14. そのままでいい
私の答えを聞いて、先生はまたにっこり笑った。とても素敵な優しい笑顔。
「いいことを教えてあげよう。王妃様は本当に勉強嫌いの落ちこぼれだったよ。僕は彼女の学校の先生だったから、よく知ってるんだ。嘘じゃない」
「そうなの? 嘘じゃないの?」
「ああ。でも、彼女はとても賢い子だったよ。君と同じように」
「私、賢くなんか……。お勉強、嫌いだもん」
先生はそっと私の両手を取った。大きな手はとても温かくて、いつのまにか私の涙は止まっていた。
「王女様は賢いよ。君は優しい嘘があるって知っているじゃないか。だから、王妃様が嘘をついてると思ったんだろう。それはね、君が言う『お勉強』では学べないことなんだ」
「どういうこと?」
先生は、もう一度、私の胸の真ん中を指差して言った。
「それはね、ここで感じることなんだ。優しい人だけが、人の優しさに気がつくことができる。君は大切なことをちゃんと学んでいるよ。だから、そのままでいい」
私は声を上げて目一杯泣いた。お母様以外に、初めて私を褒めてくれる人がいた! 私が私のままでいいって、言ってくれる人がいた!
抱きしめてくれる先生の胸は温かくて、頭をなでてくれる手は大きかった。このときに私は、決定的にこの人に恋をしてしまったんだと思う。
あれから毎日、私は用もないのに何回も医務室に押しかけた。もちろん、先生に会いに来ているんだけど、最近はそれ以外にも大事な使命がある。
医務室の前に立つと、案の定、中から女性の声が聞こえる。また今日も。なんで懲りないんだろう。先生って実はバカなの? 学習してない。
私はノックをしようとした手を止め、そのまま胸に当てた。そして、数回大きく深呼吸をする。よし、これで大丈夫。誰がいても驚かない。
「先生! 胸が痛いんですっ!」
いつも通りに予告なく医務室のドアを開けると、いつも通りに女性の悲鳴が聞こえた。そして、いつも通りに半裸の女性が逃げ出して、そこにはいつも通りに白衣の前ボタンをはだけさせた先生が座っていた。
「ティナ、また君か。何度、邪魔すれば気が済むんだい?」
「先生こそ、どうして懲りないの? 今日のお相手はスカラリー・メイド。キッチンでお皿を洗っている人と、どうやって知り合うんですか? 接点、見えない」
「ここは王宮の医務室だからね。病人やけが人は誰でも来れるんだよ」
「今のメイドも患者?」
「欠けた皿で、切ったんだそうだ」
「は? そんなのわざわざ医務室に来なくても、舐めとけば治るのに」
「そうだね。だから舐めてあげていたんだが」
「皿を洗ってて、なんで胸が傷つくのよ? 先生の言い訳は苦しいです。 立場の弱いメイドに手を出すなんて、パワハラだわ」
「君のせいだよ。邪魔されると分かっていても僕に会いにくる女性は、もうメイドくらいしかいない」
「それなら、いいかげんに医療室での情事は諦めたら? 部屋に呼べばいいじゃない」
「僕は部屋には女性を入れない主義なんだ。知っているだろう」
不思議なことに、先生は自室に女性を引き入れることはない。少なくとも、私が知る限りでは。
「私はいつも入れてくれるじゃない」
「君は王女だ。僕にとっては主君の娘だよ。丁重におもてなしする必要がある」
「私がパワハラしているって言ってます?」
「そうは言ってない。それに、そうやって君がしょっちゅう部屋に来るから、そっちにだってどうせ女性は呼べないだろう」
「女なら私がいるでしょ。私で我慢してくれればいいのよ」
「君は子供だ。女性じゃなくて、女の子だよ」
「もう十六歳よ。立派な大人だわ」
「大人の女性は、ノックもなしに部屋には入ってこない」
「あら、先生のお部屋のドアはちゃんとノックしますよ?ここは王宮の医療室。誰でも入れるって、先生が言ったばかりじゃない。公共の場所で、人に見られて困るようなことをしている先生のほうが問題でしょ?」
「大人の女性は、夜に男の部屋を訪ねたりしない。ノックするしないの問題じゃないんだよ」
「私は、女性じゃなくて女の子なんでしょう? だから問題ないわ。そういうことなので、今夜も寝る前に遊びに行きますね。少し勉強を見てほしいんです」
「なんの勉強だい?」
「アラブ語と物理」
「それはまた、突飛な取り合わせだね」
「もうすぐテストなの。先生だけが頼りなんです!」
私はどさくさに紛れて先生に抱きついて、頬に軽くキスをした。これはもう子供の頃からの習慣。なので、特に誰も驚かないし、先生からもなんの反応もない。
「しょうがないな。じゃあ、いつもの時間においで。それから、陛下たちにはちゃんと断ってくるんだよ」
「ええ、もちろんよ。先生の迷惑にはならないようにします」
やった! 今日も許可をもらえた。よしっ、本日の任務完了。今日も先生から女を遠ざけられたっ!
ウキウキと診察室を去る私を見ながら、先生がいつもの通りに深い溜息をつく。この指南が始まるまで、これが私たちの日課だった。
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