マイハピネス

吉越 晶

第1話「幸せとの出会い」

 小学5年の夏、僕は衝撃を受けた。


 テレビで流されていた過去の名作映画、何となく見ていたその映画の主人公に。


 その主人公が、最後にヒロインを助けるために死んでいくシーン。


 小さい頃に、自分を庇って死んだ父親のあり方に似ていたからなのかはわからないが、とにかく僕はその姿に魅了され―――



 ―――以来僕は、その映画の主人公のように、自分の命を捧げられる女性(ひと)を探している。



―――――――――――――――



「彼女欲しぃぃぃぃいい!!!」

「………」

「……あれ?ノーリアクション?」


 季節は6月。

 もはや夏と読んでもいいほどに熱くなったこの季節、昼時の学食で。

 暑さから避難してきたのだろう生徒たちで賑わう中、一際大きく大声を出した目の前の友人は、伊藤いとう和樹かずき。この大学で初めて知り合った僕の友人だ。


「おいおい卓人(たくと)!どこ行くんだよ!」

「……授業だよ」


 和樹の質問に、気だるく答える。

 悪いやつじゃないし、なんなら気のおける友人ではあるのだが、公共の面前で恥ずかしげもなくこういうことを言うところは少し苦手だ。


「いやいやいや。お前今の俺の言葉聞いて何も思わなかったわけ?」

「合コンのセッティングをしろって話だろ?」

「さすが親友!話が早い!」


 和樹という人物は、ギャップの激しい人物だ。

 外見は、180以上の身長に小顔の綺麗な二重を持つ美青年で、高校時代運動部のキャプテンを務めていたこともあり、その立ち振る舞いから筋肉がしっかりついていることもよくわかる。

 そのため、基本的に女性人気は高く、お近づきになりたいがために声をかけられることもしばしばある。男子なら誰もが憧れ嫉妬する、そんな存在だ。


 ただ同時に彼は、起こしている行動がどことなく抜けている。天然とでも言うのだろうか。

 やっていること自体はだいたいの大学生と同じで、オシャレに気を遣いつつ、サークルに飲み会(彼はまだ未成年だ)などといった行事に頻繁に参加し、彼女や友人に囲まれた夢のキャンパスライフというやつのために頑張っている。

 

 ただまあ、さっきの食堂での発言しかり、彼は何かがおかしい。


 和樹のための合コンのセッティングは過去に3回やったっことがあるが、うち2回は途中で寝たり意味不明な発言をしたりして女性陣をドン引きさせ、そのうち一回は付き合うまでいったのにも関わらず、何故か初回デートを忘れるといったおお間抜けをかましている。

 さらに訳がわからないのは、この男はそれらのことを失態として認識していることだ。特に先ほどの初回デートに関しては、案の定彼女に捨てられ、1ヶ月も引きずっていたほど。悪気なくやっていたと言うのがさらに恐ろしい。

 そのため大半の女性は、彼の見た目とのギャップについていけず途中で逃げ出し、そう言った事実からつけられた彼のあだ名は『表紙詐欺』。


 正直、知り合いになる前となった後でここまで評価の変わる人物を、僕は彼以外知らない。


「今度こそ4ヶ月前の雪辱を果たしてやる!」

「頑張れよ。『表紙詐欺』」

「お前それ普通に悪口だからな!?」


 しかしまあ、こういった軽口を言い合えるほどの仲ではあるのだから、僕にとっては大切な親友だ。


「じゃあ俺、教場あっちだから」

「おう。また後で」


 時間が迫っていたのもあり、和樹と別れた後僕は、足早で次の授業の教場へと向かった。



―――――――――――――――



 さて、こんなところでやるのもアレだが、自己紹介をさせてもらおう。


 僕の名前は、赤花あかばな卓人たくと。今年の4月に大学2年生になった男子学生だ。


 冒頭でも話した通り、僕は『自分の命を捧げられる女性ひと』を探している。

 これは決して比喩などではなく、本当に心の底から、僕が命を捧げられる人を探しているのだ。

 と言うのも、まあこれも冒頭で話したのだが、小学生の頃にテレビで見た映画の衝撃が忘れられず、こういったことになっている。

 今でも名作として語り継がれているその映画。確か、昔実際にあった沈没船の事故を元ネタにしている映画なのだが……とにかくそれに出てくる庶民の主人公と貴族の女性との間で描かれた恋愛模様、それに僕は憧れを抱き、今日この歳になるまで頑張ってきた。


 具体的に言えば、将来的に貴族、ひいては上級国民と言えばいいのだろうか、とにかく恵まれた家の女性とお近づきになるために勉強を頑張り、世間的にはトップレベルと言っても過言ではないほどの私立大学に進学することができた。国立に行かなかったのは、大学説明会の際に、この大学の方が金持ちの人間が多いことに気づいたからだ。なんせ幼稚園から附属である大学だからな。実際に、ハイブランド品を身につけた女性が多く見られる。


