第19話 練習
「ダメ。そんなんじゃ東宮寺千代子に笑われるだけ。相手にもされない」
「……分かりました。もう一度お願いします!」
「ううん。一旦休憩。歌の練習は喉が潰れたら終わりだから」
突風に靡く髪を手で押さえ、透華は神音に指示を出す。
目を眇めて、風に含まれる塵から瞳を守った。
連日、屋上は透華による発声練習の場となっていた。
空間として四方八方に限りない広がりを持つ屋上は、声の通り具合や足りない声量を確かめる上で最適な練習場所だったのだ。
休憩を取ることとなり、透華と神音は腰を下ろす。
暖色を帯びた青空を背景として、高さ2メートルを優に超える格子状の安全策に背中を預けた。
ペットボトルの蓋を回し、広角度で水を飲み込む。
透華は口端から水を漏らしていた。
「あんた、中学の時は何してたの」
「はい?」
「部活とか、あるでしょ。そういうの」
「あぁー、中学の頃はテニスしてましたよ」
「へぇ」
「なんですか?」
「意外だな、と思って」
「そうですか?」
「もっと音楽系かと思ってた」
「なはは……。あの頃ですか……、懐かしいですね。瀬奈っち、今何してるんだろ……」
「部屋に飾ってあった写真の子?」
「はい。神音の一番の親友です」
「そう……」
どこか悲愴を帯びた神音の姿を見て、透華はそれ以上聞くことが出来なかった。
黙々とペットボトルの蓋を閉め、地面に立てる。
これから、路上ライブに向けてやらなきゃいけないことが沢山ある。
公道の使用許可に、機材全般の準備。
東宮寺千代子に挑む足掛かりとするなら、チラシや宣伝をして一定の集客をすることは最低条件。人気も知名度もない素人のゲリラライブに、人なんて集まるわけがない。
気合いを入れ直すために、透華は自らの両頬を打ち鳴らした。
両膝に手を当て、腰重に立ち上がる。
「じゃあ、練習再開しようか」
「はい!」
透華に続いて神音も立ち上がった。
が、藪から棒に背後から届いた神音の言葉に、透華は全身を硬直させる。
「あ! そういえば言い忘れてました! 不承、神音! 昨日、東宮寺千代子さんの事務所宛に果たし状を送っておきました‼」
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