第3話 初心者への洗礼

 一方、店内では花織とごうのバトルがすでに始まっていた。


 ショップの客が見守る中、試合は不気味ぶきみな程静かな進行を見せている。

 ごうが1~2ターン目に使用したのは、耕作と水やり。

 どちらも魔力(カードを使用するために必要なポイント)を増やすだけのカード。

 それ自体に戦力はともなっておらず、いまだにごうの場は空っぽ。


 そして迎えた3ターン目も、ごうがまず最初に使用したのは耕作。

 魔力を増やしたのみで、やはり戦力は0のまま。


 対し、花織の場には見習いシスターが1体。

 チャンスとばかりに観客がき立つ。


「大したことなさそうだぞ!」

「こっちが優勢だ!」


 たくさんの声援。

 みなが花織へ期待の視線を注いでいる。


 そんな中、ごうは周囲の熱気に反し冷ややかな笑いをらした。

 思わず目を移す観客たち。

 その視線の先で、ごうかたすくめながら首を左右に振り……。


「やれやれ、何もわかってねえな」


 と嘲笑あざわらい、わざとらしく溜息ためいきいた。

 当然、反感を買い非難を浴びるが、それすら目を閉じて心地よく聞き入っている。

 そして、一頻ひとしき堪能たんのうしたのち、不意にカッと目を見開いた!


「最高だな! それでいい! 強者はいつでも嫌われる。嫌われてこその王者だ!」


 割れんばかりの声。

 直後、ごうこぶしと共に1枚のカードを突き出した!

 イラストには炎を囲み儀式を行う様子が描かれている。

 それを見てもまだピンときていない花織と観客。


 そんな彼女らをよそに、ごうはパッと手を開く。

 そして、ヒラヒラとうカードが着くのと同時に、手の平をテーブルへとたたきつけた!


「火竜祭を使用……!」


 低くうなるような宣言。

 直後、ごうは山札を手に取った。

 火竜祭――その効果により、レプリカ(モンスターとして扱うカード)を1枚公表したのちに手札へ加えることができる。


 みな固唾かたずんで見守る中、ごうは選んだカードを高々とかかげた!

 その瞬間しゅんかん、全員の表情が激変!!

 ごうとの距離があるため効果までは読めなくとも、そのイラストを見ただけで誰もが危機を理解した。

 最高レアリティであるプラチナカード特有の光沢!

 そのまばゆさをまとい豪華に描かれているのは……巨大な赤い竜!!


 みるみる蒼褪あおざめる花織を見て、ごうは口元をゆがませる。


「どうする? 次のターン、こいつが場に出るぜ? 効果を確認しろよ。ルール上、公表義務だからな」


 ゆっくりとねばのある声でささやき、場へと置いた。

 カード名はレッドドラゴン。

 パワー6ライフ4と強力な上に、攻撃時に3ダメージを与える効果とアーマー(被ダメージ軽減)を持っている。

 その効果を読み、花織は血のが引いてゆく。


 対照的に、愉悦ゆえつひたりだすごう


「見ろ! この圧倒的なライフと防御性能を! パワーだって6もある。ぶつかり合いなら絶対に負けねえ! それに、さっき使った火竜祭にはもう一つの効果がある。次の相手ターン終了時に敵レプリカ全体へ2ダメージを与える効果がな! つまり、猛攻に備えて戦力をたくわえようにも、雑魚ザコばかり並べたら意味なく消し飛ぶってことだ!」


 そう言って豪快に笑いながら、ターン終了を宣言した。


 花織はもう頭が真っ白になる寸前すんぜん

 しかし、山札から引いてきたカードを見た途端とたん、その表情へとにわかに光が差しんだ。

 花織は喜びいさみ、そのカードを場へと出す。


「マインドハックを使用します! 手札をオープンしてください」


 先程までの劣勢からは考えられない、ハキハキとした強気な口調での宣言。

 対し、ごうは舌打ちしつつも手札を公開する。

 花織はそれらを確認し……。


「レッドドラゴンを選びます!」


 先程のカードを対象に選び、捨て札へ送った。

 ホッと一安心する花織。

 だが、ごうの表情はまたすぐに元の不敵なみへと戻る。


「それでしのいだつもりかよ? 甘すぎるぜ!」


 返しのターン。

 すかさずごうは1枚のカードを選び取り、場に出した。


「リザレクト! ターゲットはもちろん……こいつだ!」


 なんと! その効果により、先程捨て札へ置かれたレッドドラゴンが手札へと戻ってしまう!

