第1章 《公認チーター》⑨

「なんだよこの人の多さは……」


 五分前行動――というわけでもないが、約束の二十時より少し早めにログインすると、既にシトラスとゲームマスターがログイン済みで俺を待っていた。


 しかし驚いたのはそこじゃない。エクストラクエストのためと言ってもいい火山フィールドの端っこのマップだというのに、俺たちを遠巻きに眺める大勢のプレイヤーがいたことだった。


 戸惑いながら口をついた言葉に、ゲームマスターが答える。


「一応、こちらの方で立会攻略をお願いした、ということは伏せてあったんですが、どうもネットで動画のプレイヤーが公開ソロ攻略する、なんて話が出回ってまるみたいで」


「マジかよ……俺とシトラスの会話が聞かれてたか? 考えてみりゃオープンマップでチャットしてたもんな。ゲームマスターの音声はともかく、俺とシトラスの声は近くにいりゃあ聞こえただろうし」


 今更後悔しても遅い――チャットをする流れを作ったシトラスが肩を小さくしている。


 そのシトラスの肩をぽんと叩き、


「今日お前んちの夕飯、カレーだったろ?」


 尋ねるとシトラスが目を丸くする。


「すごい、なんでわかるの?」


「隣んちだぞ、匂い漂ってきたわ」


「碧――じゃない、ロックのお家は?」


「……お前んちの匂いにつられて母ちゃんがウチもカレーにするって言い出してな。俺はお前に負けてらんねえと思って冷凍のカツ解凍してカツカレーにして食った」


「どんな勝ち負けなの」


 シトラスが言う――その声は明るい。もうあんまり落ち込んでないみたいだ。


「うちはシーフードカレーだったよ」


「ふぅん。俺の勝ちだな」


「や、シーフードが最強だし――課題は終わった?」


「半分くらいは。お前は?」


「一応終わらせてきた」


「後で写させてくれ」


「……ミラドラ攻略、一時間切ったらいいよ」


「マジか、じゃあ本気出すわ」


 アップ代わりの会話を終えて――システムクロックが二十時を示したことを確認。そして俺はゲームマスターに向き直る。


「さ、時間すね。いつでもいいすよ」


「お手数おかけしてすみません――あの、ギャラリーはどうしますか? 強制はできませんが、ゲームマスターとして退去のお願いはできますが」


 申し訳無さそうなゲームマスターだが、場所と時間が漏れたのは確証こそないものの多分こっちのせいだし、それに――


「このままでいいすよ。ミラドラはもう攻略済みなんで、緊張する相手でもないし」


 どうせ動画も拡散されてるし、今更隠すこともない。俺のその言葉に、ゲームマスターは運営としてなのか、少し面白くないようだった。一瞬口ごもり、固い口調で言葉を続ける。


「……一応、調査という名目があるので前回と同じように《完全擬態パーフェクトインビジブル》の発動キャンセルをお願いしたいのですが」


「了解です。他になにかリクエストは?」


「――……それでは、《完全擬態パーフェクトインビジブル》のキャンセルを《ウォークライ》以外のスキルでお願いできますか?」


「あ、それは無理っす。というか正しくは確約できない、ですかね」


 俺がそう言うとゲームマスターが眉をぴくりとさせる。


 ……こいつ、やっぱり俺が《完全擬態パーフェクトインビジブル》の予備動作――瞳の発光にオートで《ウォークライ》を発動させるアルゴリズム組んでるとでも思ってんのか?


 ギャラリーに聞かれるのを避けるため、システムメニューから仮想キーボードを呼び出してゲームマスターにメッセを送る。


『公表されていませんが、《完全擬態パーフェクトインビジブル》のキャンセル条件って予備動作から発動までの2フレ間に攻撃判定をヒットさせることですよね? 近くにいれば他のスキルでもキャンセルできますが、その場合は予備動作を見落とす確率があがります。範囲内に効果が即時発動する《ウォークライ》以外だと間合いを詰めるだけで間に合わなくなる可能性が高い。《ウォークライ》でないと対応難しいです』


 メッセージを確認したゲームマスターがはっとする。


「どうしてそれを……」


「見えるからとしか。他には?」


「……いえ、大丈夫です。こちらは例のツールをロック様にセット済です。ミラージュドラゴン戦が終われば解除します。ロック様のタイミングで始めていただいて結構です」


 そう告げてゲームマスターはギャラリーに混ざるように下がっていく。


 ボス戦フィールドに残されたのは、俺とシトラスのみ。


「――で、新しいスキルはとってきた?」


 尋ねてくるシトラス。俺はそれに応と答える。


「もちろん。《ファントムドライヴ》な」


 俺がそのスキルを告げると、シトラスは目をぱちくりさせる。


「え――《ファントムドライヴ》ってローグのスキルだよね? 《カオスディザスター》の前提スキルの」


 シトラスが口にした内容はずばりその通りだ。《アビスインパクト》に対する《ソニックスラッシュ》のように、ローグの奥義スキル《カオスディザスター》を発動させるためのスキルである。


 ただ、《ソニックスラッシュ》と違って《ファントムドライヴ》に攻撃判定はなく、《カオスディザスター》を発動するために自身のステータスに《ファントムボディ》状態を付与するのが主な効果だ。


「え、じゃあ強気の理由は《カオスディザスター》だったの?」


「いや? あれは対人戦じゃ強いけどモンスター相手にはあんま有効じゃねえよ?」


《カオスディザスター》には対象にかけられたバフ魔法を剥がす効果がある。しかもなにがえげつないって、《物理無効(アタックキャンセラー)》を貫通することだ。これがなかなか厄介で――


 こんな効果のためギルドイベントでは要人を潰す目的で《カオスディザスター》をぶん回すプレイヤーはそこそこ見るが、《ファントムドライヴ》のもう一つの効果を使いこなしているプレイヤーは見たことがない。


 ――これだけギャラリーがいれば、これからちょっと流行るかもな。俺と同じように使いこなせるやつはそうそういないと思うが。


「じゃあ、なんで――」


「見りゃわかるさ。ちゃんと時間測っとけな、課題がかかってるんだからよ」


 俺はそう言って身振りで「下がってろ」と伝える。察したシトラスは口パクで「頑張ってね」と残し――そして踵を返してギャラリーに混ざっていく。


 さて――


 システムメニューからクリア済みのクエストを呼び出し――そしてその中からエクストラボス・幻魔竜ミラージュドラゴンの名をポップアップさせる。


 別ウィンドウが立ち上がり、クエスト概要とまるで怪獣映画のような幻魔竜の姿――そして表示される『リトライ』のボタン。


 そのボタンをタップすると、途端に雷鳴が轟いた。いや、雷じゃない――雷よりも凶悪なドラゴンズブレスだ。


 火山灰の雲を黄金のブレスで散らせた幻魔竜が、翼で空を打ちながらゆっくりと天から降りてきて――


 俺の目の前にずん、と着地する。


「よう、幻魔竜――昨日ぶりだな。お前とまた遊ぶのはもう少し先のつもりだったんだけどよ――こっちの都合で急に呼び出して悪いけど、遊ぼうぜ」


 告げる。モンスターユニットが――それも一度は討伐されたボスモンスターが記憶をメモリに残していることなんてあるはずない。


 それでも俺の言葉に、幻魔竜はまるで怒りをもって応えるように大きく吼えた。

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