 そしてもちろん、僕は映画の主人公のような人間になるためにも頑張った。映画の主人公は、貴族相手でも楽しませられるユニークな会話術が備わっていた。そのため中学では、委員会や部活のキャプテンなどになるため実績を積み上げ、先生や先輩、もちろん同級生や後輩に対しても積極的に会話を試み、コミュニケーション能力を育て上げた。

 そして貴族相手に刃向かえる度胸も備わっていたことから、校内や友人間でのトラブルにも対処し、いざと言う時にも動じない精神を培った。


 そして忘れてはいけないのが、女性を楽しませられるかということだ。

 仮に今までの努力が実ったとして、理想の、映画のヒロインのような人に会えたとしても、女性慣れしていなければ失敗する。

 だからこそ僕は、言い方で誤解を招くかもしれないが、色々な特徴の女性に片っ端から声をかけた。

 クラスのマドンナ、頼れる委員長、憧れの先輩………とにかく思いつく限り、あるいは男性人気の高かった女性に声をかけ、付き合った。自慢ではないが、大学1年の間に、僕は3人もの女性と付き合っている。


 1人目は、大学の入学式で知り合った女性だ。上京してきたばかりで初々しく、確かに可愛らしい女性ではあったのだが、理想である金持ちの条件に当てはまっていなかったので別れた。


 2人目は街中で逆ナンしてきた女性だ。言い忘れていたが、女優をやっている母親を持っているのもあり、僕自身、顔はなかなかにイケメンだ。

 まあとにかく、顔が好みだったのだろう、年上の社会人女性に声をかけられ、思えば社会人とは付き合った経験がなかったと思い付き合ってみた。

 雰囲気は、映画のヒロインのように落ち着きがあり、しかし無邪気な一面も見せるとなかなかのに理想的ではあったが、誰これかまわず気に入った男に声をかけるアバズレだったので別れた。


 3人目はサークルの先輩だ。2人目との経験で、年上に対して興味を持っていたのもあったのだろう。

 雰囲気は2人目と同じで、親も金持ち。趣味も合うで今までの人生で一番理想に近かったのだが、命を捨てれるかと聞かれれば無理だったので別れた。別に気にしてはいないがその先輩、サークル内然り、大学のコミュニティでなかなかの人気があったのもあり、振った僕を目の敵にする奴が増えサークルに居づらくなった。まあ、他にも友達は多いしさしたる問題ではないが。


 その他にも、映画ないでヒロインをデッサンしていたシーンがあったことから絵の練習を頑張ったり、先ほどいった度胸をつけるためにバンジージャンプやジェットコースターなど絶叫系に乗ったりなど、とにかくやれるだけのことはしてきた。ただひたすらに、夢へと向かって。

 

 とまあ、以上が僕の自己紹介だ。まだ話してないこともあるような気はするが、これで僕がどういう人間かというのはだいたい分かってくれただろう。中には、僕のことを完璧な人間だと思った人もいるのではないだろうか?


 僕自身、完璧とまでは言わないがそれなりに上手くできているつもりはある。ただそんな僕でも、やはり悩みというのはあるのだ。


 ―――それは、冒頭でも言った、『自分の命を捧げられる女性ひと』が見つからないことだ。


 3人目の女性と別れてから2ヶ月。何人かの女性と関わっては見たものの、やはりどれもピンとこない。

 魅力的な女性はたくさんいたのだが、どうしても『自分の命を捧げられる女性ひと』と呼べるような女性には会えなかったのだ。


 正直なところ、もはや大学で探すのは無理だと思っている自分がいる。大人の女性に魅力を感じた以上、社会人を中心に探してみるか、それとも留学などを通して外の世界に目を向けるべきなのだろうか。最近は、この悩みで頭がいっぱいになっている。


「おい卓人!授業終わったぞ!」

「………」


 とまあこんなふうに、気がついたら授業が終わっていることも多々ある。授業内容は、後で友達に聞くとしよう。



―――――――――――――――



「ただいま」


 帰ってくる言葉はない。どうやら母は、今日も仕事で帰るのは夜遅くになるらしい。まあ、携帯に連絡があったので知ってはいたのだが。


 都心の駅近にある高層マンション。その24階に僕の家はある。


 芸名『秋星あきぼし沙耶香さやか』。本名『赤花あかばなあや』。

 母は、世間的に有名な名女優であるために仕事が忙しく、こうして家に帰ってこないというのは小さい頃からの日常だ。

 良いさいころは、よくお手伝いの人が来ていたりもしたが、この歳になれば必要なくなる。まあ、家事スキルが高まるので、将来一人暮らしをする時に役立つから寂しくはないのだが。