 しかも、消費された魔力はたったの1!

 残りの魔力でレッドドラゴンが場に降臨!


 驚愕きょうがくする観客。

 絶望する花織。

 みなが絶句している間もずっと、ごうの大声は響き渡っている。


「ようやくわかったか! お前らはこのごう様には勝てねえってことが! もう一度このドラゴンを倒してみるか? そしたらこっちもまた蘇生そせいするだけだ。それに、山札にはまだレッドドラゴンが眠っている。何なら他の切り札でもいいんだぜ? そいつらを山札から引っ張ってくるカードもたくさん入ってるしな!」


 高笑いし続けるごう

 以降はずっと彼のペースで幕を閉じた。

 ゲーム終了後も、罵声ばせいや高笑いが止むことはない。


 えかねた花織はデッキを早々に片付け、バッグを手に走り去る。

 その背に向かい、なおもあおり続けるごう

 それを振り切るべく、花織は入り口のドアを開け放つ。

 あふれる涙が風に流される程、勢いよく飛び出したその直後。


「どうかしたのかい?」


 おだやかな声が呼び止めた。

 振り返った花織の目に映るのは、ドアのそばに立つしょう


 彼は花織へとゆっくり歩みり、そして……。


「僕でよければ話してくれないかな?」


 そう声をかけ、ハンカチを差し出した。

 少しかがんだ彼と目線が合う。

 そのおだやかな笑顔がまぶしくて……。

 途端とたんに花織は声を上げて泣き出した。

 それを見守るように、しょうはただ優しく微笑ほほえみ、じっと待つ。


 数分後、ようやく落ち着いた花織は、嗚咽おえつ混じりにわけを話した。

 母が病気ということ。

 治療費ちりょうひが必要なこと。

 自分では何もできそうにないこと……。


 それを聞き届けたしょうは、そのかたをポンポンと軽く二度たたいた。


「それなら、いいことを教えてあげるよ」


 そう言って取り出したのは一枚の写真。

 だが、それを見せられても花織はピンと来ず、しょうを見つめ返す。


「えっと……?」

「この人にたのむといいよ。数々のゲーム大会で優勝した凄腕すごうでのプレイヤーでね、すぐる君っていうんだ。ゲームセンターにいるはずだから、探しに行っておいで」


 それを聞いた花織の表情がみるみる晴れてゆき……。


「はい! ありがとうございます!」


 一礼し、すぐさま一心に走り出した。

 その綺麗きれいな黒髪が乱れるのもいとわずに。

 いきが苦しいのも気にせずに。

 ただただ無我夢中で……。


 数分後、一番近くのゲームセンターに着くやいなや、今度は店内をけ回る。

 一人ずつ顔を確かめては、またすぐに走り出す。

 懸命けんめいに探し続ける彼女。


 と、その時。

 不意に、目的の人物らしき姿が目に映った。

 だが、それは通路を過ぎ去る一瞬いっしゅんのこと。

 すぐにゲーム機のかげへと隠れてしまった。


 花織はあわてて追いかける。

 そして……。


「あの……!」


 ついにその背をとらえ、必死に呼び止めた。

 おもむろに振り向くその男子。

 花織はその顔を見て、探していた人物で間違いないと確信する。


 しかし、酷くいきが上がっており、言葉が途切とぎれてしまう。

 その様子を白い目で見るすぐる

 数秒後……。


「何だ?」


 ただ一言、ぶっきらぼうなこたえが返された。

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