第4話 「女神」のマネージャーの雑談

なに、また女神の話?

前に説明したよね。守秘義務ってものがあって、いくらうちの事務所に入ったからって、そう易々とは……秘密保持の契約はちゃんと結んだって? それはそうだけど。

……ハァ。わかってるわよ、ミクちゃんはずっと彼女に憧れてたんだもんね。

彼女を超えるアイドルになるって約束してくれるなら教えてあげても良いわよ、なんて。


え、女神を超えるのは無理です?

今のは、ほんの冗談のつもりだったんだけど。

そんな食い気味で否定するなんて、本当に愛がすごいのね。


アカウント見たけど、ミクちゃん、結構な有名人だったみたいじゃない。

あのアカウントは残してもいいけど、今後は絶対に更新するのはやめてね。

これからは事務所で公式に運営しているアカウントを動かすことになるから。

そう、うちはそういう方針なの。

前はタレント個人にアカウントの運用を任せてたんだけど、そうすると不適切な発言だとか情報流出とか、色々大変じゃない?

うちは正統派のクリーンなイメージな子ばっかり在籍してるから、スキャンダルとかは困るのよね。

ってわけで、裏垢とかがあるなら、それは今すぐ消してね。

彼氏の情報が洩れるケースは最悪だけど、そうでなくても、同業の悪口を裏垢で言っていたのがバレて炎上とか、実際うちでもあったのよ。

そんなことぐらいで、わざわざ謝罪文まで出してさ。

こんなことマネージャーの私が言うのもなんだけど、同年代の女の子がタレント活動してて、事あるごとに比較されるんだからさ。

元々気が合ってる友達同士で集まってるわけでもないし、それは色々あるわよとは思うんだけど。

恋愛だって若い女の子、それもとびきりの美人を捕まえてきてるんだから、それは何も無い方がおかしいって話でさ。

でも、タレントって人気商売だからイメージは大事なのよ。

クリーンな印象を保つことも、仕事のうち。ね、分かるでしょ?


彼女にスキャンダル? ないない、なかったわよ。

賢い子でね、これ以上は踏み越えちゃいけないってラインをいつだって器用に見極めてた。

彼女の担当ってことで、それはもう同僚からは羨ましがられたよー。

芸に優れているのはもちろんだけど、スタッフに当たり散らすこともない、謙虚で礼儀正しい子だったし。

表に出る職業って、あることないこと言いふらされたり、プライベートを見張られたり、そうでなくても周囲からのプレッシャーも大きいしでストレス溜まりやすいからさ。

裏の顔ってほどじゃないけど、マネージャーの私達にその分しわ寄せがいくというか、まぁ、ちょっとワガママだったり、不安定な子も多いのよ。

こちらはタレントの稼ぎで食べさせてもらってる立場だしさ。

替えが利かない大事な子たちではあるし、どうしても商売の構造上、こちらは無下にはできないでしょ。だから増長しちゃうって言うのかな、そういう子もちらほら、ね。

その点、彼女は本当にやりやすさの塊だったな。

マネージャーさん、お忙しいところ申し訳ないんですけど、現場の差し入れ用にこれを買ってきてもらえませんかってURLが届いたりもして。

周囲への気遣いも完璧で、私より十歳下の女の子とは思えない、本当にプロ意識の塊だった。事務所でも一番ストイックって評判だったよ。


……多分、彼女が本音を出せたのなんて、マネージャーの私ぐらいなんじゃないかな。

そりゃ激務だし、さっき言ったような過酷さもあるし、どれだけ明るくポジティブにしていたって、疲労やストレスは溜まるでしょ。

でも彼女は気遣い屋だから、人の前では常に天真爛漫なアイドルの顔で振る舞うのよ。不機嫌な顔なんて、何一つ見せないの。

そんな彼女にだって、弱音を吐きたい時ぐらいあったんだろうね。

たまに彼女に甘えられて、仕事終わりに車を走らせて、夜のドライブと洒落込んでね。

高速に乗って夜景がビュンビュンと通り過ぎるのをぼうっと眺めるのが好きなんだって言ってた。忙しさが落ち着いたら運転免許をとりたい、なんてことも言ってたかな。


夜の海に行ったことも何度かあったな。

夜の海って私からしてみると、ただただ暗いし波の音が恐ろしいだけなんだけど、彼女はちょっと違ったみたい。

「闇の中で、波の音が聞こえると落ち着くの。胎内回帰願望かな?」

とかなんとか、難しい言葉を使って笑ってたよ。

暗闇がよっぽど好きだったみたいで、家でも落ち込んだ時は電気を点けずにベッドの上で体育座りをしながらぼおっとするんだって言ってた。

本当は等身大の……いや、もしかすると、人よりもちょっと弱い女の子だったんだよね、彼女。

それなのに必死に、みんなの前では明るく天使の顔で振る舞ってるんだなぁと思うと愛しくて仕方がなかったし、私がマネージャーとしてこの子を守ってあげなきゃって、夜の海に行くたびに決意を新たにしてたよ。


彼女のマネージャーをしていて大変だったこと……?

