第1章 《公認チーター》③

 ――それは見たことのないモーションだった。姿を表した幻魔竜が、翼をまっすぐに伸ばし巨大なスピアのように俺のアバターを貫いていた。

 

《金剛体》の効果でダメージはない。しかしこれで無防備だ。HPも残り1――避け損ないのカス当たりでも死ぬ。


 俺は《スラッシュパリィ》の準備をしながら回避ステップで《金剛体》の硬直をキャンセルしながら間合いを詰める。この攻撃が単打なら反撃しながら間合いを詰めるのが正解だろうが、この状況で見せる新モーションがそんなヌルいわけがない。


「ゴオオオオオオオオッ!」


 まるで雷鳴のような咆哮にアバターの体がビリビリと震えた。同時に逆側の翼が動いたのが目の端に映る。


 ――やっぱりな、連続攻撃だと思ったぜ!


 幻魔竜は天を穿たんとばかりに振り上げた翼を振り下ろしてくる。ただ、二段攻撃とは思えない――次段に備えるべくこの攻撃を《パリィ》で受け流して――


 間合いを詰める足を止めて、幻魔竜の攻撃タイミングを読む。そう間をおかずに翼が振り下ろされる。見たところ発生200F前後――約0.2秒。一般プレイヤーが反応できるかどうかギリギリのタイミングだ。


 ――が、なにかがおかしい。初見モーションが普通に見切れるタイミング? 予備動作なしの《完全擬態パーフェクトインビジブル》からおそらくまともに喰らえば即死の一撃から始まるコンボが?


 そう思った瞬間、幻魔竜は俺に叩きつけようとしていた翼を横――体の外側に展開した。そのまま空と大地を切り分けるような横薙ぎの攻撃を放ってくる。


 ――アルティメットムーブにフェイント!? 幻魔竜のデザイナーはいい性格してんな!


 薙ぎ払いの一撃に《スラッシュパリィ》を合わせてとりあえず凌ぐ。先のように反撃はしない――まだコンボが続くならそれに対応しなきゃならないからだ。


 受け流しの勢いを利用して宙に跳ぶ。次の攻撃を見るには幻魔竜の翼がマスクになってしまうからだ。俺の超反応は見ないことには活かせない。


 次はどうくる? 幻魔竜を見ると、俺をターゲッティングしているからか視線が交錯し――


 視界の中央に金色の光が瞬く。幻魔竜が俺を見据えたまま大口を開け、宙に跳んだ俺にブレスを吐こうとしている。モーションからして薙ぎ払いや範囲攻撃AoEじゃない、高威力のレーザータイプだ。


 薙ぎ払いをパリィしたあと、そのまま地面に突っ立っていたら気づくのが遅れたかもしれない。


 カッと光が大きくなり、幻魔竜の口からレーザーのようなブレスが発射される。発生40Fってところか。一般プレイヤーには見えない攻撃だろうが、しっかりこの目で見た。見たからにはどんな攻撃も見切るのが俺の、俺だけのプレイヤースキルだ。


 足場のない空中で身を捩り、スキルを使うべくダガーを構える。使うスキルは《スラッシュパリィ》の下位スキル、《パリィ》だ。《スラッシュパリィ》と違って相手の攻撃モーションに対して無敵を得る、なんて効果はない。ただ攻撃をパリィして対象攻撃の攻撃判定を無効化するだけ。


 だが《パリィ》には《スラッシュパリィ》にない大きな利点がある。それは対象が『攻撃判定』のため、《スラッシュパリィ》と違って魔法系の攻撃、範囲攻撃AoEの攻撃判定さえ《パリィ》できるということだ。


 ――これがゲームである以上、プレイヤーの当たり判定に対し、命中判定をジャッジしないと攻撃が成功しない。


 従って魔法やブレス、範囲攻撃AoEなど物理判定のない攻撃にもこの命中判定をジャッジするための当たり判定が付与されている。


 そいつを正確に《パリィ》できれば魔法攻撃やブレス系、範囲攻撃AoEも一度に限り無効化できる。それはFPSFirst Person Shooting‐Gameで迫る銃弾をナイフで叩き落とすようなものだが――


