第6話 卑弥呼タン、大いに嫉妬する

 今更だが、僕は身長162センチの小柄な高校生、年齢は15歳だ。中学まではそこそこの成績だったが、高校に入ってからは日本史と古文以外、全滅に近い。

 でもいいんだ。歴史学者に僕はなる!んだから。


 でもなんの間違いか、奈良の古墳に真夜中にこっそり入り、目をつむって瞑想している間に、軽く1800年ばかりタイムスリップしてしまった。なぜなのか、まったくわからない。元の時代に戻る方法も、何もかも。


 でも元来の能天気さが幸いし、この時代に慣れてきた今となっては「まあ、いっか」的な気分でいる。卑弥呼タンはかわいいし、モンローさんはセクシーだし、ヒコマロはイケメンなので本来は敵だが、見ていて飽きないアホだし。



 そんな能天気な僕、卑弥呼が呼ぶところの「スサノオ」だが、この日は本当に困っていた。

 なにしろ、ヒコマロと一緒に狩りに出たまでは良いが、森ではぐれてしまったところを謎の男たちに攫われ、簀巻きにした上で誘拐されてしまったのだ。ご丁寧に目隠しまでされて。


 どこかに降ろされて目隠しを取られた僕は、目の前にちょっと目がキツめの女の子が立っているのを認識した。

 誰だろう、この子? なんでそんなにふんぞり返っているんだろう。


「ホォーッホッホッホ、愚かなり、ヤマタイの下僕よ」


 青を基調とした、動きにくそうなヒラヒラした着物を着ているこの子、なんだかアニメに出てくる悪役令嬢のような喋り方だな。


わらわは、クナの筆頭巫女、九里姫くりひめじゃ。あがめるが良い、ひれ伏すが良い、ホォーッホッホッホ!」


 なんだか、この子もエキセントリックな性格してるなぁ。古代の巫女っていうのは、みんな変わっているのかな?

 でも筆頭巫女っていうのは本当らしい。なんたって、ウサギのケモ耳が頭の上でピョコピョコしていてるからね。なんだかバニーガールみたいだな。


「下僕、お主はあのちんちくりん阿呆女アホおんな、名前を呼ぶのも汚らわしいヤマタイのニセ巫女のところの新入りらしいな? 名を名乗るが良い」


 どうやら久里姫は卑弥呼とあまり仲がよろしくなさそうだ。まあ、先に名乗ってもらっちゃったから礼儀として名乗るけどね。


「えっと、僕は彗士郎すいしろうと言います」

「なんじゃ? スイセン?」


 またこのやり取りかよ! 古代の巫女はみんな耳の中、腐っているんじゃねえの? ええい、面倒だ。


「卑弥呼様からは『スサノオ』と呼ばれております」

「なにいっ、スサノオ!? スサノオじゃとぉ!?」


 おっ、スサノオって言えばすぐ通じるのね。でもなんだろう、反応が激つよだ。


「お主、スサノオと言うのか?」

「はい」

「そうか……。おい、爺や」

「はい、久里姫様、ここに」


 なんだか黒づくめで長身の爺さんが出てきたよ。着物なんだけど、どことなく執事っぽいイメージがある。執事服とメガネがない時代なのが惜しいな。


「クナに急ぎ連絡せよ。妾の婚礼の儀を執り行うとな」


 あらまあ、ご結婚されるのですか。おめでとうございます。でも話の流れがよく読めないんですけど、なぜ突然そんなことを久里姫は言い出したのでしょう?


「妾の婿は、このスサノオじゃ」

「かしこまりました、姫様」


 はあ、なるほど。そういう流れでしたか。納得、納得。

 いや待てーい! 出会って5分で結婚って、どういうこと?


