4. 恋愛指南【初めての一歩】

「王妃がポートワインを? それは嬉しいな。デザートワインは美味しいけれど、アルコール度数が高い。あまりたくさん飲んではいけないよ」


「飲んでみたいわ。先生のお家はワイナリーなんですか?」


「そんな立派な家じゃない。僕の両親は小さな船を持っていてね。川でワイン樽を運ぶ仕事をしていたんだよ」


「船頭さんってこと? それなのに、どうして先生はお医者さんに?」


「僕は次男だし、家業は兄が継ぐからね。自分で稼がなくちゃいけないから、学校に通わせてもらえたんだ」


「そこで医者の使命に目覚めた!」


「ははは。そんな大げさなことじゃないよ。他にできることがなかったんだ。でも、医者になれば家族を診てあげられるし、お金もたくさん貰える。学校まで行かせてもらったんだから、何か家の役に立てる仕事がいいと思ってね」


「謙遜ですね。先生はとても優秀だったって聞いてます。奨学金で王立医学院に留学したって」


「誰からそんな話を聞いてくるんだ。困った子だな」


「もっと先生のこと知りたかったから。だって、教えてくれないんだもん」


 先生はそこで黙ってしまった。どうしよう。やっぱりアレコレ詮索されて嫌だったのかな。熱烈ファンを通り越して、ストーカーになった気がする。


「ティナは、僕の何が知りたいんだい? 君が思っているほど、面白い男じゃないよ。平凡な成り上がりだ。誇れるようなものはない」


「そんなわけない! 自分の力で成功しているのに。そんなこと言われたら、私なんて恥じるところしかないわ。たまたま王家に生まれただけで、なんの才能もないんだもの。退屈な人間よ」


「本気で言ってるのか? 高貴な身分と絶世の美貌を持っているのに。世の女性陣にかなり反感を買うんじゃないかな」


「だって、本当のことよ。生まれつきなんて、ただの運。頑張っても勉強は好きになれないし、運動もイマイチだわ」


「ティナにはいいところがいっぱいあるよ。学園でもモテるだろう」


「そんなこと言ってくれるのは、お母様と先生だけよ。みんな身分と容姿に惹かれているだけで、別に私じゃなくてもいいの。私の利用価値なんて政略結婚だけ。恋愛なんてできないわ」


「君の両親も政略結婚だった。でも、熱烈に愛し合っているだろう。君はそのままでいいんだよ。変に構える必要はない。ありのままの君を、夫となるものは愛しむはずだ」


「そうかしら? 全く自信ないわ。だって、誰かに私自身を好かれた経験ないんだもの。先生みたいに、実力でモテる人には分からないわ!」


 先生は声を出して笑った。膝に座っているから、顔を見るためには振り返る必要がある。そっと横を向くと、先生は顔を伏せるようにして、私の肩に額をのせた。


「ティナの理論なら、僕もモテない部類だな。僕に寄ってくるのは、容姿か職業か、体が目当てだ」


「それは先生が、自分のいいところを隠しているからでしょう? 本当はすごく優しくて、人をよく見てくれるし、相手の気持ちになって考えているのに。自分は人からは踏み込まれないように、心に壁を作っているじゃない! それじゃあ、誤解されちゃうわ。他人に興味ないって思われて当然よ。愛されないのは先生自身のせいよ」


 私の言葉を聞いて、先生は黙ってしまった。まずい。年下の私が偉そうに上から目線だった? 先生にお説教するとか、どんな小娘だ。


「先生、ごめんなさい。言い過ぎました」


「いや、いいんだよ。言っただろう、ティナはそのままでいいんだ。今、一瞬グラっときたよ。男はそういう『自分を理解する女性』に弱い。それがおめでたい錯覚だとしてもね。恋愛のきっかけとしては上出来だ」


「本当? 私のこと好きになれそうだった?」

「ああ、危なかったな。だから言ったろう。君には指南なんて必要ないんだよ。今からでも王都に戻って、王妃様にそう言おう」


 私は慌てて先生の手を取って、そのまま自分の体を抱きしめた。こうすると、先生から抱きしめられている気がする。どさくさまぎれだけど、先生の温もりに包まれて、ものすごくドキドキする。


「それはダメ。だって、まだ何も教えてもらってないもの。ちょっと男の気をひけるくらいじゃなくて、がっつり愛される技を習わないうちは帰れないわ。ね、ちゃんと教えて?」


 先生の頭に自分を頭をちょっともたれさせて、私は甘えたような声を出した。先生は割と私の我儘に弱い。なんだかんだ言って、結局は私の望みを叶えてくれる。


「確かに君は、男のことを分かっていないようだ。少し指南が必要だな」


 先生は深いため息をついてから、馬車のブラインドを下げた。暗くなっただけで、その場の雰囲気が一変して、私は思わず身を強張らせた。


「先生、あの……」

「力を抜きなさい。声は我慢して」


 耳元でささやく先生の声に、体がビクッと反応してしまった。ものすごく恥ずかしい!そうして、そのまま私は、目的地につくまで先生の指南を受けることになったのだった。

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