第3章 《魔女たちの夜》①

「今日はギルドイベントに備えてギルド狩りしたいなーって思うんだけど」


 数日後。


 週末に月末恒例のギルドイベント――その名も《魔女たちの夜ワルプルギス》を控えたとある日。


 シトラスの号で主要メンバーが集められた我らが《月光》――その面々を前にして、いつものお誕生日席に座るシトラスがそう言った。


 呼び出されたのは俺、カイに、タンクありきで火力に全振りの前衛アタッカー・ロキ、ラース陣営の聖属性補正を最大限に活かす聖騎士タンクのアンク、シトラスとスタイルは似ているものの、魔法使いをメインに火力に振った後衛アタッカーの女性プレイヤー・ナオだ。


 ロキとアンクは俺とシトラスのようにリアルで知り合いらしく、ウマが合うようでコンビネーションも最高だ。


 ちなみに、二人は関西の大学生らしい。ふたりともノリが良くてカッコイイ。もちろんゲームも上手くて……いつかオフで会ってみたいな。


 ナオさんはその見た目の美麗さから、ハラスメントコード抵触ギリギリのナンパをされていたところをシトラスが相手を追い払い、ついでに勧誘してきたプレイヤーだ。


 普段は火力に任せた一確一撃確定KILL狩りをしているが、いつログインしても彼女がいるので一度こっそりリアルは何しているか聞いた所、にっこり笑って教えてくれなかった。明らかに俺やシトラスより年上で――要するに謎のお姉さんである。


「あたしは別にかまわないけど」


 そのナオさんが口を開く。


「いつもはそんなことしないじゃない」


「それは――」


 尋ねられたシトラスは、少しばつが悪そうに――


「昨日ギルドイベント前の陣営ミーティングがあってね? 他のギルマスさんたちとお話してきたんだけど」


 ――《魔女たちの夜ワルプルギス》は、自分の主である魔女を《唯一の魔女アブソリュート》にするというメインストーリーをイベント用にぎゅっと凝縮したお祭りイベントだ。


 各陣営に別れて、割り振られた砦に配置された魔女を守りつつ、他陣営を攻める。最終的に最後まで勝ち抜いた陣営が勝者となり、残り陣営はキルデスをもとにしたスコアで順位がつけられる――が、大抵は勝ち残った順のままの順位となる。


 ランキング応じて各陣営にゲーム内通過や限定アイテムなどが与えられ――後は陣営ごとに山分けだ。


 このため、お祭り的なGvイベントだが大手ギルドに所属しているプレイヤーはそれなりに本気で取り組む。勝者と七位じゃその報酬にかなりの差が出るからだ。


 ――おずおずとシトラスが口にする。


「今回は『ミラドラソロ攻略』の件で、ラース陣営は徹底マークされるはずだから――その原因の《公認チーター》が所属してる《月光ウチ》が指揮しろって」


 ……やれやれだぜ。


「つまり、敗色濃厚だからって陣営リーダー押し付けられたってこと?」


 カイが尋ねる。シトラスは俺を気にしつつも首肯して、


「……有り体に言えば、そう」


 落ち込み気味に、シトラス。陣営リーダーは勝てばメリットこそあるものの、結果が良くなければ他のギルドから不平不満をぶつけられる。負け戦でその役割を担いたくない、と言うのが他のギルマスたちの本音だろう。


「おぉん。面白ぇこと言うじゃねぇか、他のギルマスらもよぉ」


「せやね。ちゅーか今まで何度もラース陣営を勝たせてきたシト姐によくもまあそんなこと言えるねえ」


 ロキとアンクがそれぞれ文句を言う。


「あ、あのね? 多分そういうことだろうなぁってだけで、はっきり言われたわけじゃないからね?」


 シトラスが取り繕うが、二人の目がすぅっと細くなる。


「同じやろがい。まあこうなったらそら準備もしたいわな」


「シト姐はこの状況だから今回は絶対勝ちたいんやね?」


 二人の言葉に、シトラスがこくこくと頷く。


「あのね? 《ワルプル》の競技タイトル化でプロ参入の話があったでしょう? みんなもオンゲーニュース見てるよね?」


 シトラスの問いかけにメンバーが一様に頷く。


「オンゲーニュースで《ワルプル》への参入を表明したプロゲーマーも何人もいるし、大抵オンゲーニュースが取り上げてるけど……ええとね、結論として《月光うち》には新規参入のプロゲーマーはいないんだけど、よそのギルドにはちらほらいたの」


 ウチは身内感強いからか、強豪なのに参加したいって話はあんまないんだよなぁ。ここにいる俺以外のメンバーは全員シトラスのスカウトだし。


「でも私たちが予想していたプロゲーマーだけで構成されたプロギルドは――まあいるのかもしれないけど、陣営ミーティングにはそういうギルドはいなくて。ゲーム内で何度も呼びかけたし、ランキング報酬考えたらいたら参加してくれると思うんだけどね」


