幼馴染に「彼女ができた」と嘘をついたのでレンタル彼女を借りたら、もう1人の幼馴染が来た。

はせ

レンタル彼女

ことの始まり

時刻は夜の8時すぎ。

裏路地の奥にひっそりとやっている居酒屋で2人の大学生が話している。



「あのね、高校では友達として過ごしたから何も言わなかったけど、大学生になったから

言わせてもらうよ。涼、もうちょっと男らしくなりなさい。凛音にも呆れられちゃうわよ」


柔和な瞳にすらっとした鼻とリップが軽く塗られた薄紅色の唇。漆黒の髪は腰まで伸び、豊満な胸と、長い脚はそのスタイルのよさを際立てている。高校時代も可愛かったが、化粧をし、大人びた咲希も一段と可愛さを増していた。

高校生の頃、男子たちは、彼女のことを魅力的に感じ、一度は、俺の彼女だったら・・・と想像するはずだ。そして、果敢に告白という挑戦をしたもの達は、すべて破れ散る。


俺、西條 涼は昔から辻 咲希、そしてもう1人の幼馴染の2人を大切にしていた。どちらも好きなのだが、どうしてもどちらか決めることが出来ずにとうとう大学3年生にまでなってしまった。

そんな高嶺の花である咲希が、こんな情けない俺なんかと一緒に居酒屋に2人でいるなんて、高校を一緒に過ごしてきた友達が見たら、なんというだろうか。


そう、俺と咲希、そして凛音とは幼馴染という関係なのだ。小瀬川 凛音と咲希、そして俺は小さい頃3人で遊んでいた。凛音は小さい頃に母を病気で亡くしており、父親1人の元で育ってきた。しかし、凛音の父と俺の両親の仲が良かったため、今は合鍵を持っているほど、仲が良い。凛音の父からも「涼くんのような誠実な方が凛音のパートナーになってほしいよ」とよく言われるが、恥ずかしくていつもはぐらかしている。


日が暮れるまで公園で遊んだり、「3人で一緒の家に住もうね」と約束して、一緒の小学校、中学校に通い、成長した。高校では少し距離が離れてしまったが、大学になり、同じ学部に通うこととなり、これからの余生も共に過ごせたらいいな、なんて思っていた。

ただ、どちらも違った魅力があって、自分はどちらかだけを愛すことは出来なかった。



「まあ俺も男らしくならないといけないよな」

「そうだよ!そんないつまでもそんな服装や髪型だったら、私の横に立つ男になれないよ!」

「え?今、なんて・・・」

すると咲希は真っ白な頰をほんのり赤く染めて「何でもないよ!」と言った。


俺は改めて自分の身なりを見直してみる。

すると、とても清潔とは言えないジーンズと、少し黄ばんだ白Tシャツ。

目にかかる程伸びた髪には、少し寝癖がついていて、おまけに顔も普通といった所だろう。

こんな俺が咲希の横を歩いていたら...良い思いはしないだろう。


ただ、ここまで悪態をつくのは幾ら俺でも少し頭にきた。

俺だって男だ。最低限、これから出来るかもわからない彼女を助けてあげたいと思っている。咲希にここまで言われる筋合いはない!

だって酔ってる咲希って、いつもの清楚系な咲希とは程遠いくらい、愚痴を吐くから。


「どうせ彼女なんていないんでしょう?いい加減、彼女くらい作りなさい」


あ〜もう、頭にきた。

彼氏など一人作ろうと思えば、すぐに作れてしまう咲希には何も言い返せない。

身なりなんて一切気にせず、男仲間と一緒に高校を過ごしてきた。俺の青春は、もう戻らない。それでも俺は・・・俺は・・・・・.。


「さっきから、彼女いないと勘違いしているようだけど、俺にだって彼女ぐらいいるよ!」

その瞬間、俺は


なんて嘘をついてしまったんだ...。

こんなモブキャラの俺に彼女がいるわけないし、第一「じゃあ彼女見せてよ」と言われたら、俺が築いてきた咲希からの信頼も全て水の泡になる。そして、もしも咲希が俺に好意を寄せていたら...ま、あるわけ無いよな。


第一こんな嘘をついたってすぐにバレるし、なんか言われたら酔った勢いで...って言えばなんとかなるだろう。俺は僅かな希望を胸に咲希を見た。



「え?」

咲希が大きく目を見開いて、俺を見てきた。その顔は、先程まで酔っていた咲希の目とは違い、真剣な目だった。


数秒後、

「本当に彼女いるの?」

今しか嘘と言うチャンスはない。そんなこと分かっていた。

心のなかで、嘘だと言え!と叫ぶ俺がいたが、


「ああ!とびきりの美少女がな!」

と感情的に言い放ってしまった。


「どんな感じの?」

「ショートボブで、スポーティーな彼女だ!お前の何倍も可愛くて、俺に尽くしてくれる大切な彼女だ!」

もう引けないところまで言ってしまった。

そして俺の口から、こんなにスラスラと嘘が出てきたのかと思うと、怖くなってしまう。


「へぇ、そう」

それから俺たちの間には重苦しい時間が流れた。

何度も嘘だと言いたかったが、言えない雰囲気をお互いが作り出している。


そして、長い長い静寂を裂いたのは、咲希だった。

悲しいような虚しいような顔で何処か遠くを見つめる彼女は、「これ、ご飯代だから」とだけを言い残し、去っていった。俺は彼女を止めることなど出来ずに、ただ一人夜の居酒屋に取り残された。