「ちょっと、何で僕がアンタと結婚する話になってるんだ?」

「おお、スーちゃん。確かに説明が足りて無かったのう」


 スーちゃん……いや、時間がもったいないからツッコミはやめておこう。


「実はな、あの厄介な阿呆女アホおんながヤマタイを追放されたと聞き、ヤマタイを滅ぼすのはいつが良いか、占いをしていたんじゃがな」

「はい」

「占いの結果は『久里姫がスサノオという名の男と結ばれたらヤマタイは滅ぶ』というものだったんじゃ。で、ずっとスサノオを探しておったんじゃが、まさか阿呆女アホおんなのところにおったとはのう。こりゃ盲点じゃった!」


 なんだそれ、恋占いでもやったんか?


「それにお主、よく見ると可愛らしい顔をしているではないか。妾は構わん、さっそく契りを結ぼうではないか」


 言うなり、身にまとう青い着物をポンポンと脱ぎ始める久里姫。待てーい! 出会って10分で合体って、古代の女性、自由奔放すぎるだろ! 安物のAVかよ!

 あっという間に久里姫が下履きだけになった時。遠くから絶叫が響いた。


「喰らえ淫乱馬鹿女! 秘伝・玄武の術!!」


 次の瞬間、僕と久里姫、その爺やと僕を攫った二人の男がいる地面が鳴動した。そのまま轟音を上げ、空に向かって地面が盛り上がっていく。


 ゴゴゴゴゴッ、ズガーーーン。

 僕たちが居た地面は、あっという間に高さ30メートルほどの山になった。


「これは、ちんちくりん阿呆女アホおんなの法術?」

「その通りじゃ、淫乱馬鹿女!」


 ゴゴゴゴゴッ、ズガーーーン。

 僕たちの山のすぐそばにもう一つ山ができたかと思うと、その頂点に卑弥呼がふんぞり返って立っていた。


「あ、卑弥呼タン!」

「人前で『タン』と呼ぶな! 照れるではないかぁ……」


 ふんぞり返ったまま真っ赤になっている卑弥呼、今日も安定の可愛さだな。


「邪魔するな、ヤマタイのちんちくりん阿呆女アホおんな! お主のしもべだったこのスサノオは、今日から妾の婿じゃ。すぐにでも契りを結びたいゆえ、お主は引っ込んどれ!」


「なっ……なんですってぇ?」


 卑弥呼の顔色が、照れていたピンク色から、怒りのどす黒い赤に変わった。


「その男は! スサノオは! わ、妾ともう契りを結んで……おるぞ」

「な、なんじゃとー?」


 じゃの言葉の二人が必死で言い合っている様子は、傍目から見ていると面白いことこの上ない。話題の中心が、この僕でなければ、だけど。

 それに、卑弥呼と俺は『契り』、つまりアレはしていないはずだけど?


「つ、つまり、スサノオは私のものなんだからねっ!」


 ガーーーン。久里姫の表情を一言で表現すると、そうなる。


「……爺や」

「はい、姫様」

「おうち、帰る」

「はっ、かしこまりました。それでは卑弥呼様、また」


 二つの山の頂上で対面していた卑弥呼にくるりと背を向けると、久里姫はトボトボと山を降りて行った。その足取りは、暗い。あ、こけた。かなりショックを受けているようだ。爺やが呆けている久里姫を抱え、山を降りていく。


「ぴょん!」


 自分の口で擬音をつけながら、俺と久里姫がいた山に飛び移ってきた卑弥呼。ぴょん、って自分で言うって、ちょっとあざと過ぎるだろ! カワイイけど。


「無事か、スサノオ?」

「ああ、ありがとう。卑弥呼タン。助かったよ。それにしても知らなかったよ、いつのまに僕と契りを結んでいたんだっけ?」


 卑弥呼はまたまた顔をピンク色に染め直し、大声で叫ぶ。


「バッ、馬鹿じゃないのアンタ!? アレはただ、ちょっと嫉妬して嘘をついただけなんだからねっ!!」

「はあ、なるほど。俺と久里姫に卑弥呼タンが嫉妬したと、そういうわけでございましたか」

「バッ……バカァ!!」


 ピッシャーーーーン!!!

 綺麗なビンタ音が、できたばかりの二つの山に響き渡った。

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