第4章 冤罪⑧

 アンクの質問にクロウは首を振る。


「本人の申告だけど、普通のサラリーマンだって、前に。少ない時間をやりくりして楽しんでるのに、一方的にトレインPKで轢殺なんてっていう感じで怒っているんだ」


「こりゃあ……シロか?」


「どないやろ。《魔女たちの夜ワルプルギス》の参加状況は?」


「仕事の折り合いがつかないこともあってまちまちだよ。前回は居なかった。え、シロ?」


 ロキとアンクの言葉に、クロウが困惑する。


「俺たちは偽者と被害者はグルかもしれないと読んでるんだ。じゃないとこんな画像は出てこないだろ?」


 俺は疑問符を浮かべるクロウとマイトに、先ほどの画像をポップアップさせて見せる。


 マイトは息を飲み、そしてクロウが重々しい口調で呟いた。


「! ……これは……遠目から見たらロックさんに見えてしまうね」


「ほんまやで。えらい手の込んだことしくさりやがって……」


「けどそういうことならそっちの被害者さんはガチ勢じゃないってことやね。シロと見てええんちゃうかな」


「俺もそう思う。巻き込まれただけっぽいな」


「――ってことは《親衛隊》さんからは犯人の手がかり得られないっぽいね。どうしようか」


 がっくりと肩を落とすカイ。


「……運営にこういうことがあって疑われてる、って相談するのは? ロックくんのログイン状況開示してもらうとか、被害者から時間と場所を正確に聞いて、その時にその場にいたプレイヤーのアカウント情報出してもらうとか」


 大人の解決策を提示してくれるナオさん。確かにそれが正着であるのだが。


「……まあそれが正しい判断やな」


「そうなると犯人は人知れず垢バンされて終わりやね。なんか面白ないなぁ」


「でもロックさんの無実は証明できるわけでしょ? それにこんな事件起こしてるんだから、悪質プレイヤーとして注意喚起のアナウンスぐらいはしてくれるよ、きっと」


 ナオさんの提案に、ロキ、アンク、カイがそれぞれ自分の考えを口に出す。


 しかし、俺の考えはちょっと違う。


「でもさ」


 俺が一言そう言うと、全員の注目が俺に集まった。


 満を持して告げる――


「後顧の憂いは断つべきだよな?」


 俺がそう言うと、今まで黙って俺たちの話を聞いていたシトラスが、机を叩いて立ち上がった。その声の大きさに、NPCのラース様がちょっと驚いたほどだ。


「――ロック!」


「……そんなに大きな声出すなよ。まだ何も言ってないじゃん」


「ロックがそういう顔する時は何考えてるのかわかるよ――ダメだからね、絶対!」


「――俺、どんな顔してる?」


 厳しい口調でそう言うシトラスから目を逸し、ギルメンに尋ねる。


「いい笑顔だねー。ロックさんの意地が悪いとこ全部出てるよ」


 と、カイ。


「――絶対ダメだからね!」


 喚くのはシトラスだ。


 あーあ、このテンションは完全に読んでるな。とりあえず無視するか。

 

「俺に似せたアバターでこんな悪意のある画像を用意したくらいだ、狙いは俺だろ。つまるところ、連中は《月光》から俺を切り離したいわけだ。『解散しないならせめてPKプレイヤーをギルドから追放しろ』――こんな風に落としたいんじゃないか?」


「――碧!」


「お前――他のギルメンいるときに本名だすのはギルティだろ……」


 シトラスを無視して他のメンバーと話を進めようと思ったが、シトラスの禁じ手により突っ込まざるを得なくなった。


「じゃあもう言わないからその話ヤメて」


「ヤメない。言っておくけどな――」


 そう言って俺はシトラスに――この場にいる全員に告げる。


「――俺を的にするのは別に構わねーんだよ。俺が本気出してプレイしたら目立つって自覚はあるからな。けどな、《月光》に解散しろだの《魔女たちの夜ワルプルギス》に参加するなだの、それが喩えドア・イン・ザ・フェイスだとしても――そんな脅しかけてきた時点でもうただで済ますつもりはねーんだよ」


