第6話 捕獲

「……?」


 春馬が目を覚ますと、背中からガタゴトと何かに揺られている感覚がする。いや、揺られているというよりは運ばれている、か。仰向けになっているようで、その感覚は背中からしか感じられない。


 とりあえず目を開けようとするが動かない。目隠しか何かをされているようで、側頭部や後頭部にも何かに締め付けられている感覚があった。どこか圧迫感がある。


 口も開けない。特殊な猿轡(さるぐつわ)がされているようだ。


 腕と足も動かない。ベルトか何かで拘束されている。自分は一体何をしたのだろうか。記憶がない。


 確か壱馬と一緒に寝てたら良くわからん奴がなんかしてきてうんぬんかんぬんでなんかなった……んだと思う。見事に何もわからない。


 どこか朧気だった意識が段々覚醒しだす。それと同時に凄まじい恐怖感が襲ってきた。実際経験したことのある者ならわかるだろうが、何も出来ない状態で何かされているというのはこれ以上ないほどに恐ろしい。


 ほとんど動けないが、全力で全身の筋肉を躍動させ芋虫のように動いてみる。が、何か変わるはずもなく運ばれ続ける。気のせいかもしれないが近くで誰かが震えたような気がした。どこか感覚が鋭敏になっている……気がする。


「むごふむお!」


 なんなんだ!と叫ぶがまともな言葉にならない。そしてその声が聞こえたということは耳だけは解放されているということ。彼はようやくその事実に気付き少しだけ安心した。しかしだから何なのだという冷静な自分が邪魔をし、またすぐ怖くなった。一人コントに向いている。


 そして今度は確実に近くで誰かが震えた感覚がした。それが余計に恐怖心を煽る。


 何だかもう泣きそうになってきたその時、運ばれている感触がなくなり、まず猿轡を外された。案外締め付けが強かったようで、凄まじい開放感が訪れた。


「ぶはっふはっひゅうふゅ〜」


 かなり独特な呼吸法で新鮮な空気を取り入れる。どこか建物臭く、嗅ぎ慣れたコンクリートの灰色の臭いはしない。それだけで今がどれだけの異常事態かよくわかる。


 手でも伸ばしてきたら噛みちぎってやろうと思い歯をガチガチ鳴らしていると次は目隠しを取られた。思わず呆気に取られた。想定以上なのだ。まぶた越しでもわかる、いつも傍にあったはずの、光の……美しさが!


 カッと目を見開き網膜に光を焼き付ける。あまりの美しさに声が出ない。警戒用に鳴らしていた歯を動かすのも忘れてしまっている。


 先程までの恐怖と敵意は彼方に吹き飛び、産まれて初めて感じる圧倒的な「感動」という感覚。その甘美な衝動に支配されていると、またもや冷静な自分が口を出す。


 (……ハッ!それどころじゃない!敵が近くにいるぞ!)


 首が動かず、目だけで周囲を見渡す。が、そこには一人の男性と二人の女性しかおらず、彼の想像した極悪非道の敵は存在しなかった。


 なんだか拍子抜けしながら一番近くにいた男性を見つめていると、彼は春馬に怯えながら後ろに立っている女性二人に視線を移し問うた。


 白衣を着ていて、どこか弱々しい印象を与える。学校で学んだはずの……そう、研究者というやつに似ている。


「ほ、ほんとに大丈夫だよね……?」


「大丈夫だって安心しろよ〜」


「だってあんなに歯鳴らしてたんだよ……?」


「うるせえさっさと話するのだ」


「君今日機嫌悪いね?」


 うう……と弱々しく唸りながら、意を決したのか男性が春馬に話しかける。


 軽く手を振りながら、ぎごちなく。ガッチガチの笑顔を作りながら、無理やりフレンドリーに接しようとしている。


「や、やあ……元気?」


「元気」


「それは良かった。えーとね。今から君が置かれてる状況を説明しようと思うんだけどいいかな?」


「うん」


「ありがとう」


 後ろから「だから大丈夫っつったのに」「なのだー」と軽薄そうに嫌味たらしく言うのが聞こえる。男性は一瞬睨んだだけで努めて無視し、寝転がって拘束されている春馬の横に置いてある椅子に座って資料を取り出した。


「えー……まず初めまして。僕の名前は天道道流てんどうみちる。後ろの二人は身長高い方が「愛蘭霞」、低い方が「遺華春」だ。僕は君も知っているだろう、総合組織エスティオンの研究員の一人、二人は戦闘員だ。一応僕は筆頭研究員。結構凄かったりする」


