第2章 フルダイブ・スポーツ①

「よ、《公認チーター》」


 明けて翌日、いつものように凛子と連れ立って登校すると、席につくなり前の席の男子にそう声をかけられた。


 それをきっかけに、クラスの《ワルプルギス・オンライン》プレイヤーが集まってくる。その中の一人の言葉に、俺は驚かされてしまった。


「見てたぜ、昨日の中継」


「――中継だと?」


「あれ、知らなかった? 昨日のお前のミラドラ戦、動画サイトで中継されてたぜ」


「オレも見た。ギャラリー目線からだったよな。岩瀬が知らないってことはギャラリーが勝手に配信したんだろうな――ほら、これ」


「マジかよ……」


 クラスメイトが見せてくる通信デバイスの画面を見てゲンナリする。サムネイルは俺とゲームマスター、シトラスが遠巻きに写されている画面だ。


 タイトルは『【神回】運営が認める《公認チーター》、幻魔竜ミラージュドラゴン公開攻略!』となっている。何が神回だ、ふざけんなよ。


「お、すご。もう百万回ってる」


「――百万再生? たった一晩で?」


 クラスメイトの言葉に思わず腰が浮く。そんな俺に、他のクラスメイトが興奮気味に――


「昨日の夜、オンゲーニュースで『《公認チーター》が幻魔竜ミラージュドラゴン公開攻略』って記事流したんだよ。俺もそれ見てお前のことだと思って速攻で《公認チーター》で検索したらこの動画がヒットしてさ」


「――で、近接縛りで実質ノーダメだろ? 俺はそこまでじゃねえけど、結構本気で《ワルプル》やってるヤツは何度も見てスキルの使い方とか構成とか研究してんじゃね?」


「なんせ陣営バフもほとんど意味ないし、軽視されがちな近接スキルでソロ攻略だもんな。それでこれだけの攻略見せられると近接の評価変わるよな」


「岩瀬は最初から近接が強えってわかってたん?」


 口々に言うクラスメイトたち。不本意なニュースが流れていたのは把握していたが、自分のことなので検索までは思い至らなかった。


 これは……今度のギルドイベント、他陣営から徹底マークされるだろうな……


 ――逆に言えばそれだけ逆境を楽しめるというか。いいじゃないか、ボス戦の動画チェックしたぐらいで俺を攻略できるならしてもらおうか。


 それはそれとして、勝手に動画を配信したプレイヤーはプライバシーの侵害と迷惑行為で通報しておこう――そう心に決めつつ月末のギルドイベントに思いを馳せていると、


「――で、やっぱり岩瀬もプロゲーマーになるわけ?」


 クラスメイトがそう尋ねてくる。


 プロゲーマー――ゲームをプレイすることで収益を得るゲーマーをそう呼ぶ。チームに所属しスポンサーから支援を受けたり、各種大会で賞金を得たり――そういったゲーマーだ。個人的にはゲーム実況配信も広義の意味でプロゲーマーだと思っている。


 しかし――実況者は別として――プレイするゲームはゲームならなんでもいいというものでもない。特にフルダイブVRゲーであればPGCProfessional Game Competition連盟が《競技タイトル》として認定したタイトルがその対象となる。


 ともかく、プロゲーマーとはゲームをプレイして飯を食える、ある意味数多のゲーマーたちの頂点に立つ存在だ。


 ――俺はゲームが好きだ。大好きだ。プレイヤーとして一生現役でいたいと思っているし、フルダイブVRで対戦要素のあるゲームなら大抵のタイトルで俺のギフトを活かしてプロゲーマーとも互角以上に戦えると思う。


 でも――いや、だからこそと言うべきか――俺は収入を得るためにプロとしてゲームをプレイすることに強い興味を持てない。


 俺の興味は、将来は――


「プロになるつもりはないよ。俺は将来、メーカーに就職して誰も遊んだことのないようなすげえゲームを作るクリエイターになるんだ」


 情熱や決意――そういった感情を込めた俺の言葉だったが、しかしクラスメイトは俺が将来創るであろう数々の名作にはあまり興味がないらしく――


「――ふぅん。てっきりオレ、岩瀬は《ワルプル》でプロになるんだと思ったけど」


 ……やれやれ。俺はそいつにちょっとばかし講釈を垂れてやる。


「確かにネットじゃ《ワルプル》もそのうち競技タイトルになるんじゃねって話はあるよ? プロゲーマーで《ワルプル》をプレイしてる人もいる。けどPGC連盟が認可しなきゃ競技タイトルにはならない。いくら対人要素があっても《ワルプル》の本質はRPGだからな、競技タイトルには――」


「――いや、岩瀬知らねえの? 《ワルプル》、競技タイトルに認可されたぜ」


「なにっ?」


 別の男子に指摘され、俺はまた腰を浮かせてしまった。


「いつ? なんで俺がそれ知らないの?」


「オレらにそれ聞かれても。昨日、オンゲーニュースでも取り上げられたぜ。でもその直後にお前の《公認チーター》のニュースが流れて完全に埋もれたな」


「マジかよ」


 俺は慌てて自分の通信デバイスを取り出し、オンゲーニュースを確認する。


 公式サイトにアクセスすると、トップは俺の《公認チーター》関連の記事ばかりで――しかし画面をスクロールすると、下の方に『《ワルプルギス・オンライン》、遂にフルダイブ・スポーツ競技化!』という見出しがあった。


 おいおい、どう考えたって俺よりこっちのニュースを大きく取り上げるべきだろ……


「《ワルプル》は対人要素充実してるし、パーティ戦とソロ戦で戦略変わるだろうし、結構面白そうじゃね?」


「複数パーティでギルイベっぽくバトルロイヤル形式もありだよなぁ」


「あー、そう考えると運営は最初から競技化狙ってたかもな」


 口々に語るクラスメイトたち。


 うーん、競技タイトル化なぁ……


「岩瀬、今なら《ワルプル》のプロ一人目とかいけんじゃね?」


「つーかエクストラボスをソロ攻略したのって岩瀬だけだろ? つまり今、岩瀬って全一全国一位どころか世界一じゃん。お前がプロにならなきゃ誰がなるんだよ」


「お前ならどっかのチームからスカウトくるだろ。将来ゲームクリエイターになるとしても、学生のうちは兼業プロゲーマーとかアリじゃね?」


 勝手なことを言うクラスメイトたち。随分と盛り上がっているが――


 しかし俺は、《ワルプルギス・オンライン》の競技化に好意的な感情を抱けなかった。


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