「はぁ・・・。何であんな嘘ついちゃったんだろ」

俺は帰りの満員電車内で大きなため息をつく。


どうせ冗談だろと言って笑われるだけだと思ってたのに、何でこんなことに...。

急に咲希は酔いから目を覚まして、真剣な表情で俺の目を見て尋ねてきて、悲しいような表情で店を出ていくなんて思いもしなかった。

そもそも、俺に彼女作れだの、魅力的な男になれだの、言ってきた咲希が、急に彼女が出来たって言ったら驚くのは普通だが、怒りはしないだろう。一体咲希が何考えてんのか俺にはわからない。


「まあ、咲希も酔ってただけで、きっと明日には普通に戻るよ」



次の朝、俺は早朝から出かけていた。

今日は大学の授業はないし、俺の数少ない友達の一人、蒲生 健と映画を見に行く予定があったのだ。

家から出た後、電車でスマホを開くと、


《涼?彼女がいるって本当?》

と一件のメールが届いていた。しかも咲希はこのメールを早朝に送っていることから、酔いが覚めた後に、このメールを送っていると思う。

俺は嘘と告げようかと迷ったが、《本当だよ》とメールを返してしまった。すると、


《じゃあ彼女見せてよ。来週日曜だったらいいから》

とメールが届いた。

俺は、どうにかして言い逃れしないといけない場面まで追い込まれてしまった。

それも全て俺のせいだが。


「まじか...。どうする俺」

幼馴染に彼女がいると偽って、今頃嘘だと言ったら咲希が俺を嘲笑うのは目に見えている。だからといって、俺の都合にいい彼女を作ったとしてもその相手に失礼だ。相手は俺のことを本気で彼氏だと思って付き合ってるのに、自分は咲希についた一つの嘘のために付き合ってるなんて。

あ、そもそもこんな俺に告白されて付き合う人なんているはずがないんだった。



はぁ...。その一日だけ俺の彼女になってくれる可愛い人なんていないかな…



気分転換に、俺の友達の健と一緒に映画を見に行くことにした。

健は大学生から出来た友達だが、彼は俺と正反対の人間だ。陽キャに分類されるイケメンだが、意外と根はオタクでこうして一緒に映画を見に行くような仲だ。


「お、あぶね。公開二日目とはいえ、席がめっちゃ埋まってるな。あと数分遅かったら、見れなかったよ」

俺たちはスポーツ系の映画を見に行こうと決めて来たのだが、人気があるため予約してこなかったので、危なかったのだ。


ポップコーンを買い、上映時間ギリギリに席につく。

映画館の中はぎっしりと席が埋まっていた。俺は全体を見渡すと、二席だけ空いている所を見つけた。持っているチケットと照らし合わせてもあっているため、その席に向かう。


「すみません...」

人が座っている席の前を通り過ぎていくと、俺の左足に何かがぶつかった。下を向くと、レディースのスニーカーを踏み潰してしまっていた。

「あ!申し訳ありません!」

俺が気付いてすぐさま女性の方を向くと、


凄い綺麗な人……。


街を歩けば誰でも見入ってしまうほどの整った容姿に、純白で穢れを知らないほど透き通った綺麗な肌、そして茶色の綺麗な髪をショートボブにしているらしく、身長は同年代の女子と比べるとやや小柄らしいが、それもまた本人の魅力に拍車をかけているそうだ。俺と同い年くらいなのにも拘わらず、スポーティーな服を着こなし、如何にもスポーツ系女子の雰囲気が感じられる。


映画館は暗くて顔があまり見えなかったが、美しい人だと雰囲気から感じ取れた。


「いえ、全く問題ないですよ!」

女性は俺に笑顔で対応してくれた。

その笑顔は蠱惑的で一瞬体のバランスを崩した。

何処か、俺の幼馴染、小瀬川 凛音に似ていたからだ。


凛音みたいな笑顔だな。


そんなことを考えていると、

「おい!俺の彼女に話しかけるな!」

と、彼女の隣の席に座っている人にげきを飛ばされる。

思わず声の方向を向くと、


「え?」

誰もが見惚れる彼女の横に座っていたのは、絶対に似合うはずがない中年の男だった。

この女性の父親なのか?と思うが、[彼女]というワードがこのおじさんから出てくるのは明らかにおかしい。最近はモテおじと言って、おじさんになってからモテる人もいるそうだが、明らかにこの男性がこんなにも魅力的な女性の彼氏であるわけがない。


そう思い、女性を見ると、


「ごめんなさい。以後気をつけます」

と言って、下を向き俯いてしまった。


まじで彼女なの...?

