第15話 バディの婚姻制度

 帰りの車の中で、清人が軽い調子で直桜に問い掛けた。


「護の前のバディのことは、聞きたくないか? あの集会で、未玖がどんなふうに死んだのか。どんな人間だったのか、知ってた方が魂魄も祓いやすいと思うけど。それとも、もう護に聞いた?」


 コンビニで買ったコーヒーをチビチビと飲みながら、直桜は窓の外に目を向けた。

 清人の言う通り、聞くべきなのは、わかっている。

 今のままでは情報が少なすぎて、対処しずらい。


「聞いてない、けど、聞きたくない。……聞いた方が良いんだろうとは、思ってる」


 最後の言葉は、声が小さくなった。


「直桜って、そういうとこガキだし、わかりやすいな。大事な話なのに、自分から全然聞いてこねぇもんなぁ」


 清人が面白そうに笑うので、余計に聞きたくなくなった。

 直桜の表情を横目に見た清人が、仕方ないとばかりに息を吐いた。


「護は未玖に恋愛感情、無かったよ。バディ変えてくれって相談されてたくらいだし」

「それは、ちょっとだけ、化野に聞いた」


 車は駅方面ではなく、環状道路に向かって走っている。

 岩槻まで送ってくれるつもりなんだろう。時間はたっぷりありそうだ。


「清人は化野がゲイだって、知ってるんだ」

「知ってるよ。未玖の前の護のバディ、俺だもん。あ、俺はバイだけど、別に付き合ったりはしてないから、安心するように」


 思いっきり振り返った直桜に、清人が悪戯な笑みを向けた。

 

(さすがに俺だって、化野の過去の恋愛にまで嫉妬したりしないけどさ)


 相手が清人となると、ちょっと話は変わる。先に釘を刺してくる辺り、大変清人らしい。


「護の昔話なら、聞きたいか? この仕事に就いてからしか、知らんけど」

「知りたいけど、本人がいないとこで、そういう話聞くのは、なんか良くない気がする」


 もごもごと話す直桜に、清人が吹き出した。


「変なとこで真面目。お育ちが出ますねぇ、直桜様」

「だからそれ、やめろって!」


 清人が生温い笑みで直桜の頭を撫でてくる。


「まぁさ、アレだ。お前がこんな風に言われんの嫌がるみてぇに、護も鬼の末裔として、それなりに嫌な思いしてんの。浄化師や清祓師の中には、毛嫌いする奴もいるわけよ」


 それは感覚として、わかる気がした。

 墓守の鬼は穢れの象徴だ。朝廷に飼われていなければ、鬼は本来、祓われる側の妖怪だ。


(13課は救いになったって話していたけど、それでも嫌な思いは、するよな)


 だとしたら、それ以前は、もしかしたらもっと辛い思いをしてきたのかもしれない。


「部署、変えてやったら? 化野が鬼化したら、強い妖怪とか祓えるだろ」


 霊や怨霊を浄化する今の部署より、化野に向いている戦闘特化の部署はいくらでもある。その方が化野の能力は活きるだろうし、仲間にだって恵まれるはずだ。


「それなぁ。時々、陽人さんや班長とも話すんだけどさ。そうなるとアイツ、同族を殺す羽目になるだろ。ああ見えてメンブレするタイプだから、きついかなと思ってさ」


 ドキリと脈が大きく鳴って、嫌な汗が滲んだ。


「そっ……か。ごめん、考えなしだった」

「いや、直桜が謝る必要はねぇよ。移動したら案外馴染むかもしれんし、こっちの考え過ぎかもしれないからさ。スタッフ側の面子考えると、バディ探しは戦闘部署の方が楽なのも事実だしな」


 清人の声が、優しく聞こえる。

 13課の人間が、化野のことを大事に考えているのだと、何となく伝わってくる。それがとても嬉しくて、救われた。


「ま、本人が移動の希望出さない限りは様子見ってことで、いつも話が落ち着くんだけどさ。恐らくもう、希望出さないんじゃないの?」

「なんで?」


 清人がちらりと直桜を窺う。


「直桜がこのまま残るなら、護は移動なんか考えもしないよ。俺や未玖とは比べようがないくらい、最高のバディを見付けたワケだから」


 さっきとは違う胸の高鳴りを感じだ。

 じわじわと顔が熱くなる。

 清人が嬉しそうに吹き出した。


「で? 直桜はどうなの? 続ける気になった? 俺的には、直桜にとっても良い仕事だと思うんだけどね」


 何と返事をしていいか、わからなかった。

 直桜自身も清人が言う通り、悪くない職場だと思い始めている。


「今は、まだ、決めらんないけど。前向きに検討している最中、ってだけ伝えとく」

「ん、それで充分」


 清人の横顔は、満足げだった。


「一個、面白い話を教えとくよ。13課のバディ契約は公的な身元保証とか、希望すれば戸籍上同姓にもできる。ちょっと婚姻に制度が似てるから、本気でバディを組むことを結婚するとか言ったりすんだよね」

 

 飲みかけたコーヒーを思わず吹き出した。


「勿論、正式なバディ契約しないとダメよ。俺や未玖は護と、そこまでがっつりバディ契約してないし、今の直桜はもっと軽いバイトさんだからね。正式な契約は解消する時に離婚みたいな手続きが必要だから、面倒なのよ。死ぬまで組む気がある奴らがする制度な」


 面接に行った時の、化野の言葉を思い出す。

 確かにあの時、化野は直桜に向かって「結婚しませんか」と宣った。


(アレって、そういう意味だったのか。まさか、本当に結婚みたいなこと、できんのか)


 驚きすぎて、言葉にならない。


「うちは冗談じゃなく命懸けの仕事が多いし、バディは命預け合う伴侶みてぇなもんだから、そういう制度が明治の昔からあんのよ」


 黙り込んだ直桜を眺めて、清人がニヤリと口端を上げた。


「その様子だと、もう護にプロポーズされた? 護は、嫌ってる奴も多いけど、狙ってる奴も多いから、欲しければ早めに摑まえとけよ。戦闘特化部署の奴らは、かなり前から護のこと欲しがってるからさ」


 清人を振り返る。

 口を動かしているのに、言葉が出てこない。


「金魚みてぇ、おもしろ」


 笑う清人の腕をバシバシ殴る。

 殴りながら、帰ったらどんな顔をすればいいのかと、ひたすらに考えていた。

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