第1章 《公認チーター》⑤

 翌日、凛子の手を借りることなく無事に起床できた俺は、いつものように凛子とともに登校した。


「……今更だけどなんで碧は近接ジョブで縛ってるの? ソロプレイなら魔法スキル使ったほうが良くない? ATKもDEFも自己バフあったほうが盛れるでしょ?」


 学校について下駄箱で上靴に履き替えていると、凛子がそんなことを言い出した。


《ワルプルギス・オンライン》にはメインジョブとサブジョブが存在する。メインジョブは文字通りメインとなるロールを決定づけるジョブで、サブジョブはいつでも変更可能な攻略の手助けとなるサイドアーム的なジョブだ。


 このサブジョブを入れ替えて多様なスキルを取得していけるのが《ワルプルギス・オンライン》の面白いところだ。


 ――魔女をテーマにしているだけあって、《ワルプルギス・オンライン》は魔法スキルゲーとも言われている。


 陣営の主である魔女も、どの魔女の眷属になるかでプレイヤーに与えられる恩恵が変わってくる。そしてそのほとんどが魔法スキルに関わることだ。


 この陣営バフとサブジョブで多様なスキルを取得できるシステムで、《ワルプルギス・オンライン》では多種多様なビルドを組める。


 凛子はメインジョブがプリースト、サブジョブを魔法使いと呪術師を適宜入れ替えてスキルを取得している。


 加えて俺たちの魔女・ラースの陣営バフは聖魔法、回復魔法、支援魔法にプラス補正。凛子のビルドは、時にはパーティを支え、時には固定砲台にもなれるガチガチの魔法特化後衛だ。


 対して俺はメインジョブがアサシン、サブはあらゆる近接物理のジョブを入れ替えて多様なスキルを取得している。魔法スキルは回復スキルすら積んでいない。


 魔女――魔法がテーマで、システム的にも魔法スキルが優遇されているこのゲームで、近接スキルしか取得していないプレイヤーは、俺が知る限り俺だけだ。


 凛子の言う通り、自己バフを抜きにしても火力点で言えば近接スキルより魔法スキルのほうが最大与ダメを狙える。だが――


「ギルド《月光》のギルマスであるシトラス様にしては浅いことを言う」


「は?」


 俺がそう言うと、凛子は「何言ってんの?」とばかりに威圧的な声で言った。


「碧が近接スキルしかとってないのは縛りプレイでしょ?」


「その前提が間違ってる。俺にとって近接縛りは縛りプレイじゃねーんだよ」


「縛りプレイじゃない?」


 凛子が靴を履き替えて立ち上がる。どちらからともなく歩き出し、肩を並べて教室へ向かいながら――


「ああ。有利――っていい方もアレだけど、強いと思ってるから近接オンリービルドなんだよ」


「でも、陣営補正は乗らないでしょ?」


「まあ厳密に言うとグリード陣営かスロース陣営だったら別だが」


 強欲の魔女・グリードと怠惰の魔女・スロース。この二人の陣営補正は直接魔法スキルに関わる補正ではない。グリードは店売り価格、アイテムドロップ率、そして装備品に補正がかかるといったもので、スロースは魔法に限らず全ての範囲攻撃AoEに補正が乗るというものだ。


 このどちらかの陣営を選んでいたとしたら、もう少し攻略が楽になっただろうが――


「じゃあどうしてそのどっちかにしなかったの?」


「ラース陣営じゃなきゃお前の立ち上げたギルドに参加できねえだろうが」


 このゲームでは魔女同士の争いがギルドイベントに関わってくるため、陣営を超えてギルドに加入することはできない。ラース陣営のシトラスが立ち上げたギルドに加入するためには、俺――ロックもラースの眷属にならないといけなかったわけだ。


 ただ一緒にレベリングなり素材集めなりするパーティプレイだけなら陣営を超えて組むことができるが、共にシナリオの攻略をすることも、同陣営としてギルドイベントに参加することもできない。


「あー……それはごめん」


「や、近接なら範囲攻撃AoEはメイン火力になりえないし、アイテムドロップ率も誤差程度らしいじゃん。それは別にいいんだけど」


 しゅんとする凛子にそう伝え、


「凛子、お前の最大火力だせるスキルってなによ。あ、属性はダメージ計算変わるから無属性で頼む」


「うーんと……無属性なら魔法使いの《神威滅撃陣ディバインエリミネイト》かな」


「倍率は?」


「多段ヒットだけど、合計4000%」


 えぐ……やっぱ魔法スキルの倍率高えなぁ。


「アサシンの《デッドリーアサルト》は2400%だよね?」


 確かめるように聞いてくる凛子に頷いて返す。近接スキルはどの職も最強スキルで2500%前後だ。モンクの奥義スキルは3000%と群を抜いているが、アレは俺にとっては魔法スキルと同じで扱いにくい。


