第2章 フルダイブ・スポーツ⑤

 撹乱の意味も込めて、回り込むような軌道でシトラスに迫る。《物理無効アタックキャンセラー》があるから、確定で一回は攻撃を無効化される。それを頭に入れておかなければ。


「――《ファイアボルト》!」


 迎撃するようにシトラスが魔法を放ってくる。初級魔法で大ダメージは見込めないが、多段ヒットのためヒットストップで対象の足を止めることができる。


 俺にしたってそうだ、魔法スキルは逃げても追ってくる――こいつを《パリィ》で無効化するには足を止めなければいけない。シトラスの立場で考えたら初手として悪くない手だ。


 足を止め、全八発の《ファイアボルト》の初弾に備える。初弾から二発目以降の猶予は全て同じで、50Fずつ。時間にして0.05秒――普通なら見切れっこないフレームだが、俺の目なら――


 ――《ファイアボルト》の全八発を、俺は全て《パリィ》で受け流す。こんなものをいちいち食らっていたらバフも回復魔法ない俺はあっという間にHPが消し飛ぶ。


「まあね、通用しないと思ってたよ――《フレアアロー》!」


 八発目の《パリィ》終わりを狙っていたらしいシトラスが、下がりながら狙撃するように魔法を放ってくる。


 ――なるほど? 俺を近接スキルの間合いに入れないように隙の少ない小技を逃げ打ちしようってつもりか?


 近接ビルドに対しガチガチの後衛タイプが取る戦法としては悪くない。《ファイアボルト》も《フレアアロー》も比較的威力の低い初級の魔法だが、しかしバフで底上げしたステータスと《魔力集約マナブースト》で威力は迂闊に食らったら笑えないダメージだろう。


 その上、《高速詠唱キャストアクセラレート》で発動も速いときたもんだ。シトラスはパーティでもギルイベでも後衛として立ち回ることがほとんどだから、敵と直接対峙するような経験は少ない。それでも即興でこういったプランを組んでくるのはさすがトップランナーといったところだが――


 シトラスは俺の出方を見て次の手を打つつもりらしい。下がりつつ、しかしまだ次の魔法の詠唱を始めていない。


 ――だったら、ギルドメンバーとして、フレンドとして、幼馴染として――こういう手もあるって教えてやらないとな。


 俺は迫る《フレアアロー》に対し、完全に足を止めて――そして手も止めて、炎の矢を無視してまっすぐにシトラスを見る。


「――!?」


 俺の行動が意外だったのか、シトラスが動揺する。こんなことで動揺してたら、ギルイベにプロゲーマーが参戦してきたらトップランナーからあっという間に引きずり降ろされるぞ。


 俺はそれでも構わないが――シトラス、いや凛子はこれで負けん気が強い。子供のころから俺と張り合って今じゃ《ワルプルギス・オンライン》のトップランナーだ。プロ相手だって負けたら悔しがるに違いない。


 まあ、先んじてこういう崩し方もあると俺が教えとけば、シトラスなら後は自分で考えるだろう。


 俺はそのままシトラスを見続け――そして迫る《フレアアロー》をその身に受ける。


「――――!??」


 五感シミュレーターで再現された熱さとダメージに変わる不快感――もちろんゲーム用に調整された安全なものだ――と、目を見開くシトラス。がくんとHPの三割強が削られる。


 同時に俺は動揺したままのシトラスに迫るべく疾駆する。


「――嘘でしょう!?」


 驚いたシトラスは次の魔法を詠唱できない――その時間は与えない。AGI素早さに任せてすっ飛ばし、シトラスに肉薄する。


「~~~~っ!」


 苦し紛れに錫杖で迎え撃とうとするシトラス。気の毒だが、懐に入ってしまえば――


 突き出された錫杖の狙いは正確だったが、いかんせん遅い。左手で錫杖を受け止め、掴み、シトラスの動きを制してその首にダガーの先端を突きつける。


「――うう、負けました……」


 動きを止められ、喉元に刃物をつきつけられては逆転の目はない。ゲームなので喉を突いても即死にはならないし、魔法を詠唱することもできる――というか《物理無効アタックキャンセラー》もかけてたのでこのまま突いても一撃だけは無傷で済む。


 だが、後衛のビルドで前衛アタッカーにこの状況を作られてしまえばもう詰みだ。


 シトラスが降参リザインしたことで俺の視界にWINNERの表示が出てPvPモードが解除される。錫杖を放してやると、シトラスはその場にへなへなと座り込んだ。


「ん~~、やっぱロック強いー……何あれ、わざと魔法受けるってアリ?」


 半泣きで、シトラス。


「アリだよ。お前の作戦読めたから、決めにくる魔法が飛んでくる前にわざと受ければ動揺すると思って。実際動揺しただろ?」


「した……」


「プロが参入してきたらこんくらいのことは軽くしてくるぞ。お前もプロ選手の格ゲー配信見てるならわかるだろ? プロの駆け引きはマジで高次元だぞ。最大コンボ食らわないために起き攻めの投げ技をわざと抜けないなんてよく見るだろ? システム内でできることはなんでもしてくる」


「いやー、今のロックさんの駆け引きも相当エグいと思うけどね……」


 ――と、観戦していたカイが俺たちに近づいてくる。シトラスの肩をぽんと叩き、


「どんまい。シトラスさんはパーティ戦で輝く人だから、今度多対多でリベンジしようね」


 そう言ってカイは手に入れたばかりの装備、幻影剣ミラージュブリンガーを肩に担いでニッと笑った。


 カイのアバターは線が細めの少年風のアバターだ。大男ってわけでもないのに、デカい両手剣が妙に似合う。


「さ、今度は僕とだよ、ロックさん。ルールは一緒でいいよね?」


「ああ」


「僕には寸止めじゃなくてもいいからね――僕もしないから」


 その言葉と同時に、俺の視界にPvPの申請ウィンドウが表示される。シトラスは俺の視線でそれを察したのか、立ち上がってラース様の隣へと移動した。俺は承諾ボタンをタップ。カウントダウンが始まり――


 俺たちはそれぞれ数歩後ろへ下がり、デュエルを始めるための間合いを取る。


 カイがミラージュブリンガーを構えて――


「――ロックさん、僕も開幕バフかけていい?」


「《ソニックスラッシュ》打ち込んでいいか?」


「ちぇっ――じゃあ素でやんなきゃいけないかなぁ」


 カウントダウンが《0》になる。俺とカイはそれを見て同時に駆け出した。

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