第14話 透視する化け物

 その夜、すぐる懸命けんめいにデッキを組み続けた。

 しかし、なかなか納得のゆく出来栄できばえにはいたらない。

 作り終えてはくずし、また一から考え直す。

 さっきからずっと、そのり返し……。


 全く違うタイプのデッキが、生まれてはすぐ消えてゆく。

 労力がまるで水の泡。


 それでもめげずに作業へ向き合う。

 ただひたすらに……。

 何時間も、ずっと……。


 そして、ついにその時を迎えた。

 試行錯誤の末、ようやくいたった結論。

 すぐるはその完成したデッキを手に取り、自分に言い聞かせるため力強くうなづいた。

 これでじんに対抗できる、と。


 しかし、その心には、安堵あんどや自信などではなく、わずかな違和感が返ってきた。


 これで本当にいいのだろうか? ……と。


 それでも他に答えは見つからず、仕方なくすぐるはベッドに横たわった。

 だが、なかなか寝付けない。


「大丈夫、できることはした」


 暗示のようにつぶやいた。

 しかし、心にみ渡る悩みは消えない。

 それをはらけるべく……。


「やれることはやった」


 再度、自分に言い聞かせる。

 だが、それに対抗するかのように、迷いが心の中で渦巻うずまく。


「本当にそうか?」


 疑問が首をもたげる。


妥協だきょうはないか? 臆病風おくびょうかぜに吹かれてやしないか?」


 不安をあおる心の声。

 それを必死に振りはらおうと、すぐるかべなぐりつけた。


「これがあいつを倒すために、最も合理的な戦略だ。じんへの警戒けいかいも当然。弱気だからじゃない、必要なことだ。これで勝てる、間違いない!」


 何度も何度も言い聞かせる。

 言い聞かせるたび、返ってくる。


中途半端ちゅうとはんぱ対策メタるより、コンセプトに特化した方がいいんじゃないのか? ただ逃げてるだけじゃないのか?」


 ……ノイズはまない。

 答えは出ない。


 心の声を抑えむべくすぐるまくらへ顔をうずめ、ゆっくりと悪夢へいざなわれた……。




 ――翌日の午後。

 カードショップ内には、にらみ合うすぐるじんの姿があった。

 異様な空気に客はり付かず、花織とごうだけが見守っている。


 沈黙の中、両者はデッキをシャッフルし、山札の位置へと置く。

 視線をわす二人。

 と、じんおもむろに手を差しべた。


「先攻と後攻、好きな方選んでいいよ」


 じん本人にその気がなくとも、挑発ちょうはつにしか聞こえないセリフ。

 それに乗らぬよう、すぐるは目を閉じ深呼吸をする。

 そして数秒後、ゆっくりと目を開いた。


「後攻をもらおう」


 すぐるの宣言に花織が首をかしげる。

 その様子に気付いたごうが、耳打ちすべく手を口元にえた。


「後攻側にもメリットがある。一つは初期手札。先攻は最初のターンにドローできないが、後攻は1ターン目から引ける。もう一つは属性魔力を選ぶ権利。先攻は1ターン目に無属性の魔力しかチャージできないが、その制限が後攻にはない。すぐるはそれらを重要視したってことだ」