 フルダイブ環境でなら、俺にはそれができる。


 レーザーの正体だって、どんなにリアルに見えても当たり判定をまとったレーザー状の光オブジェクトだ。物質判定はなく、当たり判定がプレイヤーに命中すると攻撃が成立する。


 つまり、その攻撃が成立するまえに当たり判定を正確に《パリィ》できれば攻撃は無効化されるわけだ。


 眼前に迫るレーザーブレス――大型モンスターのそれだ、レーザーと言っても俺のアバターを飲み込んでしまいそうな大口径だが――


 ジャンプの落下で軌道がずれるのも想定したが、大迫力で迫るブレスはその影響が出ないほど高速だった。俺はそれを半ば受け止めるような気持ちでナイフを疾走らせる。


 ダガーは正確にレーザーの先端、そこにあるはずの当たり判定に命中した。同時に、ガラスを砕いたような音を発して――《パリィ》の成功音だ――俺を焼き殺さんとしていた黄金のブレスがバラバラに砕け散る。


 ――残念ながら幻魔竜は「なにがなんだかわからない」といったリアクションは見せなかった。代わりに、ブレス後共通の硬直モーション(実際には動いているので硬直ではないのだが、いわゆる後隙あとすきってやつだ)に移行している。


 幻魔竜の代名詞でもある《完全擬態パーフェクトインビジブル》から始まる殺意マシマシの連携だ、これがアルティメットムーブで間違いないだろう。


 ――ねじ伏せたぜ!


 着地までの数フレームの間に幻魔竜のHPゲージを確認する。ラスト一本が95%ほど――その約5%は《カオスハンド》が絡んだ《バックスタブ》で削ったものだ。


 ――運が良ければ削りきれるか? よし、回復はしない――反撃だ!


 着地と同時にアサシンの攻撃スキル《ソニックスラッシュ》を発動する。対象に音速で近づき衝撃波と強力な一撃を見舞う二段攻撃だ。


 システムアシストで瞬間移動のように幻魔竜の懐に入り込んだ俺は、ブレスの後隙で身じろぐ巨体の腹に爆音を伴った衝撃波と渾身の一撃を叩き込む。


 ……アサシンスキルの奥義に分類されるスキルだが、正直俺はこのスキルがあまり好きじゃない。俺がメインジョブにアサシンを選んだのは、ソロ攻略向きの回避型アタッカーのビルド向きという理由の他に、単純に「アサシンってかっけえ」という中二心があるからだ。


 音もなく現れ、敵に気づかれることなく一撃し、影のように闇に溶ける……これこそが暗殺者だ。音の壁を超えて爆音で衝撃波を暗殺対象に叩き込む暗殺者がどこにいるんだ。いや今俺がやってるわけだが。


 そんな暗殺スキルとはとても言い難い《ソニックスラッシュ》だが、伊達に奥義に分類されているわけじゃない。このスキルには特殊効果があって――


「グォオオオオオオッ!」


 クリティカル判定がでたことで、幻魔竜が体を起こして大きく仰け反る。


 それだけじゃない――この《ソニックスラッシュ》の特殊効果に、ヒットにより特殊ヒットストップを発生させる、というものがある。


 そしてこの特殊ヒットストップ中に限り発動可能な《アビスインパクト》というスキルがある。いわゆるコンボスキルだ。


「――喰らえっ!」


 口をついて出た声とともに、ノックバック中の幻魔竜に柄も折れよとダガーを突き込む。渦巻く黒いオーラのようなエフェクトが発生し、《アビスインパクト》が幻魔竜の体を大きく揺らした。


「ギャォオオオオオオッ!」


 悲鳴――いや、怒りの咆哮か――後退りしながら幻魔竜が吠える。《ソニックスラッシュ》のダメージが500%の2ヒット、それがクリティカルで合計2000%攻撃、《アビスインパクト》もクリティカル判定が出て1000%攻撃の倍。計4000%の攻撃で幻魔竜のHPゲージが残り七割強ほどまで削れる。《カオスハンド》は発動しなかったが、両方クリティカルはアツい展開だ。


