元カノが都市伝説になった件

影咲シオリ

第1話 7年後の再会


「絶対に夢、叶えようね」


 それが別れの言葉。なんだそりゃ?

 ノアと一緒にいられれば、それ以外に望むものなんてないのに。

                       (嘘つけ。それだって欺瞞だろ)

 卒業式以来、ノアとは会っていない。

 俺は俺なりに頑張って、そして7年が過ぎた。

 何一つ成し遂げることもできず、夢という言葉は俺の胸をチクリチクリと突き刺す針束になっていた。


「ごめんね。アキト君しか相談できる人いないんだ」


 突然の連絡に俺の心は踊った。ノアにまた会える。

 何かを望んでいるわけじゃなかった。惨めな俺と今の彼女じゃ釣り合いなんて取れないのはわかっている。だけど、一日くらいなら俺だってうまく誤魔化せるさ。

                         (吐き気がするような嘘)

7年ぶりの彼女はすっかり大人になっていた。夢みたいなことばっかり言っていた彼女が、今ではすっかりこの東京まちに馴染んでいる。俺には場違いなこの場所とかいに。

 ノアは少しづつ夢を叶えていったのだろう。その歩みと同じだけ俺の知らない彼女になっていた。

 ちょっとおしゃれなホテルのレストランでディナーを楽しむ。


「ちょっと悪い男に騙されちゃってさ……」

 

 一度は何かを言おうとして、本題らしきものはそこで一度中断する。それからは懐かしい思い出話に花が咲いた。

 初めて二人で観た生の演劇。彼女は30分も遅刻した。これはもう作品に対する冒涜だと思ったけど、何でもないという顔で彼女を許した。

 花火の想い出。吹き出した煙に巻かれて慌てて逃げた先は風下だった。彼女は風上に立ったまま、俺を見てずっと笑っていた。

 俺の想い出の半分も彼女は覚えていなかった。俺も同じだ。


「アキト君との約束、結局守れなかったなぁ」


「約束……?」


「あのときは、珍しくアキト君が褒めてくれたんだよねー」


「ああ、そうだっけ……」


 話すことはいくらでもあるはずなのに、なんだかかみ合わない。

 やがて話題も無くなって、互いにふうとため息をつく。


「助けて欲しいの。絶対に誰にも言わないって約束して」


 突然の本題。俺を見つめる彼女。あのノアがばっちり化粧してら、俺はそんなことを考えていた。俺が黙って頷くと、彼女は立ち上がり俺の腕を強く引っ張っていった。

                ◇


 気が付けば、ホテルの部屋に二人きり。ノアは化粧室に入ったまま出てこない。


「な、なんなんだ、コレ。この状況」


 俺は興奮していた。

 ああ、期待してたさ。期待しないほうがおかしいだろ。

 だけど、急展開に俺を置いてけぼり。両手のひらはびっしょり。ツインのベッドの一つに腰を掛け、呼吸を整え落ち着こうとするけれど、落ち着けない。

 しかも、次に俺の目に入ってきたのは三脚で固定されたビデオカメラだ。レンズはベッドに向けられている。


「ど……どんなプレイなんですか?」


 俺には今のノアが理解できない。なかなか化粧室から出てこない彼女に、俺の妄想は際限なく膨らんでいった。だが、それもあっけなく裏切られた。

 化粧室から出てきた彼女は、変わらずブラウス姿のまま。すっかり緊張感を失った様子で――。


「おい、どんだけ待たせるんだよ」


「ごめーん、化粧落としてたんだよぉ」


 そのままベッドに向かうノア。


「アキト君、ビデオ撮影は慣れたものでしょ。とにかく私をバッチリ撮って!私は寝るので、12時までずっと見てて。絶対に目を離しちゃだめだからね、よろしくぅ」


「いやいや、いい加減説明しろよ」


「大丈夫、大丈夫。こういうのは先入観が無い方がいいんだ。私を信じて。もし12時まで何もなかったら、念のために2時間くらい撮影続けてくれたら、それでいいよ」


「それでいいよじゃないでしょーに。それで俺が納得すると思ってるのか。そういうとこ全然変わってないよなぁ」


「うん。アキト君も何にも変わってなくて、なんだか安心したよ」


 そのまま寝入ってしまった。相変わらず寝顔はカワイイ。

 演劇部時代は撮影担当もやっていた俺。ビデオカメラの扱いには慣れている。大丈夫、きちんと録画はできているようだ。いや、そうじゃないだろ。


「なんなんだ、コレ」




               ◇


 必死に目を開けていたつもりが、いつの間にか夢うつつの中にあった。

 ほろ酔いの鈍った頭が心地よい夢を見せてくれていた。

 だが、布の擦れるような僅かな音が、俺を無理矢理に現実に引き戻す。

 ハッと頭を上げると、僕を見つめる少女の姿がそこにあった。


「やぁ、キミか。ご無沙汰だね。光陰矢の如しというのかな」


古風な黒いセーラー服に身を包んだ少女。


「ノア……」


それはノアだった。それも7年前の、化粧気のない、若くて、純粋で、自分がよく知っているノアだった。


「違う。ボクは魔女だよ」


彼女は否定する。


「いや、全然理解できないんだが。説明しろよ」


ノアの言葉を思い出して、咄嗟に時計を確認する。12時2分。 


「きっかり12時だ。12時になれば分かるってお前言っただろ!でも、全然訳が分からねーよ」


「ボクは何も言ってないよ」


 どうも様子がおかしい。夢遊病という奴か?


しかし、ノアはもう俺には興味を失ったのか部屋から出ていこうとする。


「ちょっと、待てよ。説明しろって」


 彼女は振り返り、ニコリと笑顔。


「ははは、待ったなーーーい」


 ノアは笑い声をあげ、元気よく廊下を駆けだす。

 慌てて追いかける俺。なんだか懐かしいな、この感じ。


              

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