コインランドリーのための不協和音五重奏

弟夕 写行

第1話 強盗は銃を洗濯に、スリは洗濯機の中に

午前2時。コインランドリーの中で、フリーターの西尾にしお陽和はるかずは未だに手に残る感触をどうにか発散しようとグーとパーに握ったりと、開けたりする。

彼の中では、60分前の事件へ未だに悪い意味で興奮冷めやらぬ状況だった。



西尾はタバコの煙を吐くように、息を吐く。

その頭の中では、もう5度目となるコンビニ強盗のシーンの再放送がやっている。



ネットで見たものを猿真似した、モデルガンを改造した手製の銃を手に、フードを深く被って、100均で買った分厚いサングラスとマスクをして顔を可能な限り隠してコンビニに入る。

(西尾は知らなかったが店員二人のうち一人は裏で仮眠しており、勝手に看板の灯りを消していたため、)客は自分以外おらず、店内では西尾ともう一人の店員との一対一の状況が運良く出来上がっていた。


この時の西尾の心は運の良さを喜ぶ気持ちと、事件を起こさざるを得ないナイスな状況に放り込まれて後に引けなくなってしまったというある種の苦みに支配されていた。


そのまま、ええいままよ、と強盗を行い、せっせかと一目散に盗難車のバイクで逃げ、難なく37万という大金をせしめた訳である。




さて、話は戻るが、西尾はここで大きなミスを犯している。


彼は事件後すぐさま改造銃を古着のダウンの1着、イエローではなく、手前にあった黒の方のそれの内ポケットに入れて隠した。

そして今、家の中では居ても立っても居られなくなって彼は、夏が近いからと思い付いたままに冬服を洗いにきた訳である。

古着のダウンを持って。


当時パニックになっていた彼の頭は、勝手に記憶をかき混ぜて、色の強い黄色に入れたと錯覚させた。


これに西尾が気付いて、あっと声を上げるのは、脱水が終わるのを待っていた間に若い金髪ショートの女が山本コインランドリーに入ってきた10秒後だった。


実に運の悪いことである。人生とはそういうものだ。











大学生の志田しだ真佑美まゆみはこの前ブリーチを使ったばかりの金髪をかきながら、あっと声を上げて逃げるように飛び出していった中肉中背の若い男を見送った。


「なんだ、あいつ。まっ、いいや。と」


志田は20台ある業務用のドラム式洗濯機を眺めると、慣れた手つきで洗いなり、乾燥なりの終了した服を漁り始める。

彼女のバイトとは端的に言おう、盗みである。


2週に一度、家から自転車で20分先のここ、山本コインランドリーを標的にして盗みを働いている。

わざわざ、ここを選んでいるのは大通りからも外れた位置にポツンと立ち、防犯カメラの一つも何も無いのを初めて利用した時に知ったからだ。



何せ、この山本コインランドリーは5年前に不動産投資を目的に、郊外にあった元コンビニであった土地を買い取って、建物はそのままに取り敢えず20台の業務用大型ドラム式洗濯機を置いた突貫もので、更に言えばオーナーの山本というサラリーマンは、この店に来たこともないのだ。

だから、多少のトラブルだとか何だとかは知らぬ存ぜぬ、防犯のためのカメラやそういった類のものは経費削減に一つも置いていない杜撰な作りなのだ。


そう、だからいいカモにされてしまう。


「お、ラッキー。万札発見。」


志田はポケットから見つけた3万と小銭2700円分を抜き取るとウェットティッシュでそれをふいて、来ていたパーカーのポケットに乱雑に流し込む。


「お。さーて、それじゃあ次はここを……へぇ?」


ピーピーとけたたましく90デシベルの五月蝿さで終了音が鳴る。おそらくさっきの男のだ。志田は返ってくる前にと、せっせかそこをまさぐるとポロッと何か手前に落ちた。

財布かと思って下を見る。だった。

素っ頓狂な声を上げた後、10数秒して、じゅう、重、十、銃、落ちてるものの異常さにハッとした。そして彼女は縮み上がった。


先程の男、よくこちらからは見えなかったが、相手には顔を見られてしまっているかもしれない。

帰ってくるのも直だろう。鉢合わせしたらマズイ


そう考えた志田がとった行動は、全ての衣服と銃を別の洗濯機に入れて逃げる時間を稼ぐことだった。

そして身を隠すために緊急避難として志田は小柄なのをいいことに使用不可の貼り紙が貼られていた洗濯機の中に入る。


狭いために心音が高鳴る。早く来て、出ていってくれ。


そう願う彼女の前で扉を開いたのは、男ではなく、だった。正真正銘のドバト。


ドバトは戸の隙間から器用に通したそこそこの枚数の100円玉を一枚ずつ嘴で掴み、投入口に入れてを何度も繰り返し、金が貯まるとボタンを押して洗濯機を稼働させ始める。それも幾つも。


志田は、目の前で起こるハト主演の奇妙な出来事に、先の銃のこともあって、ガタガタと震え、夢であれと願う。


しかし、こんなシュールレアリストの見る夢の様な奇妙な時間も本当のことである。時たま、世界は小説よりも奇妙なり。人生とはそういうものだ。


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