第3章 《魔女たちの夜》③

「……え?」


 俺の言葉に、凛子はぽかんとする。


「え、じゃねえよ。憶えてないか?」


「や、憶えてるけど……そんな理由?」


「そんな理由っつったって、お前今でこそ学校で女子の友達できたけどさ、放課後は未だに部活にも入らないでまっすぐ帰ってゲーム三昧じゃんか」


 俺がそう言うと、凛子はむすっと膨れて見せる。


「そんなことないもん」


「そんなことないやつが超人気VRMMOのトップランナーで、その上強豪ギルドのギルマスなんてできるわけないんだよなぁ」


「……っていうかそんな理由で格ゲーやってないの?」


「最近はVRMMOにハマってっからだけど、ガキの頃はそうだな。お前が嫌がるなら一緒に遊べないだろ? お前の遊び相手が俺だけだったように、俺の遊び相手も主にお前だったんだから――や、格ゲーの話は掘り下げなくていいんだよ。要は、俺がすごくすごいゲーマーだってことだ」


 俺はズレかけた話を元のラインに戻す。


「ゲームマスターから連絡来た日にも言ったけど、俺がこのゲームでソロ攻略に挑み続ける以上、いずれ絶対こういうことは起きたんだよ。それがちょっと早くなったってだけだ。だからもうお前もいい加減気にするのやめろ」


 そう告げるが、しかし凛子の気は晴れないらしい。


「でも、そのせいで今度の《魔女たちの夜ワルプルギス》……他陣営のプロゲーマーたちがこぞって碧を狙うってことに……」


「それも込みだろ。有名になればなるほど狙われやすくなる。今回プロゲーマーがってのはお前のせいじゃなくて《ワルプル》が競技タイトルになったからだ」


「でも……」


 俺の言葉に、しかし凛子は納得しない。


「あーもう、お前はホントに……」


 最近はそうでもなかったのに、こんなにネガティブな凛子は子供のころ以来だ。昔はアクションゲームなんかでスーパープレイを見せてやりゃあどんだけ拗ねてても手を叩いて喜んだものだが……


 ――よし。


「凛子」


 俺が呼びかけると、凛子はいかにも肩身が狭いといった顔で俺を見る。


「今度の《魔女たちの夜ワルプルギス》で、俺がプロゲーマーにちょっと狙われるぐらいなんでもないってこと、証明してやるよ」


「証明って……どうやって?」


「ガチの本気見せてやるよ。ノーデスで終わらせてやる」


 ――《魔女たちの夜ワルプルギス》の勝利条件は陣営フラッグである魔女ユニットを最後まで守り切ることだ。プレイヤーは死は敗北ではなく、何度死んでもリスポーン復活することができる。このため、プレイヤーは自分を盾にして魔女を守り、また自分を刃にして敵陣営の魔女を討つべく特攻する。


 こういったルールであるため、幻魔竜を実質ノーダメで倒した俺でさえ、《魔女たちの夜ワルプルギス》では何度か床を舐める死ぬことになる。多勢に無勢という場面がどうしてもあるからだ。


 だからこそ《魔女たちの夜ワルプルギス》でノーデスを達成すれば、凛子も俺がプロプレイヤーに狙われることなんて歯牙にもかけないということがわかるはずだ。


「そしたらもう、お前が気にすることなんてないだろ?」


「《魔女たちの夜ワルプルギス》でノーデス? 後衛ならまだしも、アタッカーのロックが? いつも何度か落とされてるよね? プロに狙われてできるの? そんなこと……」


「プロっていっても、《ワルプル》始めたばっかの新規プレイヤーがほとんどだろ? 《月光ウチ》のメンバーのほうが強いに決まってる。ついでにどことは指定できないけど、一人くらいは俺が魔女落としてやるよ。ノーデスで魔女殺し、見たいだろ?」


「見たい!」


 俺の言葉に凛子は明るくなった表情で食い気味に叫ぶ。


「声! ……おう、だからお前ももう気にするなよ?」


「うん、わかった」


 頷く凛子。どうやらと言うか、ようやくと言うか、ともかく胸のつかえはとれたようだ。




「ってことがあってさ」


 笑顔が戻った凛子を帰した後、俺は再び《ワルプルギス・オンライン》にログインし、ソロでモブ狩りをしていたカイにそう言った。


 熊のモンスターをずばっと斬ったカイが、振り向いて言う。


「えっと、ノロケ?」


「違う」


 それを森のフィールド――その辺にあった切り株に座り、カイのソロ狩りを眺めつつ、俺。


「じゃあ自慢かな? 自分の部屋の窓から互いの部屋を行き来できる女の子の幼馴染って実在するんだね。いいなぁロックさん。僕もそんな幼馴染欲しいよ」


「そういうことじゃねえってば」


「じゃあ何が言いたいのさ」


 周囲のモンスターを狩り終えたカイが、ミラージュブリンガーの切っ先を地面に突き立てて尋ねてくる。


「……魔女殺しはともかく、ノーデスはさすがにカマしすぎたかなって」


「ロックさんは普段だって手抜いてるわけじゃないでしょ? ゲームに対して真摯だもんね。舐めプなんか絶対しないし……それでいつも何回か床掃除させられてる殺されているわけじゃない。それにプロの研究と情報共有は半端ないと思うよ? 少なくともレベルややりこみはともかく、知識面じゃ僕らと同等のレベルで備えてくると思う。そんなプロゲーマーに狙われるってわかっててノーデス宣言なんて……やっぱりロックさんは格好いいなぁ」


「はっきりフカシ過ぎだって言ってくれよ」


 降参するように両手を挙げてそう言うと、カイはやれやれと肩を竦める。


「随分とフカシたねぇ。どうしてそんなカッコつけちゃったのさ」


「ガキの頃はさ、学校でイジめられても帰ってきて俺のスーパープレイ見たらすごいすごいって喜んで笑ってたからさ……今回も自分が発端だってすげえ落ち込んでたから、つい」


「へえ……やっぱノロケなんじゃない?」


「違うって!」


「ふたりとも高校生でしょ? 元気づけたいなら学校帰りに甘いものでも奢ってあげたほうがシトラスさんも嬉しいんじゃない?」


「そうか? ノーデスで魔女殺しっつったら目ぇ輝かせて『見たい!』って言ってたぞ」


「ふたりともゲーム脳がすぎる……」


 カイが額を抑えて天を仰ぐ。


 そして、深い溜め息を吐いて――


「――それで? わざわざログインしてきたのは僕にノロケを聞かせにきたわけでも、ましてカマしすぎたーって頭抱えにきたわけでもないんでしょう?」


「ま、そういうことだ」


 ようやくまともに話ができそうで、俺は安堵しつつ話を切り出す――

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