転職師リグレットは後悔させない

西の海へさらり

第1話・やめとけ、魔法剣士なんて

「ガルフ、もうちょい右。そうそう、ソコにいろよ。動くんじゃねえぞ」

「お、おい、ボクに当てんなよって」

 リグレットは詠唱えいしょうを始めた。ウッドバルトの大樹すらも揺れ動く。じめじめとした身体にまとわりつくような、湿気で包まれた森。大気中の精霊が急に呼び出されて驚き、騒ぐ。


「ブレインヴ・ング・ソ・エンソダス」

 火の精霊と火の精霊がぶつかり合う。あっという間に手のひら程の大きさの火球が出来上がった。


 ゴブリンは火球にひるんだが、ガルフにとどめの一撃を与えようと、朽ちかけの斧を振りかざした。

「リグレットッ!早く」

リグレットは慣れた手つきで、火球を自分の剣先に当て、そのまま大きく剣を振り抜いた。

「うヴぉおヴぉ」

 ゴブリンは一瞬にして火球に包まれた。上半身が火で包まれる。朽ちかけの斧は持ち手が一瞬で炭化たんかしていた。


「あ、あぶないじゃないか」

 ガルフはリグレットのもとへ飛んで行った。

「当たらなかったろ、大丈夫ってもんよ」

「あのな、あのレベルの火球、当たったらボクが死んでたんだよ」

「ドラゴンが何言ってんだよ。あんなもん、レジスト(耐えるの意)できんでしょ。オートレジスト」


 ガルフはその小さい身体で、リグレットに詰め寄った。

「ボクは、生まれつきのドラゴンじゃないっていってんだろ」

 やや大柄なリグレットの肩にちょこんと乗り、ガルフは続けた。

「そもそも、この森は安全だって言ってたじゃないか!なのに、ゴブリンに遭遇するなんてさ!」

「そうだったな、お前はになれなかった男だったな。そうだった。カッカ!」

 リグレットは大声で笑った。


「誰のせいで、こうなったと思ってんだよ」

ガルフはリグレットの耳を噛んだ。

「イテッ、やめろよ」

リグレットは、ガルフを肩から振り払い、火球で先端が溶け歪んだ剣先を見つめていた。


「はぁ~また、やっちまったよ。魔法剣使っちまうと、すぐダメになるんだよな」

 ガサガサと茂みから音がする。リグレットは利き足を前に、歪んだ剣を両手に持ち替え、茂みの奥を凝視した。

「あ、ありがとうございました!」

 茂みから出てきたのは、少女だった。一見すると、戦士系の鉄製の鎧と盾、細身のレイピアのような剣を携えている。よく見ると、ブーツは破れ、右肩からは出血していた。


「これ、使ってよ」

 ガルフは背負っているミニポーチから薬草を取り出した。

「何から何まで、ありがとうございます。私はラニ・ジューダス。ンイングの街を目指して旅をしています」


「ひとりで?ボクたちでも二人なのに」

 ガルフはラニ手当をしながら聞いた。

「いえ、途中でパーティーが全滅しちゃって」

「この辺ってよぉ、ゴブリンの巣がそこら中にあるだけで、そんなんで全滅するかよ」

リグレットは溶け歪んだ剣先を惜しそうに撫でながら言った。


「で、ンイングの街には何の用で?」

「ガルフ!よせよ、詮索しすぎだぞ」

 リグレットは溶けた剣先を向けてガルフを制した。

「いいんです、私、魔法剣士に転職したくって。それで、ンイングの街には有名な転職師さんがいるって聞いて」

「お嬢ちゃん、それはやめときな。魔法剣士はなぁ、割りに合わねぇ仕事よ。そもそも、手持ちの詠唱魔法をだな、その」


 リグレットの声にかぶせて、ラニが言った

「あなたは、魔法剣士さんなんですよね。ということは、魔法使いから?それとも戦士から?どっち側から転職したんですか?」

 ガルフはラニの手当を終え、リグレットに目くばせしていた。

「お嬢ちゃん、俺は魔法剣士みたいなケチなジョブじゃぁねぇ。俺は、転職師様だ!」

「えぇ~!!!イタッタタタ」

ラニは手当してもらったばかりの右肩を振り上げていた。

「ジョブチェンジ、いわゆる転職ってのはな、よーく考えてからだぜ。人生何度でもやり直しは効くがよぉ、転職回数が多い冒険者ってのは、パーティ組むときも避けられがちだからな」


「そ、そうなんですか?」

 リグレットは続けた。

「戦士と剣士の違いは明確じゃねぇけど、魔法属性を付与して転職するとよぉ、魔法剣士になるんだよな。なんで魔法戦士っていわねぇかは、魔法戦士って言ったら魔法使いみたいだからかな。知らんが」


 ラニは興味深そうにリグレットを見つめている。

「一方、魔法使いが魔法剣士に転職することもできるんだよな。実はよぉ、コッチのルートの方が魔力の出力に慣れてて、適性があんだよ」

「つまり?」

「そう、お嬢ちゃんみたいな戦士タイプはな、一度魔法使いに転職しちまって、中位クラスの魔法が簡易詠唱できるようになってから、魔法剣士になる方がいいってことだ」


 森がざわついてきた。まもなく日が暮れそうだった。

「リグレット、この森の長居はマズいぞ。近くの宿に向かおう」

「そうだな、剣の予備もねぇし、魔力もあんま残ってねぇしな」

 リグレットとガルフは地図を取出した。転移の砂時計をその上に置いた。

「じゃぁな、お嬢ちゃん。砂時計が落ちきったら、俺たちはここの宿に転移する」

「私も連れて行ってください」

 ラニはリグレットのリュックを掴んだ。


「ガルフ、どうする?」

リグレットはガルフに確認した。旅の決定権はガルフにあるのだ。

「まぁ、ボクは別にいいよ。それに、彼女に転職の怖さも教えてあげないとだし」

「わかった、じゃぁ、ラニ、俺とガルフと手をつなげ。もうすぐ砂が落ち切る」

 時空が歪む。三人は転移の穴に吸い込まれていった。一瞬にして、近くのブルーワの宿に着いていた。


「転移酔い、しちまったよ」

 リグレットは気分が悪そうに、ブルーワの宿にフラフラと入っていった。その後ろにラニ、ガルフと続いていった。

 ガルフは宿の上階に潜む殺気に気づいていた。


(第二話につづく!)

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