私、記憶をなくしたVtuberとしてデビューしたい」
凛音の発言は俺、咲希、そしてVtuber事務所の社長の足立さんまでが驚いていた。
そもそも記憶をなくしたという状態であるにも関わらず、Vtuberを始めてもいいのだろうか。
確かに凛音の記憶を戻すためには、色んな想い出に触れる必要がある。そこでVtuberに触れてみるのもありだとは思うが、流石に出来るかどうか俺は不安でいっぱいだった。
それは咲希も足立さんも同じで
「Vtuberという職業は、業界について理解をしないといけないし、なにんせよ記憶を失ったという設定でVtuberを行っていると思われる可能性がある。そうなってしまえば、本末転倒だし、結果としてVtuberとして成功しないこともある」
と現実的な考えを淡々と述べた。
それに咲希も共感し、
「Vtuberは魂の人の過去が面白いから人気になるケースもあるし、記憶を失ったというインパクトは最初だけかもしれない。そして記憶を想い出した時に、その個性を失うからキャラクターとしてやっていけなくなるかもしれないじゃん」
と不安な要素を羅列し、凛音にVtuberをやることを勧めていなかった。
俺もどちらかといえば、Vtuberという仕事をやってみるのは、凛音が記憶を戻した後の未来を潰すことにもなってしまう。
でも凛音は反論した。
「実はね、こんなメモを家で見つけてさ」
と一枚の紙切れを肩掛けカバンから取り出した。
その紙には「天星 夏」という名前の下に、
「何があっても絶対にVtuberとしてデビューする。早く私の目標を達成して終われるために」
と書かれていた。
「私が最初、この紙を見つけた時、私は昔Vtuberとして本気でデビューしたかったんだなって思ったの。この『達成して終われるために』という言葉が妙に引っかかったけど、きっと私は目標を達成したいっていう思いが強かったはず。だから、Vtuberとしてデビューしたいの」
電話でやり取りしていた足立さんにこの紙を送ると、「何か同じようなことを言っていた気がする」と言い、
「私にはとにかく時間がないから、Vtuberとしてデビューして多くの人を笑顔にさせたいって言ってたんだ」
《終われるために》《時間がないから》
この言葉の意味がきっと、凛音がレンタル彼女やVtuberをやっていた理由だろう。そして「多くの人を笑顔にさせたい」という目標のもと、頑張っていたんだ。
その思いを尊重してあげるべきじゃないのか?
俺はそう思った。
「まあ、現実的に不可能ではない。だから記憶をなくしたVtuberとしてデビューすることは、小瀬川 凛音さん側の環境が整い次第という感じだろう」
「私もアバターを描き終わってるし、後は配信環境だけになってるわ」
Vtuberとして活動を始める準備はできている。
俺も決心した。
「凛音、Vtuberをやって、記憶を失う前の凛音を応援してやれ!」
すると凛音は記憶を失った後、初めて笑顔を見せた。
そして、
「私、Vtuberとしてデビューする」
と決意したのだ。
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