第13.5話 「女神」オタク、ミクの逡巡

女神が「社長は頼りになるから、何かあったら社長を頼れ」とAMIに言っていたというから期待していたが、裏切られたような、肩透かしを食らったような気分だ。


言われた内容はもちろんだけど、それ以上に対面した瞬間に、こいつは信用できないという直感が働いたというか──まあ、プロデューサーの一件があってから、大人の男性というものを、だいぶ色眼鏡で見てしまっている節はあるんだけど。

偏見百パーセントで言うと、芸能事務所の社長ってポジションからしてまず怪しい。

加えて、自分を綺麗なポジションに置きたいというか、あくまで自分の身の潔白の証明と、私への牽制に必死なのが感じ取れたので、どうにも信用する気になれずに終わってしまった。


あの飲み会と社長は全くの無関係だって言うけど、未成年の女神が一人であんな飲み会にたどり着くとは思えない。それに、あの実直そうな俳優の彼と社長だったら、断然、前者の話の方が信用できる気がする。

彼女と夜通し語り合った割には、プライベートのことは深く干渉しなかったなんて言っていたけど、全くプライベートを知らないままだけど、仕事上では緊密なパートナーでいますなんて、逆に難しい気がするが、どうなのだろうか。 

マネージャーが彼女についてほぼ何も知らなかったのも怪しいっちゃ怪しいけど、あっちは一緒に仕事をしているうちに、人の機微に鈍くて、善良だけど見逃しがちな人なんだなというのが分かってきたから理解ができる。

そういうタイプの「悪い子じゃないんだけどね」とみんなから評され、それなりに愛されはしているものの、誰の親友ポジにもなれない、みたいな女の子は、私の周囲でも観測してきている。

だけど、少し話しただけでも、社長がマネージャーのような勘の鈍い方とは思わなかった。

鷹の目のように鋭い、こちらを見透かしてくるみたいな目。口元は笑っていても、一切目が笑っていないあの感じ。あんな鋭い眼光ができる人に、一タレントが早々隠し事なんてできないと思うんだけど。

口では女神の死を悼むようなことを言っていても、あの俳優の彼とは全く違って、あくまで話し方も表情も淡々としていたところも、信用ならない。

かけがえのない存在を失ってしまった悲しみというよりはむしろ、大事な商品を一つダメにしてしまって大変惜しいことをしたみたいな淡白さ。

タレントを人間ではなく、あくまで商品として見ているんだろうなって印象を受ける。

それに、私に投げかけられる視線や態度も、一人の対等な人間に対してではなかったし。


私は大人の世界には詳しくないし、あんな飲み会も初めてだ。

それでも女子高生という生き物をしていれば、自然と人から向けられる視線には敏感になる。

それに、ここに辿り着く前からコンカフェでバイトしていたわけで、そして今となっては一応事務所に所属してお仕事をさせていただく身になっていて、何なら以前から原宿や表参道を歩けば、当然スカウトもされていたし。

つまり何が言いたいかと言えば、私を「消費」しようとしてる人間のことぐらい、子供の私でももうちゃんと判別できるようになっていた。

それが「女子高生」という記号を消費したいのか、性的に消費したいのか、社長みたいに「商品」として消費したいのか、というところまでは、流石にまだ分かんないけど。

そういう目線でいくと、社長は間違いなく、私のような女の子たちを「搾取」「消費」する側の人間だった。

絶対に信用しちゃいけない人種。冷静で落ち着いているだけに、あの悪徳プロデューサーよりもタチが悪いかもしれない。

このタイプの大人の男性は、それなりに人の注目を浴びてきた勘の鋭い女の子なら、当然警戒して然るべきはずなんだけど。でも女神が「信用できる」と言っていたというのなら……それとも、その清々しいほどの自分中心的態度に、ある種のフラットさを感じて「信用できる」と表していたとか? 


それにしても、社長に関する印象はこのぐらいにしておくとして、悪質なファンに対して法的検討までされていたとは知らなかった。

女神ぐらい人気なら過激派のファンも「特定班」も、当然いておかしくないぐらいは思ってはいたけど、一ファンとして活動している限りはそんなにヤバいファンはあまり見かけなかったし、なんなら女神のファンは民度が高いことで有名だったのだ。

社長の言うような,ヤバいファンは、一体どこに息を潜めているんだろう。

女神の死後は、そういった過激なファンが何か知っているんじゃないかと、捨て垢を作って接触しようとしたんだけど、よっぽどクローズドなコミュニティなのか繋がることができなかったのだ。

女神の古参ファンである、朱音さんに聞いてすら分からないということは、よっぽどうまく人に目を付けられない形で活動しているに違いない。

やっちゃいけないラインの分からない馬鹿というのはどこにでも湧くものだけど……そのせいで女神が迷惑し、精神的な負担をかけられていたとなれば話が別だ。


ファンが女神を脅かすなんて、あってはならないこと。

それは背信だ。タブーを犯したからには、報いを受けなければならない。

彼らを特定して晒して、然るべき罰を受けさせるべきだ。


──この業界で生き続けていたら、いつか私にもそういった熱量の高いファンがついたりするのだろうか。

まあそんなことを気にする意味もなく、私はじきに淘汰される個体だとは思うんだけど。

実際、最初こそぼちぼちご祝儀的に仕事を与えらえていたけど、最近はもうスーパーのチラシやネットショッピングに載せていただけるだけでも御の字で、事務所がやっている配信チャンネルに、他のタレントと一緒に賑やかしで出演するぐらいしか仕事もない。

それも配信のギャラは出なくて、交通費のみの「ご協力」だから、これを仕事と言っていいかも怪しい。

私は女神の死の真相にたどり着くという本懐さえ果たせればそれでいいから、ギャラとか仕事内容にはこだわってないんだけど。

もし本気でこの世界で食べていきたいと思っていたら、枕営業とか悪質なファンとかを抜きにしても、なんて過酷な業界なんだろうと思う。

その中でも一世を風靡し、一際輝く星だった女神はやっぱり凄いし、そんな凄い人が簡単に死を選んでしまうとは、どうしても、どうしても思えない。

だからと言って、今のところ殺人を企てそうな人間にも心当たりがない。

となると、やはり自殺しかありえないんだけど、でもやっぱり女神に限って──結局社長に相談たところで現状は何も変わらず、思考のループからは抜け出せなかった。


どうにかしてループから抜け出し……そうだ、契約時の住所を見ることさえできれば、どうにかなるんじゃない?

そんな悪魔の囁きに惑わされつつも、もう一方で、いい加減社長の言うとおり、女神を探るのは辞めろ、という声が脳内に響く。

社長にこれ以上目をつけられても怖いし、何よりまた余計なことを知って傷つく気か、知らない方が幸せということも世の中にはあると。


確かにそれはごもっともな理屈だとは思う。

でも、私は既に知ってしまったんだ。女神の秘密を。

女神の隠してきた「嘘」を、一部暴いてしまったんだ。

ここで中途半端に引き返してしまったら、私は何のために一年近くも女神の死の真相を追いかけ続けたのか、何も知らなかった時の方が、まだ幸せだったじゃないかという話になってしまう。

一年近くの月日を、大人になって振り返れば、短いとかあっという間とか言うんだろうけど、少なくとも現役女子高生の私にとって、一年の月日はすごく長かった。

この一年を、最初から何も知らない方が幸せだったなんて結論で終わらせたくない。


だから、今更ここで引き返すなんて選択肢はないんだ。

そう私は自分に言い聞かせて、社長の幻影を振り切る力の強さで、ぎゅっと覚悟の握りこぶしを作った。

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