 そう説明するシトラスに、ロキが口を挟む。


「オレ調べやけど、よその陣営にはプロギルドぼちぼちおるで。言うてどれも特別気ぃ使わなあかんような有名プロじゃないねんけどな」


「えっ」


「ついでに言うておくとラース陣営に今現在プロギルドは存在しない、は正しいやろね」


 驚くシトラスに、アンクが言葉を足す。


「……ふたりとも、調べてくれたの?」


「シトラスには世話ンなってっからよ。競技タイトル化が発表されて最初のギルイベやろ? 今回も《月光》で陣営リーダーやんなら気ぃつこといて損はないやろ思ってな」


「シト姐が勝ちたいなら勝たせてあげたいしねえ。この状況は多分やけどロックくんのお陰やね。さすが《公認チーター》や、ぎょうさん敵集めたねえ」


「えっ、俺のせいなの?」


 尋ねると、アンクが然りと頷く。


「今、《ワルプル》で最も有名なプレイヤーは君や。強い、と言い換えてもええかもしれんね。プロの連中はネームバリューも実力のうちやから、みんな君からキルとってそれ配信サイトにあげたいんや」


「ラース陣営にプロが少ねぇのはそういうことやろ」


 ロキが補足する。ばかやろう、そんな言い方したら最初に動画アップしたいっつったシトラスが責任感じるだろうが。


「そうか……責任感じちゃうな。みんな……俺が強すぎるせいでごめんな?」


 俺が神妙な顔(をしたつもりだ)でそう言うと、シトラス以外の全員が笑い出す。


「ミラドラソロ攻略はともかく、ノーダメ一時間はやりすぎや! ほんまもんのチーターか!」


「いやあ、一時間切ったらシトラスが課題写させてくれるって言うから張り切っちゃって」


「ちゅーか《公認チーター》ってすごい名前やね。絶妙にかっこよくないやん」


「そうなー。公認なんて言われてもチーターってだけでなんか不名誉感あるよなぁ」


「しかも《ファントムドライヴ》の新コンボまでお披露目する大判振る舞いでさ。近接系のアタッカーはスキル構成見直してるって聞くよ?」


「それは俺のせいじゃねえ。中継されてるなんて知らなかったし」


「――ああ、その配信者、ロックくんに無断で配信したのバレてコメ欄めちゃめちゃに荒れてるよ。登録者も激減。プロゲーマーで他のタイトルも配信してたみたいだから、ダメージ大きいだろうね。まあ、無断配信バラしたのあたしなんだけど」


「ナオさんも気にしてくれてたんだ、ありがとうな」


 ロキ、アンク、カイ、ナオさんがそれぞれに明るい口調で言い、俺もそれぞれに返す。


 そして――


「――で、シトラス。今度のギルイベ、勝ちに行くんだろ?」


 俺がそう尋ねると、シトラスは強く頷く。


「――うん!」


 そうして、どこか不安げだったシトラスの表情が明るくなり、同じく口調も楽しげに――


「でね? 私たちのレベルじゃ頑張っても一つか二つ上がるかどうかってとこだから、ボス戦回してレアドロップも狙いたいなって。強い武器がドロップすれば戦力アップになるでしょ?」


「それでええやろ」


 シトラスの提案にロキが頷く。槍をメインに扱うロキ、片手剣と盾のアンク、カイは俺が先日幻影剣をあげたからいいとして、杖のシトラスとナオさん。そして短剣か片手剣の俺。


 それぞれそこそこの武器を持っているが、どれも環境最強とは言い難い。ネトゲのレアアイテムとはいつの時代も得難いものだ。


「みんなもそれでいい?」


 シトラスが面々を見回して確認する。頷くそれぞれ。


 俺とシトラスの視線がぶつかる。シトラスは頷いて――


「大丈夫だよ、ロックは初見のボスはソロでやりたいもんね? エクストラボスじゃなくても強アイテム落とすボスはいるから、ロックがクリア済みのボスでプラン組んできたよ」


 シトラスがそう言うと、アンクがにやにやと――


「ええなぁ、羨ましいなぁ。えらい気つこてもろてて――ロックくん、シト姉手放したらあかんよ」


「は? いや、俺とシトラスは幼馴染ってだけで――」


「はいはい、ご馳走様。ほんなら行こうや」


「せやな、この部屋ぁ暑くてかなわんわ」


「ロックくん、素直になったほうがいいことあるかもよ?」


 アンク、ロキ、ナオさんがそんなことを言いながら部屋を出ていく。続くカイもなにか言いたげだったが、じっと睨んでやると目をそらして三人に続いて部屋を出ていった。


 残される俺とシトラス。


 ……なんだよ、微妙な空気じゃねえか。


「……私たちも行こっか」


「……そうな」


 伏し目がちにそういったシトラスに頷き、俺たちもギルドハウスの外へと向かった。

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