うーん、唯一大変だったとすれば、とにかく彼女が空き時間でも、人へのプレゼントの買い物やらジムやらをやたらと詰め込むから、移動が大変だったことくらい?

さっきスキャンダルについて聞かれたけど。アイドルだから恋愛禁止とか以前に、あんな忙しさで彼氏まで作ってたら化け物だよ。

彼女も年頃の女の子だから、恋愛への憧れが全くなかったとは思わないけど、いたら間違いなく私に相談してくると思うし。

役作りで男女関係に関して質問されたことはあったけど、本人は全くそういったことには興味がなさそうだった。

ああ、唯一師匠と慕ってた男の人はいたけどね。


……そんな身を乗り出さないでよ。

五十代のおじさんだって。あはは、引っかかると思った。

その人有名な作家先生なんだけどさ、作品がドラマ化されることになって、彼女が端役で出ることになったのよ。一回限りのゲスト出演、それも視聴率を稼ぐための、大した演技も求められないような賑やかし枠だったんだけど。

たまたま彼女が撮影のタイミングで、原作者であるその先生が見学しに来てね。

気難しいで有名な先生だったから、ご機嫌損ねないようにって現場はピリついてたんだけど、その中で、彼女だけは自分からその人に近づいてってね。

どうやら彼女、その先生の大ファンだったらしくて。

すごい熱量で語り出して、あっという間に先生の心を開かせてしまった。

それで定期的にご飯に連れてってもらう仲になったみたいよ。


実際、先生にはお世話になった……というか、その後、今度は別の作品が映画化されるってなった時に、彼女がヒロインに抜擢されたの。

勿論、先生と仲が良かったからってのはあると思うよ。

彼女があんまり嬉しそうだったから、私も渡された台本を読んだんだけど、あまりに彼女にピッタリの役だったからビックリしちゃった。

純真無垢で、繊細で、天使のような女の子なの。

ほんとにハマり役だったから、あれで彼女は映画の方面でもしょっちゅうお声がかかるようになったようなものだし。


女神の演技は素晴らしかったけど、歳の差の恋が気持ち悪かった?

まぁ、確かに十七のあなたからしてみれば、十五歳違いって相当キモいのかもしれないけど、大人になってくると、だんだん普通になってくるもんよ。

私の周りでも、十五歳上でも独身ならまだマシで、相手が既婚者なんてケースも全然あるからね。


あの先生、どうしてるかな。きっとすごいショックを受けてると思う。

別の作品も特別ドラマになるから、また彼女をヒロインにって頼まれてた矢先だったからね……。

彼女と親しくしてくれてた友達の何人かも、未だに私に連絡がくるのよ。

彼女が死んだなんて嘘ですよね、こんなにブレイクしてる真っ最中だったのに……って。


そうそう、よく知ってるね……って、交友関係もバッチリ把握してるのがファンってものか。

特に仲良かったのは、うちのモデルのAMIちゃんと、シンガーソングライターの苹果ちゃんと、あと、女優の里香さんと。私が知る限りだとそんなものだけど、他にも仲良い子はいっぱいいたみたいよ。

AMIちゃんとは、近々仕事でご一緒することになるんじゃない? 

あなたが真面目に仕事してくれるならだけど。


え、そんな風に順風満帆だったなら、自殺なんてするはずがないですよねって?

そんなの私が一番そう思ってるわよ。

だからといって、彼女は誰かから恨みを買うような人間じゃないから他殺ってこともないと思うし、事故であんな大量に薬を飲むとも思えないし……。


──ほら、あの子、みんなにはキラキラした天使の顔しか見せないけど、本当は少し弱い部分のある子でしょ。

特に最近はツアーの合間を縫って、新曲の撮影やらバラエティやら、雑誌のインタビュー連載も始めたり、アパレルコラボなんかも手掛けたりして……ろくに寝る暇もないぐらい、多忙を極めてたの。

忙しいんだから、せめて配信ぐらいお休みしても良いわよ、強制じゃないしって言ったんだけど、ファンの期待に応えることを優先して、週一のインスタライブだって絶対にお休みしなかったし。

「忙しさは気にせず、どんどん仕事を入れちゃってください。私、今が旬だから。仕事がもらえる内に頑張らないと」

なんて言ってたから仕事を詰め込んでたんだけど……あんな風に、裏で睡眠薬を常飲してたなんて、私全然知らなくて。


でも考えてみたら当然よね、身体だけじゃなく心にも負担の大きい仕事なんだし。

大きいツアーを成功させた直後だったからこそ、心身ともにガタが来ておかしくないわ。

だったら、マネージャーでありながら彼女の状態に気づけず、きちんと支えてあげられなかった私が、彼女を殺した一番の犯人なのかもって……。


……グスッ、ごめんなさい、ちょっとお手洗い行ってくる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る