「なるほど、そうなんですね! ありがとうございます」


 ごうが花織に説明している間に、じんは1ターン目をパス。

 ターンが回ってきたすぐるは、光の魔力をチャージし手札を1枚場に出した。


「宣教師を召喚しょうかん。その効果を発動」


 すぐるは自分の山札を手に取り、カードを探す。

 宣教師の効果でサーチできるのは、光のサポートカードのみ。

 属性と種類の二つの条件をクリアしていなければならない。

 無論、前もって条件を満たすカードは入れてあり、それを見つけるやいなや迷いなく公開した。


「超魔術ライト・リライトを手札に加える」


 宣言されたカード名に含まれる超魔術とリライト。

 その特徴的な接頭語及び接尾語は、シリーズであることを表している。

 第二弾から追加された能力『リライト』。

 それは、自分のターン開始時に、デッキ外のカードと入れえられるという革命的な効果。

 ただし、交換できるのは同じくリライトを効果に持つカードとのみ。

 それでも、デッキ相性による一方的な敗北を防ぐには絶大な力を発揮はっきする。

 特に、相手のデッキを見透みすかすじんとの対戦では、必須ひっすと言っても過言ではない。


 一方、2ターン目が回ってきたじんは水の魔力をチャージし、カードを1枚場に出した。


「カームを使用」

「ッ……!」


 その宣言に、すぐるが顔をしかめる。

 無理もない。なぜならそれは、山札からウィズダムを2枚サーチする強力なカードだから。


 だが、すぐるにはどうすることもできない。

 当然だ。彼は前のターンに魔力を使い切ってしまった上に、ゲーム開始早々なので手札不足。

 都合よく0魔力のカウンターカードが引けているわけもなく、甘んじて受け入れるよりない。


 それに、相手はあのじんだ。

 カウンターが不足していることなど見透みすかされている。

 ゆえに、じんは形式的に数秒のを取るだけで、すぐさま山札を手に取った。

 そして……。


「シヴァルリーとパラダイムシフトを手札に加えさせてもらうよ」


 公開された2枚のカード。

 前者、シヴァルリー。

 その効果により、特定のカウンターカードを2枚トークンとして加えられる。

 そして後者、パラダイムシフト。

 0魔力でウィズダムを打ち消すことができる。

 すぐるが今、カームを打ち消すために本来使いたかったはずのカードがこれだ。

 その強力な1枚が今、もう1枚のカードと共にじんの手札へと加わった。

 そして、じんは山札をシャッフルし、ターンエンド。


 対し、2ターン目を迎えたすぐるは、開始時のドローと魔力チャージの直後に手札を1枚公開した。


「超魔術ライト・リライトを、デッキ外のカードと交換する」


 早速さっそくリライトの効果を使うすぐる

 カードケースから選び出したのは、超魔術コンフュージョン・リライト。

 能力にカウンターを持ち、相手のサポート(魔法に分類されるカード)を妨害できるカード。




 このタイミングでそのカードを選んだのは、何も今すぐ使用するためではない。

 リライトを持つカードは、自分のターン開始時に毎回入れえることができる。

 回数に制限はなく、何度でも。


 また、この交換は効果の使用宣言に該当せず、ターン開始時の一連の準備の一部として扱われる。

 わかりやすく言い直すと、カウンターによる邪魔じゃまが入らない。


 つまりは、使いたいカードが決まった際に、ターンの初めに入れえさえすればに合う。

 逆に言うと、それまでは任意にんいのカードで構わない。

 好きなカードでいいのなら、なるべく何かしらのメリットを求めたくなる。

 そう。例えば、いざという時に相手のカードを妨害できるカウンターなどを……。




 簡潔にまとめると、ただの用心。

 だが、かりないプレイング。

 その注意の行き届いた手順の後、すぐるは1枚のカードを場に出した。


「幼きエスパーを召喚しょうかん

「どうぞ」


 応答と共にじんは手の平を差しべ、カウンター不使用の意思表示を行う。

 それを確認したのちすぐるは山札を手に取り、1枚を選んで公開した。


「パラダイムシフト。これを手札に加える。さらに、残りの魔力でヒメカゼスズメを召喚しょうかん。そして、効果発動」


 ヒメカゼスズメの効果ですぐるはさらに1ドロー。

 着々と手札を増やし、前のターンに召喚しょうかんした宣教師による攻撃も行い、ターンエンド。


 続いてじんのターン。

 彼は光の魔力をチャージ後、手札を1枚場に出した。


「シヴァルリーを使用」

「カウンター発動。パラダイムシフト」


 間髪かんはつ入れずにすぐるは妨害を宣言。

 当然だ。シヴァルリーで加わる2枚のトークンは強力。

 その名はオネスティ。

 これまた0魔力でサポートを打ち消せる強力なカード。

 対象にできるのは水のカード限定だが、カウンターが豊富な水属性に対抗できるため使い勝手が非常にいい。


 そんなカードを2枚も加えられるわけにはいかないため、必死に対抗したすぐる

 結果、お互い1枚ずつ手札を捨て札に落として収支が決定。

 しかし、パラダイムシフトの弱点により、じんがシヴァルリーに使用した1魔力は回復されてしまう。


 その1魔力と水の魔力を1消費し、じんは新たにカードを場に出した。


「超魔術テンペスト・リザーヴを使用」

「くっ……!」


 再び顔をしかめるすぐる

 出されたのは、全体ダメージを放つカード。

 しかも、リザーヴという厄介な能力までついている。

 それは、一度使用を宣言した後であれば、任意にんいのタイミングで発動できるという便利な効果。

 無論、使われる側のすぐるにとっては凶悪なことこの上なし。


 が非でも打ち消したいカード。

 しかし、またもやすぐるにはどうすることもできない。

 なぜなら、超魔術テンペスト・リザーヴの種類はディザスターだから。

 魔力は使い切っており、なおかつ手札にある消費魔力0のカウンターは対象範囲がみ合わない。


 ペースを乱され続けるすぐる

 その表情には苦悶くもんにじむ。


 想像に容易たやすいだろう、今の彼の気持ちが。

 カードゲーム経験者なら味わったことのある気持ち……それを思い返していただきたい。

 重要な局面で切り札を出す時の、あの不安を……。

 呆気あっけなく対処されたらどうしよう、と。

 もし、裏目に出たら?

 敗着になってしまったら?

 そんな思いから、躊躇ちゅうちょして勝ちをのがす場合も少なくない。


 そう、それが当たり前。

 カードゲームは、相手が手札に何を隠し持っているか、その不安がずっと付きまとう。


 だが、じんにはそれがない。

 すぐるは常に相手の反撃におびえているのに対し、じんは手の内を見透みすかし攻めてくる。


 さらに、ただでさえすぐるが精神的に劣勢なところへ、たたみかけるように予約された全体ダメージ。

 当然、最悪のタイミングで発動されるのは必定ひつじょう

 その重圧がすぐるしかかる。


 にぎられたアドバンテージ。

 対処せねば、とあせる気持ち。

 加速する不安の中、すぐるは必死に脳をフル回転させる。


 だが、相手は待ってなどくれない。

 悩みまどすぐるの対面で、じんが今、容赦ようしゃなく追撃の1枚を選び取った!

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