第15話 「女神」が慕う作家の書簡

拝啓


風薫る五月となりました。清々しく、絶好の行楽日和が続きますが、生憎と私は、相も変わらず机にしがみ付き、執筆作業に追われる毎日です。

そんな中で貴方のような熱心な読者の存在は励みとなっております。

丁寧なお手紙ありがとうございました。

遅くなってしまいましたが、先日のお礼も兼ねて、この度、筆を執った次第です。


さて、貴方の感想は貴方だけのものですから返すのは野暮かもしれませんが、一点だけ気になったことがあります。

それは、貴方の感想文の中にあった

『私は、小さい頃から可愛くて魅力的な妹と比べられることの多い人生だったので、主人公の劣等感にはついつい感情移入してしまい』

の箇所です。


貴方とは一度だけお会いしただけですが、貴方には貴方だけの魅力がありました。

妹さんは確かに仕事のこともあり、分かりやすく匂い立つような美しさかもしれませんが、貴方の思慮深さを感じさせる奥ゆかしさも、周囲の方は十分魅力的に感じていることでしょう。

初老男性に言われても嬉しくないとは思いますが、ただ人は歳を重ねていくうちに、自ずと表面的な魅力よりも内面から滲み出るような奥深い魅力をこそ求める、ということを貴方には覚えていて欲しいです。

短編の主人公のように己をむざむざと浪費し人に心を明け渡すような馬鹿な真似、貴方のような賢明な女性はしないとは思いますが、どうやら主人公に深く共感しているようだったので、ついついお節介をしてしまいました。ご寛恕ください。


妹さんからも、貴方の話は度々聞いています。彼女が語る姉の姿は、いつだって才気に溢れていて魅力的でしたよ。

妹さんは中々、本当のことを言いたがらない天邪鬼な子です。

ひょっとして、直接貴方には言ってないかもと思い、私から伝えることにしました。これもとんだお節介ですね。


また、貴方の感想から、初めてご家庭のことを知りました。

父親不在の家庭だったのですね。

お母様はお一人でよくぞここまでお二人を立派に育てられたと思います。

簡単にその苦労を理解できるとは言いませんが、拙宅も早いうちに妻と死別し、それから父一人子一人でやってきたものですから、ついその苦労を思わずにはいられませんでした。

ちなみに娘はお二人と同年代で、妹さんとは何度かお会いしたこともあります。

今度機会があったら、是非貴方も、娘の話し相手になってやってください。

将来はイラストの道で生きていきたいと申してますから、美大出身である貴方の存在は、きっと娘の刺激になるでしょう。


閑話休題。

というわけで、私と妹さんの間には、お姉様である貴方が想像しているようなことは何もありません。

私の代表作が、歳の差の恋を題材に扱ったものですからよくそういった誤解を受けるのですが、私の実生活は非常に慎ましいものです。

妻を喪い、男やもめになってこの方一度も浮いた話などありませんし、そもそも興味も無いのですよ。

文学的には趣深いモチーフだと思っていますが、自分自身は余りに歳を離れた女性を見ると、娘の顔を想起してしまいます。恋仲になるなど、とてもじゃないですが考えられません。

ですから、安心してください。


何より、妹さんは若くて美しく、今が盛りとばかりに咲く大輪の花のようなお方です。私のようなおじさんを相手にするわけもないでしょう。

妹さんの振る舞いも、貴方からご家族の話を聞いて、納得できました。

恐らく彼女は、小さい頃に得られなかった父親の愛情というものを、私に求めているのだと思われます。

娘もアルバイト先で母親のような年代に懐いており、先日もタッパーに詰められたおかずを貰ってきました。

貴方たち姉妹の喪失の穴を塞ぐことは私には出来ませんが、妹さんのことは一人の身近な大人として、これからも見守っていければと思います。


そうそう、私の次回作を楽しみにしているとのこと、ありがとうございます。

いい加減、「その季節に君は何を思うか」ばかり持て囃されるのにも倦んできたので、次回作は、代表作を塗り替える気持ちで、精魂込めて書いています。

勿論、いつも塗り替えるつもりで執筆はしているのですが、今回はそれと比べても格別の気持ちです。


そしてここだけの話、妹さんには執筆にあたって、随分と助けられています。

というのも、次回作の主人公のモデルは妹さんなのです。

何を隠そう、「その季節に君は何を思うか」のヒロインを妹さんに演じてもらった際に、今回の作品のインスピレーションが沸いたのです。

透明で向こうまで見通せるようでいて、実際は霧に包まれたような、分かるようで分からない彼女の魅力を解剖してみたくなった。

お陰で、ヒロインの造詣は今までで一番重層的になったんじゃないかと思います。

従来の作品作りだと、実在の人間をここまでなぞることは無かったですからね。


この作品が無事世に出て、映像化まで漕ぎ着けることができれば、きっと妹さんの代表作も「その季節」から塗り替えられることでしょう。私はそう確信しています。

妹さんにはヒロインのモデル兼読者として執筆中のものを読んでもらっているのですが、早く続きを読ませろ、早く仕上げて世に出せと、編集以上にせっつかれています。

プレッシャーにはなりますが、元々筆が早い方ではないので、それぐらい急かしてくれる第三者がいる方が捗りますね。

お陰で半年後、ちょうど年末頃には何とか形になりそうです。


唯一心配なことはと言えば、妹さんがヒロインに移入しすぎて、何か良からぬ事が起こらなければ良いなと思料しております。

本人は大丈夫だと申しておりますが、正直言うと出会った頃から少し危うい人だとは感じていたのです。

役者としては、それで正解なのかもしれませんが、その役への入れ込みようには鬼気迫るものを感じ、たまに恐ろしいと感じることがありました。

今回の作品は、特に彼女をモデルに造形したものだから、元々が彼女と近いですし。

その上で随分と過酷な筋書きにはなっているので、彼女が耐えられるかがやや心配です。

彼女は無邪気にはしゃいで早く結末を書けだなんだ言ってきますが……少しだけ書くのを躊躇っています。

とはいえ、作家の業として、最終的には書き上げてしまうのでしょうね。

部外者が差し出がましくはありますが、どうかこれからも彼女の善き姉として、彼女が道を踏み外さないように支えてあげてください。

新緑の季節と言っても、まだ夜は冷え込みますから、お身体にはくれぐれもお気をつけて。


敬具

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