そんなわけ無いだろと思う年齢や見た目の差に俺は疑問を抱きながら、席に着く。


それからというもの、俺は映画が始まっても隣のカップル?を気にしてばかりいた。

隣に座っている彼女を横目に見ると、目は画面に向いているが、何処か退屈そうな表情で見つめている。


そして映画もクライマックスに近づいてきた頃、おじさんに動きがあった。

「…え?」

なんとキャラメルの油がついたベタベタの手で、女性の手を握ったのだ。

女性は自然に右手を繋ぐ。

俺はその光景が信じられなかった。こんなにも綺麗な女性がおじさんと...。

多様性が求められるこのご時世だが、俺には信じがたい光景だった。



映画の内容が一ミリも頭の中に入ってこないまま、エンディングを迎え、俺たちは外に出る。

「凄く面白くて感動する映画だったね」

健にそう言われるが、

「そう、だな」

と曖昧な表現しか出来なかった。

健が「少しトイレに行ってくる」と言い、向こうへ行ってしまった。

俺はスマホの電源をつけ、眺めていたのだが、


「いやぁ、今日はありがとね」と先程のおじさんが話しかけていた。

遠くてあまり見えなかったが、恐らく先程の人たちだろう。

咄嗟に視線がそちらに移ってしまう。


「いえいえ。またご利用してくださいね!」

ご、ご利用?あの女性の口から出た「ご利用」という言葉が引っかかった。だが、すぐにその理由を知ることとなる。

「ああ。じゃあこれ、今日の分」

そう言って、おじさんの財布から万札が4枚出てくる。

そのお金は女性の手に移り、

「ありがとうございます!」

と満面の笑みで告げた。


その笑顔は映画が始まる前に俺に向けられた笑顔や、彼氏と呼んでいたおじさんへの笑顔とは違う、不気味な笑みだった。

そしてそれが幼馴染の凛音に何処か似ていたことが気掛かりだった。




「……涼?大丈夫か?」

俺の視界には、心配そうな目で見つめる健の顔があった。

「あぁ」

見慣れない光景を目にした俺は呆気に取られたまま、数分間、その場に立ち尽くしていた。


俺は何故お金を貰っていたのかがわからなかった。もしかしたら男性が女性に借りていたお金を返しただけかもしれない。でもそんな感じには見えなかった。お金を貰った瞬間に彼女は別人のように変わってしまったからだ。その様子を見ると、どうも普通のカップルには見えない。


俺が頭を抱えながら必死に考えていると、健は

「どうせ、パパ活だろ?」

と呟いた。

「あ〜、そっか」

そうだ。今は女子大学生もパパ活をして、お金を稼いでいるという話を聞いたことがある。でも、あんなに綺麗な女性が、変なおじさんと映画を見に行くなんて、ちょっと嫌になる。

別にあの女性と俺に関係があるわけではないが。


「だけど、一概にパパ活とは言えないんだよ。最近は『レンタル彼女』ってもの流行ってるからね〜」

健が聞き慣れない単語を口にする。


レンタル彼女...?

彼女を借りるってことだよな?つまり誰かの彼女を奪うっていうことか?よくわからない。

「何だ、レンタル彼女って」


すると健はちょっと食い気味に

「こんな感じで、色んな女性とデートをしたりすることが出来るサービスだよ。俺はレンタル彼女の存在は知ってたけど、わざわざ利用したことはないかな〜。1時間6000円とか結構高めだし」

スクロールしていくと、色んなタイプの女性の顔写真が映っている。

妹系から、お姉さん系まで幅広い年代の女性が彼女として借りられるらしい。

まぁ、健みたいなイケメンは、彼女を借りるくらいだったら、すぐに本物の彼女を作ることだって出来るだろう。こういうサービスを使うのは、俺のようなモテない学生とかさっきのおじさんみたいな人ばかりなんだろうな。


「まぁ涼も利用してみたらいいんじゃない?ものは試しっていうし」

レンタル彼女か...。モテない俺でも彼女と一緒に、映画を見たり、遊びに行ったりすることが出来るのか。でも俺に彼女なんて必要ないし、今は少なからず友達がいる。そんな現状に満足しているんだ。


何か機会があったら、利用してみるよ。


そう健に言おうと思った瞬間、不意に俺の脳裏に酔った咲希の姿が映った。その様子は「本当に彼女がいるよ!」と言って驚いた時の顔だった。彼女がいると嘘をついてしまった俺は逃げる道をなくしていた。


そうだ、レンタル彼女を利用してみよう。

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