「もう少し配給の量を増やしてくれると助かる」


「すまないがあれが限界だ」


 ちぇ、という春馬を尻目に天道が懐からこの時代では貴重な紙の束……資料を取り出す。


 一瞬未知の物体に心躍るが、春馬はそもそも文字が読めないし勉強も嫌いだ。それが紙の束であると気付いた瞬間興味を失い、侮辱するような目で何故か天道を見つめた。


「さて……まず君はここに来るまでの記憶はあるかな?あったらできる限り詳細に教えて欲しいんだが」


「悪いけど記憶はないんだ」


 一瞬の間も置かず春馬が即答する。天道はうーんと首を捻りながら言葉を紡ぎ出した。


「えー……説明することが多いな本当に……一つずつ行こう。まずこの場所について」


「おう」


「ここは総合組織エスティオン本拠地基地内だ」


「そうか。ところでこれ外してくんねえかな」


 できる限り胴体を動かし、「これ」というのが拘束であることをアピールする。ギチリ、と革の歪(ゆが)む音がした。


 すると天道は即座に立ち上がり部屋の出入口らしき扉まで後ずさり、女性二人は勢いよく体勢を動かし、春馬を警戒するように身構えた。先程までの軽薄さは存在せず、素人にもわかるほどの「殺気」というものを発している。


 鳥肌が立ち、“死”のイメージが脳裏に浮かび上がる恐怖。


 天道たちのあまりに速すぎる突然の変貌ぶりに戸惑いつつも春馬が続きの言葉を発する。


「い、いやさ。対話ってのは対等であるべきだと思うんだよ。お前もそう思うだろ?」


「……先にこっちの事情から説明しようかな」


 出入口付近で資料を数枚捲り、春馬を警戒しながら白い用紙に目を落とし天道が別のページを読み上げ始める。が、すぐに思い立ったように顔を上げ、春馬に問うた。


「君……まず魔神獣とか神器とか知ってる?」


「舐めるなよ。こちとら一般的な学生だぞ」


「それは良かった。では説明しやすいね。君は神器に適正があった。適合者というやつだ」


「いい響きだな」


 学校でも言っていた……気がする。選ばれし者、適合者。教師曰く神器は選ぶのではなく選ばれる物、だそうだ。


 適合者とは神器を扱うことのできる人間……早い話が特異体質。約五百人に一人発現すると言われており、その中でもまともに使い物になる人材は大変貴重なため、発見次第即エスティオン入りすることが暗黙の了解となっている。建前として本人の意思確認はしているが拒否したとしても無理やり加入させている。寝ている間に運ばれる事例は今回が初めてだが。つくづく少佐は馬鹿なことをしてくれる。


 因みに適合者はどの神器でも使える訳ではない。Aの神器は使えるがBの神器は使えないというパターンがほとんどだ。


 どの時代でも、選ばれし者という言葉の響きは少年の心をくすぐる。それは春馬も例外ではなく、年相応……どころか少し幼げな興奮の光を目に宿らせていた。


 しかしそんな春馬とは対照的に、天道の表情は暗い。心の底から申し訳ない、というような感情が顔に出ている。


「で……君が寝ている間に勝手に神器を適合させたバカがいるんだがね。まあそこに関しては先に謝らせてもらおう。すまない」


「別にいいけどよ」


「そこで起こったことを話そうと思う。愛蘭君、遺華君。アンタレスから記録を持ってきてくれ」


「あいよ」


 女性二人が部屋から出ていき、男性二人が取り残される。改めて見ると整った室内だ。白を基調とした色が美しい。


 しかし女性がいなくなった途端急に華やかさが失われた。今まで女性と出会うと言えば学校でやせ細った人とだけだったが、健康的な女性の華やかさとはかくも美しいものなのか。二、三言喋っただけで、殺気さえ向けられたのにいなくなった途端、寂しい。これだから健康的な美人は。


「……春馬君、だったよね?」


「うん」


 どこか虚しい目をした春馬に、同じ気持ちを抱いたらしい天道が声をかけた。


「少し雑談でもしようか。時間ができたからね」


「いいよ」


 思えば壱馬以外の人間とまともに話すのは初めてかもしれない。他の人間というのはどういう話し方をするのか少し……いいや、とても興味がある。


 何から話そうか。やはり食べ物だろうか。食事が嫌いな人間はいないだろう。よし食べ物の話にしよう。


「じゃあまず砂の石焼きについて……」


「なんだいそのおぞましい名称」


「俺の好物だ」


「好物!?え、それ……食べ物なのかい!?」


「貴重な鉱物性タンパク質だ」


「鉱物性タンパク質!?」

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