 「…………」


 ふと目に入ったのは、幼い頃撮った父と母との家族写真。


 ……別に感傷に浸っているわけではない。単純に、もうそろそろ父が死んで10年経つ頃だから見ていただけだ。悲しみなどは一切ない。


 「……飯作ろう」


 今日の晩飯はカレーだ。隠し味にりんごを使うというのを父に教えてもらったことがあるが、違いがよく分からなかったので使っていない。


 

 「………」


 テレビを見ているとたまに、自分の家庭事情について取り上げられることがある。母が人気だから、それで視聴率や話題性を作ろうと頑張っているのだろう。許可もなく見せ物にされているみたいで、こっちとしてはあまりいい気分ではないのだが。


 『―――となるとやっぱり、息子さんには寂しい思いをさせてしまった思うとことかあるわけですか?』

『そうですね。やっぱりもっと一緒にいられたらと後悔することはよくあります』


「………思ってもないくせに」


 気分が悪くなったのでテレビを消した。


 全くひどい言われようだ。まともに会話もしたことないくせに、僕のことを知った気になりやがる。

 

 そもそも僕は寂しくない。

 友達だって多いし、彼女だってその気になればいつでも作れる。母を通して芸能人とも知り合っているし、教授陣や大手会社の重役何人かとも知り合いだ。


 唯一不満があるとすれば、やはり『自分の命を捧げられる女性ひと』に会えないことだ。


「………やっぱり、留学も一つの手か」


 ベッドの中で見ていた、留学を体験した人たちの実体験記事を目にして、僕はそう決意した。


「…………まあ一応、相談した方がいいよな」


 気だるい体を起こして、僕は学校でもらった留学案内の紙を机に置き、日の変わる前に就寝した。



―――――――――――――――



「あら、おはよう」

「………おはよう」


 朝起きてみると、珍しく母がリビングにいた。机に目を向ければ朝食のパンにサラダが置いてある。


「どう?作ってみたのだけれど、上手くできてるかしら?」

「………まあ、悪くないんじゃない」

「そう?なら良かった」


 普段から料理などしないからだろう、若干焦げてはいるが、それでも一生懸命作ってくれた以上無下にする必要なんてない。


「そうそう。………留学のことなのだけれど………」

「!」


 机に案内を置いた以上、見てるのは当然なのだが、なぜか心臓がドキドキする。思えば、母とこう言った会話をするには初めてかもしれない。


「………いいと思うわ」

「………え?」

「だから、良いと思う。若いうちに外国に行くって見識を広めるのは、良い経験になると思うし―――」

「―――っ!」


 反射的に立っていた。


「…………どうしたの?」

「……別に」

「あっ…待って………」


 なぜだか母の言葉に無性に腹が立って、机の上に置いてあった案内をカバンに入れて、僕はそのまま朝食も食い切らずに家を出た。



―――――――――――――――



「顔色悪いな?何かあったのか?」

「………」


 そう言い顔を覗かせてくるのは、『表紙詐欺』こと伊藤和樹。こいつは意外と、人の変化に敏感なところがある。


「……別に、『表紙詐欺』のせいで合コンのセッティングがうまく行かう困っているだけだよ」

「え……嘘だろ………?」

「冗談だって。せっかくのナイスガイが台無しだぞ」

「お前なぁ!」


 やはり和樹といると心が落ち着く。こう言った雰囲気が、なんやかんや人気の理由なのかもしれない。


「………ってなんだ?」

「?」


 和樹の言葉で前を見てみれば、何やら少しざわついている。まるで文化祭の時に来た芸能人が、ステージに向かって移動している時にできるような、少し閑散とした人だかり。


 何か有名な芸能人でもいたかと思い覗いてみれば、そこにいたのは―――運命だった。


 絹のように輝く腰ほどにまで伸びた黒髪。アメジストのように輝く、見る人の視線を引きこむような目。紅色に艶にのある唇が女性としての魅力をさらに引き上げ、透けるような白色の肌に、対照的に着られている黒色のワンピースが、彼女の存在を神秘的なものへと昇華させている。

 

 一目見たその瞬間から、まるで音が消えたように、僕は彼女に夢中になっていた。


「……あら」


 ふと、その肉体からだが動き出す。

 腕を伸ばす動作も、足を曲げるその動作も、全てが僕を虜にする。


「これ、落としましたよ?」


 気がつけば、彼女が目の前にいた。

 後から見れば、単純に僕が留学案内の冊子を落とし、それを拾ってくれただけという話なのだが、この時の僕には彼女以外の全てが視界に映ってなく―――


「―――え」


 握ったのは、留学案内の冊子ではなく、彼女の手だった。


「僕と、結婚を前提のお付き合いをしてください!!!」


 ―――この一連の出来事は、すぐにSNSで拡散されることとなり、僕はしばらくに間これでいじられることになるのだが、そんなことはどうでも良かった。


 大事なのは、彼女と出会ったこと。

 僕は確信する。この女性との出会いが、これから始まるこの女性との生活こそが―――



 ―――僕の幸福なんだ。



―――――――――――――――

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