第17話 「女神」のファン、イラストレーター「朱音あか」の独白

一年前に自殺して世間を騒がせた、某アイドルを殺したのは僕です。


殺したと言っても、直接手にかけた訳ではありません。

具体的に罪状を言うのであれば『自殺幇助』に当たるんでしょうか? もしくは『脅迫罪』? 

どちらの方が罪が重いのかは、僕にはよく分かりませんが。


僕は彼女の古参オタクでした。

彼女がデビューしたてで、まだ地下アイドルをやっていた時代から、トップオタクとして彼女を支えていたんです。

その頃の彼女は、本当にピュアで幼くて可愛くて……このまま健やかにのびのびと、正統派アイドルとしてやっていってくれると思っていました。


こんなはずじゃなかったんです。

ここまで人気になるとは思わなかったし、彼女が才能に溢れていて、自分で作詞作曲を手掛けたり、絵を描いたりマルチに活躍するアイドルになったのは嬉しい誤算でした。

ただ、女優の領域にまで手を出すなんて──それも、彼女に相応しくない役までやり出すなんて、思わなかった。


アイドルは恋愛禁止です、ご法度です。

地下アイドルに所属していた時はそれが運営によって明文化されていたし、事務所を移籍した今でも、その約束は当然続いていると思っていました。

彼女だってインタビューで度々、初恋もしたことないだとか、ファンのみんなが一番大事だと思ってるって言ってましたし、そんな彼女が、男性と恋愛するなんて、例えお芝居であってもやっていいわけがないでしょう。

でも、これも彼女の夢のためだからと思って、我慢していました。

彼女は国民的アイドルになるのが夢でしたから。

夢のためには知名度が必要……月九などのドラマに出演すれば、それに紐づいてゴールデンのバラエティだとか、とにかく露出が広がりますからね。いくらネットが隆盛になったと言ったって、やっぱり全国区、全世代に届かせたいとなったら地上波に出ることが大事なんですよ。

だから仕方ない、ここは彼女をずっと応援してきた身として我慢しようと。


そう思っていた僕を彼女は裏切ったんです。

それも、よりによって「不倫」なんていう最悪な形で。

だから、許せなかった。


誰のおかげで彼女がアイドルをやれていたと思ってるんですか? 

ファンですよ、生活や時間を切り詰めてまで応援してくれてる、支えてくれているファンのおかげなんですよ。

あくまでファンあってのアイドルなんですよ。

アイドルという生き物は、ファンだけは裏切っちゃいけないんですよ。

裏切られたからには、復讐しないといけません。


だから僕は、彼女に不倫の証拠を送りつけ、自分でちゃんとけじめをつけないんだったらこれを晒すぞと告げました。

最初は公式アカウントに送ったんですが無視されたので、仕方なく彼女の家の住所を特定して、郵便で送りつけました。

「特定班」をなめちゃいけませんよ。僕たちが本気を出せば、大抵のアイドルの住所なんて、一発なんですから。

彼女が最終的にけじめとして死を選んだのは予想外でしたが──まあ、何も反省せず、のうのうとこのままファンを裏切り続けるよりはマシだったんじゃないでしょうか。

彼女にはやっぱり、ファンへの良心とアイドルとしての矜恃があった、ということです。


なぜ一周忌の今日まで黙っていたんだという話に関してですが。

最初は、この件を暴露する気は全くありませんでした。

警察がスマホの履歴を辿って、僕に辿り着いて逮捕されたら、それは仕方ないぐらいにはぼんやりと考えていましたが。

自首しなかったのは、自己保身からではありません。保身なら、今もまだ口をつぐんでいるはずです。


黙っていた理由は、愛です。愛ゆえに、です。

彼女はせめても、僕以外のファンに何も知られずに逝くことを選んだわけで……それだのに、僕が暴露するのは筋違いでしょう。ずっと彼女を応援し続けてきた身として、彼女の遺志は尊重したかった。

世間には、天使のイメージのまま、一世を風靡した人気絶頂アイドルのままで幕を閉じさせてあげようってね。

それがいきなりなんでこのタイミングで言う気になったかは……単純にムカついたから、ですかね。

なんか彼女、僕が知っていた以外にも色々隠し事があったみたいで。

彼女の覚悟に応えて僕も彼女の秘密を墓まで持っていく気だったのに、他にも秘密があったってのは流石に……なんだ、やっぱり僕を最初からずっと、裏切り続けるつもりだったんだなって。


彼女の不倫の具体的な内容については、この後、自首した際に警察にお話しする予定です。

事実が明るみに出たら、もしかすると僕の言っていることは嘘なんじゃないかとか、これは証拠としては弱すぎるとか、僕の思い込みに過ぎないとか色々言われるかもしれませんが。

彼女が自殺した、それが何よりの証拠です。

じゃないと、人気絶頂のアイドルがツアー途中に自殺なんかするはずがないでしょう?


というわけで、僕は今から警察に行ってきます。

罪を償うのは怖くないです。

そんなつもりじゃなかったとはいえ、彼女のことを殺してしまったのは事実なので。

信じてもらえないかもしれませんが彼女のことは今でも好きですし、客観的に考えても惜しい人を亡くしたなとも思ってます。

あーあ。ちゃんとけじめを付けて再出発してくれれば、僕はそれで良かったのになあ。

彼女の歌が僕は一番好きでしたし。

それはどれだけ裏切られても変わりませんでしたし。

それでは全国のファンの皆様、僕が軽率な行いをしたばっかりに、彼女が死んでしまうことになってしまって、大変すみませんでした。

謝って済む問題じゃないですけど。

あ、復讐されても文句はないですよ。

できれば痛いのはやめてほしいなあと思いますが。

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