悪女はデブ専王子がお嫌い

雨足怜

第1話 愛の返球

「アナターシア……なぜ、私の愛を受け入れてくれない?」

「そんなものを受け入れるくらいなら、悪女と嘲られたほうがましですわ……いえ、比較にもなりませんわね」


 私は、この男が嫌いだ。

 首を垂れた麦を思わせる黄金の髪と、紺碧の瞳。レオナルド・アルテンシアは、私の婚約者だ。どれだけ私が嫌っても、拒絶しても、その立場が変わることはない――彼は王子で、私は侯爵令嬢だからだ。

 次期国王と結んだこの契約こんやくを、ソフィスタ侯爵家に生まれ育ったものとして、蹴ることができるはずがない。


 けれど、にじり寄ってくる王子を前に、拒絶しないわけにはいかない。


「なぜだ、なぜ、お前は私を受け入れてくれないッ!?」

「そんな重いもの、受け入れられるはずがないでしょうッ!?」


 王子が突き出したそれをひったくる。重い。

 その重さは、クリームの重さ。

 そして、カロリーの重さ。

 明らかに数人で、しかも一切れ食べればしばらくは甘いものが全く受け付けられなくなるような、砂糖とあぶらの塊。そんなものを、私が、受け入れると本気で思っているのか。


「こんなもの……誰が食べますかッ」


 完璧なプロポーションのため。鍛えた足腰をひねり、そして。

 レオナルド王子の顔面に、そのこってりケーキを叩きつける。

 白いクリームが飛び散る。ちぎれたスポンジが宙を舞い、皿が落ちて割れる。

 重い一撃を顔面に受けた王子殿下は、当然その美貌も見る影もなく。

 白クリームの怪人となり果て、倒れこむ。


「悪女……」

「やはり、彼女は憑りつかれているのだ……ッ」


 肩で息をしながら、言いたい放題する見物人たちに心の中で叫ぶ。

 殿下の顔面に、贈り物のケーキを投げつける私は、確かに悪女でしょうね。けれど――




 ――憑りつかれているのは、そこで倒れている王子殿下ぽっちゃり好きだと。

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