33. 女子会
そうして、私は先生に指南役を引き受けてもらえることになった。
「お母様っ、うまくいったわ! 受けてくださるって」
お母様のサロンに駆け込むと、サラさんとニナ叔母様が来ていた。お母様は伯父様の死から立ち直っていたけれど、友人の支えが必要だった。
「ティナ、すっかり綺麗になって。お母様の若い頃にそっくりね」
慌てて膝を折ってお辞儀をすると、ニナ叔母様は嬉しそうに微笑んで、ぎゅうっと私を抱きしめてくれた。お母様の大親友で今は夫の領地に引っ込んでいる。かなり話の分かる大人だ。
「でしょ? もう国内外からこんなに求婚があるの」
トレイの上に山になって置かれた書類や手紙の束を指差して、サラさんが得意そうに言った。あれが全部?
「せっかくだから、みんなで目を通していたの」
お母様がうきうきとした声で、何通かの手紙を手に取った。どれもすごく豪華な封筒で、どう見てもどこかの王家からだった。
「なんでそんなものを?」
「先生は理系よ。隙のない理論を固めておかないと。私はそういうのに疎いから、ニナに来てもらったの」
「え、じゃあ、みんな知ってるんですか?」
お母様たちは顔を見合わせてクスクスと笑った。今、女学生三人が見えた気がした。お母様たちは学園ではこんな感じだったんだ。
「もちろんよ。久しぶりにこんな面白い……、いえ、シアの突拍子もない計画を聞いて昔を思い出したわ。本当になんでも斜め上を行っちゃうから」
「あら、シア様はいつも真剣でしたよ。ただ、ちょっと世間知らずで、浮世離れしていただけで」
「全然フォローになってないから。ホント、やめて。娘の前で暴露されたら、私の立場がないわ」
お母様が困ったように言った。やっぱりお母様はこういう人だったんだ。さすが大親友のお二人。なんでもよく分かってる。
「でね、仮の婚約者は対岸の国の異教徒の王がいいと思うの。歳は四十三で先生より上。正妃様は亡くなっていて継妃を探してるの。一夫多妻制だからハーレムに多くの側妃がいるけど、娘しか生まれてないわ」
「シア様、やりすぎじゃ? もっと普通の縁談のほうが……」
「サラは甘いのよ。先生には対抗意識を燃やしてもらわないと。それに、指南が必要な理由になるわ。ティナは側妃たちを抑えて、王に愛されないといけないから」
「意図が分かりやすいわね。方向性としては悪くないわ。先生にとっても強力な後押しになるし。シアはズレているわりには、意外とうまいのよね。さすが、天然のタラシ」
「なによ、それ。意味分からないわ」
「そのままの意味よ。分からなくていいの」
不満そうなお母様を無視して、ニナ叔母様は感慨深そうに私を見つめた。
「あの先生がねえ。ティナ、本当に受けてもらえたの?」
叔母様の質問にうなずいた私を見て、サラさんが満足そうな声で言った。
「私は絶対に大丈夫だと思っていたわ。今のティナ様を拒める男なんてこの世にいないし、先生はティナ様を憎からず思っているんだもの」
「それはお母様の娘だからで、先生は私に特別な感情はないですよ」
私が慌てて訂正すると、サラさんがふうっと息をついた。ニナ叔母様はそんなサラさんの肩を、慰めるようにポンポンと叩いた。
「ティナはシアの子ねえ。鈍い方向が同じ。なるほどね、これは確かに恋のレッスンが必要だわ」
「でしょ? 男心がさっぱり分かってないの」
「ちょっと、私は分かってたわよ! カルの気持ちはちゃんと……」
「陛下が聞いたら泣くわね。シアもティナも相手の男が不憫だわ」
二人は互いに納得したようにウンウンうなずいている。会話についていけていないのは、どうやら私たち母娘だけのようだ。
「まあ、いいわ。で、先生はなんて?」
「療養という名目で転地を相談するって。王宮だと目立ってしまうから」
「ずいぶん本格的ね。うまく騙されてくれてよかったわ!」
お母様がニコニコ笑っているそばで、ニナ叔母様とサラさんは互いに目配せして、うなずき合っている。私たち何か見逃してる?
「それなら、先生の国はどうかしら? 隣国とはいえあそこは田舎だから、ティナ様を知っている人もいない。先生はいくつか屋敷を持っているって言ってたわ」
「二人っきりで旅行? ティナには早くないかしら」
「シアと変わらないじゃない。外国なら国内よりもバレにくいわ。あんたのときは離宮だったから、漏れ聞こえたお風呂の声が巷の噂に……」
お母様が慌ててニナ叔母様の口を塞いだ。お母様ってお風呂で声を出すの? そう言えば、離宮のお風呂は防音完備だからいくらでも歌っていいって、お父様が言ってたな。
「と、とにかく、決まりね。そうしましょ。じゃあ、私はちょっとサラとその相談をするから、ティナはニナをお部屋に案内して。今夜は王宮に泊まってもらうの」
なぜかお母様は真っ赤になって、さっさと私たちを追い出した。サラさんは何かを思い出したらしく、お腹を抱えて忍び笑いをしていた。何がそんなに楽しいのかしら?
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