 シトラスが――凛子が《月光》を立ち上げたのは、自惚れじゃなければ『俺と遊ぶために』だ。小さい頃、凛子の友達が俺だけだったように――無意識に周囲の子供相手に無双して誰も相手をしてくれなくなった俺の相手をしてくれたのは、凛子だけだ。


 俺をどうにかしたいだけなら好きにすればいい。返り討ちにしてやるだけだ――だがその凛子が創った《月光》に手を出したことを、相手に後悔させてやらないと気が済まない。


「シトラス、文面は任せるから抗議してきたギルドに『ロックをギルドから追放するから解散は勘弁しろ』ってメッセ送れ」


「絶対ヤだ!」


「片がついたらまた戻ってくるよ。偽者の犯行だったってわかれば巻き込まれた被害者たちも納得してくれるだろ。一時的にギルドから離れるだけじゃんか」


「じゃあ私も《月光》辞める!」


「辞めるって――お前はギルマスだろ、何言ってんだ。お前にゃギルマスとして責任ってもんがあるだろ」


「一時的にギルドから離れるだけなんでしょ? じゃあいいじゃん! カイくん、サブマスターでしょ? 私が戻ってくるまでギルマスやって!」


 もう殆ど泣きわめくってな勢いでシトラス。


 しかしカイはノータイムで断った。


「ごめんだけど、シトラスさんが辞めるなら僕も辞めるよ?」


「え――」


「俺らもや。シトラスに誘われたからこのギルド入ったんやで。お前が辞めんならこのギルド続ける意味ないわ。のう?」


「せやね。《魔女たちの夜ワルプルギス》は《月光》でなくても参加できるしね」


「《月光》の形だけ残ってもねぇ。シトラスがギルド辞めたらラース陣営のギルド情勢変わるでしょ。あたしらは他の強豪ギルドから引き抜きかかるだろうし」


 ロキとアンクが続き、ナオさんまでカイに同意する。


「――っ、ばかぁっ!!」


 シトラスはとうとう涙目で言って、そしてその場からすっといなくなった。ログアウトしたらしい。


「――……お前ら、よってたかってギルマス泣かせやがって」


 凛子の、いやシトラスの『ギルマス代わって』を一刀両断したカイにそう言うと、カイは口を尖らせて――


「ロックさんが言う? 僕らは咄嗟の機転でロックさんが一時的にギルドから脱退する流れになるように後押ししたつもりなんだけど?」


「そりゃあわかるけどよ……もっとこうやり方ってもんがさ」


 そう責める。呼吸が合うのはいいが、だからって泣かせたら可哀想だろ。


「そりゃジブンのやり方に合わせたからやろがい。ギルド辞めてどうすんのや」


「あ? ああ――偽者は俺が憎いにしても、他に理由があるとしても、俺がギルド抜けてソロになったら接触してくるだろ。そこを叩くつもり」


「え? あれ――……もしかして今の流れって示し合わせてたの?」


 驚いてほとんど素のトーンで、マイト。それにアンクが答える。


「即興や。かみ合いすぎて泣かしてもうたわ」


「これでシトラスが勢いで辞めちゃっても、しばらくはあたしらがなんとかギルド維持するけど……ロックくん、どうするつもり?」


 ――と、ナオさん。尋ねてくる彼女に答える。


「《月光》にコナかけたらどうなるか見せしめになってもらうつもり」


「相手もわからずに言うやんけ」


 そう言ってくるロキに肩を竦めて見せて、


「俺、さ。ゲームは楽しく遊ぶもんだと思ってんだよ。それが喩えプロゲーマーだったとしても……いや、だったら余計に真摯にゲームに向き合ってさ、本気で楽しまないと」


 その場の誰もが俺の言葉を肯定も否定もしなかった。それでも俺は言葉を続ける。


「――これは俺の考え方だから誰かに押し付けるつもりはないんだ。だけど、ネガティブな動機でプレイするやつが、俺や俺の周りにそんなプレイを押し付けてくるんなら容赦するつもりはないよ」


「……ほうか。万が一シトラスが辞めたら加入順でカイがギルマス代理、俺がサブマスでジブンが居らん間は《月光》を守っとくで。こっちの心配はせんと気張りや」


「任せる。ありがとな」


 声をかけてくれたロキにそう返し、俺はシステムメニューからギルドメニューを呼び出して――そして、《ギルド脱退》のボタンをタップした。

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