31.的外れ

 五百年ほど昔の、とある戦争の時代。兵士の一人が、この土地へ逃げ込んだ敵の指揮官を処刑した。それにより戦争を終わらせた兵士は、焼けた故郷には帰らず、仲間と共にそのままこの土地に住み着いた。

 皆は何もなかった森の中に村を作り上げた。とはいえ人里らしくなるまでには沢山の苦労があった。少なからず金が必要だった。

 そこで、兵士は処刑人として依頼を受けて仕事をした。目標が重罪人であれば断らず、現地に赴いて必ず首を落とした。噂が広まると、軍隊、領主、国王からも依頼が来て、仕事は旅のようになった。

 流浪の処刑人、それがラザの先祖である。


「――追放刑という刑罰も、我が家と同じくらい古いものです。処された者はたいてい政治犯や戦争犯罪者で、力を失わせることだけが目的とされていました。ですがそれは表向きの話で、実際は、多くの者が我がご先祖様のような執行人によって人知れず処刑されていたそうです」

「まあ、それも百五十年前までの話らしいけどな」


 村長夫人がお茶を入れたやかんを持ってきた。それを村長がばらばらのカップに注いでテーブルに配った。


「ステファン王が亡くなり、聖女アレッシア様が修道院に戻られたという話の後、王家の使者だという人が私どもに命令し、聖女様と同じ年頃の女の子が旅をしてきた。王都は遠いし、こんな田舎ですから、何かの間違いだろうと思いたかったですが……」

「それは想像に過ぎません」

「ええ、そうですね……」


 老婆は疲れた顔で言葉を途切れさせると、お茶を少しだけ飲んだ。

 少し遠いカップを、エリーアスが目の前に置き直してくれたが、クレリアは手を付けなかった。

 黙っている他の村人たちも老婆と同じように考えているのだろうが、そうでありながら何も言わないのは、エリーアスが先に指摘したことである、クレリアの処刑を止めようとしなかったことが、後ろめたいからだろうか。

 そんな中、ラザだけが違う。クレリアをその手で処刑しようとしただけでなく、執行人という古い役割を喜んでいる様子だった。報酬が理由ではなく、先祖の仕事を復活させたことが誇りであるようなのだ。

 彼らの家が焼けた原因が誰にあるのかは、考えても仕方ないことかもしれない。だが、クレリアは少なくとも自分に無関係ではないと思った。


「お家が燃えてしまったことは残念です。皆さんは王都の人たちに振り回されて大変な目に遭ったと思います。だから私たちはすぐにここを出ていってアルメンに戻ります。でもその前に、ここに来た目的があるので、それを果たしたいです」

「はい……それは、なんでしょうか?」

「聞きたいことがあります。私は、この村で生まれた子ではないでしょうか?」


 村人たちは目をぱちくり瞬いた。そこでクレリアは鞄から例のおくるみを丁寧に取り出し、テーブルに広げて金糸の刺繍の部分を見せた。


「私は自分の生まれを探しています。手がかりはこのおくるみだけなのですが、これは赤ちゃんの私に魔除けの名前が付けられていた証拠です。それで、この村には生まれた子どもに魔除けのために悪い名前を付ける風習があると聞いたので来たんです」


 皆の反応は薄かった。村長が口を開く。


「最近この村で生まれた子はラザだけだよ。アルメンでも聞いたことがないなら、他所へ行った人がここのやり方を続けていることもあるかもしれないけど、分からないね。でも、この辺りじゃそういう刺繍をしたりしないってことは確かだよ」


 クレリアは少し肩を落としたが、すぐに姿勢を戻した。


「そうですか。ちなみに、風習はいつからあるのですか?」

「村の始まりと同じくらい古いと云われているよ。ご先祖は自分たちが処刑した死者から子どもを守ろうとしたんだろう。墓を作って丁寧に葬ったのも、夢枕に立たれないようにだっていう話だ」


 村長の話に、金糸で刺繍されたおくるみは釣り合わなかった。この村の風習と唯一の手がかりは関係が無い、と結論づけざるを得なかった。


「……ありがとうございました」


 クレリアは鞄に畳み直したおくるみを入れ、エリーアスとミンミに合図して、立ち上がってそれを背負った。

 外はまだ雨が降っている。燃えていた家はくすぶる程度まで鎮火しており、焦げた柱をかろうじで残していた。クレリアはレインコートのフードを被る前に、振り返って頭を下げた。


「お邪魔しました」


 村人たちは軒下へ見送りに出てきてくれた。


「アルメンに着いたら、火事があったと伝えてくれるかい」


 村長の伝言を受け取り、二人と一匹は丘へ続く道へ戻っていった。

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