 ――ところで、俺の《神眼》(命名・俺)の真骨頂はブレス攻撃さえ《パリィ》する強力な超反応ではない。その超反応によって、相手のどんな小さな隙も見逃さず、最大攻撃をねじ込めることだ。


 後退りするモンスターなど、俺にとっては隙だらけ。選ぶスキルはアサシンの最強最大スキル《デッドリーアサルト》。


 一撃150%の十六回攻撃。計2400%の大技――最初の《バックスタブ》のダメージ量からから考えて、クリティカルに《カオスハンド》が乗れば幻魔竜のHPを消し飛ばせる!


《アビスインパクト》のノックバックが解け、幻魔竜が前脚で反撃しようと反応を見せた。薙ぎ払いか、引っ掻きか、それすら判断つかないわずかなモーション。


 だが、命中させて不利なスキルなんてのはよほどの例外を除いて、ない。俺はすでに動き出している――幻魔竜の反撃モーションが反撃として成立する前に、俺の攻撃が届く。


「――《デッドリーアサルト》!」


 このスキルの特徴は、決まったシステムモーションがなく、初撃に十六連撃分の判定が乗っているところだ。つまりスキルを発動させてしまえば、それが斬りつけであろうが、突きであろうが、なんでもいい。


 どちらかというとエンチャント系のスキルに近い感覚だ。スキルが乗った最初の一撃が決まれば、そこに十五回の追加攻撃判定が発生する。《ソニックスラッシュ》と違い、暗殺者らしいと言えばそうかもしれない――エフェクトはかなり派手だが。


 消費SPが大きくクールタイムもクソ長い、使い所が難しいスキルだが、『当てる』ことに困らない俺にとっては頼りになるスキルだ。


 幻魔竜の鼻っ柱をダガーがスキルエフェクトを伴って斬り裂いた。その傷口を刳り、穿つように十五発分の追加攻撃エフェクトが発生し幻魔竜の頭部を貫く。


 ――そして、その追加攻撃の剣閃エフェクトは通常のものだけでなく、クリティカルエフェクトを伴っていた。一撃ごとに幻魔竜は小さいノックバックで体を震わせる。


「ゴオオオオオオオオオオオオオッ!」


 一際激しい、天を割る落雷のような幻魔竜の咆哮。七割強ほどだったヤツのHPの最終ゲージが見る間に減っていく。


 コマ送りのようにゆっくり時間が進む中、俺は幻魔竜のノックバックを見ながら視界の一部を注視する。クリティカルが出るのは想定内。あとは《カオスハンド》が――


 永遠のように感じる何ミリ秒かの後、待ち望んでいた暗黒騎士のアイコンが点灯する。緑色だった幻魔竜のHPゲージが三割を欠いたほどで赤くなり、そして――


 ――パーセンテージで言えば1%あるかないか、ミリにも満たないゲージを残してHPの減少が止まる。


 あるいは、オーバーキルでも一度は耐える、みたいな特性があったのかもしれない。ともあれ、《デッドリーアサルト》に耐えた幻魔竜が俺に向き直って怒りの咆哮をあげる。


 強かった。楽しかった。《デッドリーアサルト》のSPを確保するため攻撃スキルを温存していた前半戦もフレームを削る戦いだった。予兆なしの《完全擬態パーフェクトインビジブル》から連なるアルティメットムーブは震えた。


 だが、もう終わりだ。大好きな漫画に『次回堂々の最終回!』というアオリを見たときのような寂しさを感じるが、俺の残りHPも1のまま。このまま幻魔竜の反撃を受けてやる訳にはいかない。


 反撃に転じる幻魔竜に先駆けて、俺は《背後取りバックサイド》でヤツの攻撃範囲から脱出――背後をとる。ここまできたら通常攻撃でも落とせるが、これは幻魔竜への餞だ。


《バックスタブ》――俺が暗殺者らしくて最も好きなスキルをもって、俺は幻魔竜ミラージュドラゴンにトドメを刺した。

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