「やっぱ比べちゃうと倍率に差があるよね」


「そうな。で、お前――ミラドラに《神威滅撃陣ディバインエリミネイト》当てられる?」


「? そりゃ当てるよ。っていうかミラドラは《魔法返しマジックカウンター》持ってないから必中だけど? 実際討伐したとき使ったし」


「ふぅん。でもそれ、タンクがミラドラのタゲ持ってくれたから当てられるんじゃねえの? ソロでも当てられるか?」


「あ――」


 俺の《ワルプルギス・オンライン》の『パーティプレイ』という前提を崩した質問に、凛子ははっとする。


「魔法スキルには必ず詠唱時間が発生するだろ? その間は攻撃や他のスキルはもちろん、回避ステップも使えない。基本的には無防備だ。そんで攻撃されたら詠唱は中断される」


「超パワーも相手に当たらなければ……か」


 凛子が名作マンガのセリフを真似てぐぐぐと唸る。


「そういうこと。で、知っての通りだが近接スキルってのはほとんどが即時発動なんだよ。スキルを発動させたらほぼノータイムで効果が出るわけ」


「あんたの変態プレイングにはうってつけってわけね」


「超反応って言ってくれよ……《完全擬態パーフェクトインビジブル》を《ウォークライ》でキャンセルしたの見てたろ? 魔法スキルでおんなじことができるか?」


「無理かな……そもそも《完全擬態パーフェクトインビジブル》を狙ってキャンセルできるのは世界中でも碧ぐらいでしょ……」


 俺の質問に凛子はげんなりと答える。


「それはそれとして――仮に俺が魔法スキルを取っていても、魔法スキルであれをキャンセルするのは無理なんだよ。どうしたって詠唱時間があるからな。まあミラドラは極論だけど、俺の超反応でも魔法スキルじゃ詠唱時間が邪魔になる。欲しい時に効果を得られないのは……いくら効果が高くても使いにくい」


 凛子は俺がずば抜けた反射速度を持っていることを知っているが、人の限界を超えたギフトであることまでは知らない。ふんわり誤魔化しつつそう言うと、顎に指を添えてむむむと考え込む。


「それで近接縛りってわけ?」


「厳密には俺にとっての強スキルを取ってたら近接スキルオンリーだったって感じだけどな」


 当然だが、ゲーム故にスキルを取得するにはコストが必要があり、レベリングで稼ぐことができるスキルポイントを消費する。それらを近接スキルにつぎ込んだ結果魔法スキルに回す余裕はなく――それでも俺のギフト――プレイヤースキル《神眼》があれば近接オンリーのほうが強いってわけだ。


「防御面は? バリア系のスキルは先にかけておいてもいいわけじゃん? 《魔法返しマジックカウンター》とか《物理無効アタックキャンセラー》とか」


「《パリィ》で両方対応できるのに、わざわざスキル二つ取る意味がないだろ」


「そうだった……あんた魔法スキルを《パリィ》できるんだったね。どんだけアバター制御精確なんだか……自己バフは?」


「ミラドラみたいなボス戦中なら途中で効果切れるだろう? かけ直す余裕が確保できると限らない、レベリングと素材集めにしか使えないバフなら自分で取る必要性を感じないな。回復も詠唱がある回復魔法より即時効果のアイテムのほうが使いやすい」


「意識高いなー……あんたの超反応と精確なプレイングが前提ってわけね」


「まあな。魔法スキルがあったほうが火力も耐久も盛れるのは確かだから、俺みたいにソロ攻略目指してるんじゃなければ魔法スキルは取るべきだろうなぁ」


 そんなことを話していると、俺と凛子が所属するクラス――一年C組の教室に着く。入り口の扉を開けて中に入ると、すでに登校していたクラスメイトのうち、数名が一斉に俺と凛子に目を向けた。


 ……なんだ?


 不可解な雰囲気にたじろぎつつ席に着くと、そのうちの一人が俺に近づいてくる。


「――おはよう。なあ、これってもしか岩瀬じゃねえの?」


 そんな事を言いながら通信デバイスの画面を見せてきた。


 その画面にはSNSアプリが表示されていた。表示されたアカウントはシトラス――つまり凛子の《ワルプルギス・オンライン》用のもので、『私の幼馴染が最強すぎる』という文言とともに、俺と幻魔竜が対峙しているサムネイルが表示されていた。

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