第2話


 ――食べ物に対して感謝を忘れたものは、人間ではない。

 これは小学生の頃、ナツとアキの担任が吐いた言葉である。なんでも、担任は食べ物の声を聞いたことがあるらしい。その声によると、食べ物は自分たちをありがたいものとして認める生き物を人間と認めているという。

 言っていることはまともなようで、しかしなかなかにメルヘンチックだ。

 信じない生徒が大半だったが、語りがあまりにド迫力だったからか、アキの脳にはその言葉が波形ごと深く刻み込まれた。それからというもの、アキは心の中で感謝を忘れず、一口一口を大切にした。

 しかし、ナツの心には微塵も響いていなかった。ナツはいつも、水を飲むように食べ物を吸い込んだ。そんなナツを見ながら、アキは心の中で、〝ナツは不思議な生物である〟と考えるようになった。


 さて、繰り返すが、この二人は双子である。


 アキは悩んだ。何の感謝もなくただボリボリとポテトチップを頬張るナツを見ながら、脳みそに電気を走らせた。

 仮にナツが不思議な生物であるとしたら、自分は何なのだ。

 同じ腹から、僅かな時間差で出てきた二人。同じ海で数か月を過ごした二人。

 ナツが人間ではない不思議な何かであるとしたら、自分も同じく不思議な何かなのではないか。


 輝くエンゼルの片割れが、幻の雷に打たれ、感電した。

 その様子を見て、呆れながらナツは、金のくちばしから出てきたピンク色のボールをかみ砕く。


 ある日、ナツはひとりコンビニへ行った。

 店頭に並ぶチョコボールは、6つほどすでに誰かの手に渡っているようだった。

 店を変える。

 たどり着いたスーパーのお菓子コーナーにもやはりチョコボールは置いてあった。手に取りやすい場所にある箱からはほとんどの小箱が奪われていたが、後方の箱は手つかずのように見える。

 ナツは後方箱の右列、前から3番目の小箱を抜き取った。

 レジへ向かい、会計を済ませ、持ち帰り、シュリンクを開ける。

 クエッとくちばしを引き上げた。

「いつものスーパー。9月6日購入。店頭陳列後方、右列3番目、エンゼルなし」


 人間であることを諦めたアキは、感謝をささげることなく食べ物を食べるようになった。

 腹が減った気がするというセンサーからの知らせを受けると、何かを適当に流し込んだ。車にガソリンを飲ませるように、流し込んだ。

「ねぇ、ナツ。人間ってさ――」

「その話、聞き飽きた。喋ってないで、さっさとチョコボール食えよ」

 ナツはアキの話に興味を示すことなく、ガリガリとチョコボールをかみ砕きながら、左列7番目の小箱をアキに投げた。

 シュリンクを開け、くちばしを引き上げる。

 ――やぁ、アキ。ぼくは何枚目かな?

 ぼーっとしているアキに代わり、ナツが言う。

「管理番号C1989、左の前から7番目、銀」



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