玄冬秘録

神無月そぞろ

冬の音


 街に色があふれている。


 赤と緑を基調としたクリスマスツリーに、白と青できらびやかにライトアップされた並木道、黄色とピンクの電飾をのせた植え込みもある。


 ショーウインドーには商品がずらりと並び、店内からクリスマスソングが流れてムードを盛り上げている。


 風に冷たさを感じてポケットに手を入れた。ぴったりとくっついて幸せそうに歩くカップルとすれ違って、ほっこりすると同時にイラっとした。


「珍しくご機嫌ナナメだね?」


 隣を歩く友人が聞いてきた。向くといつもの柔和な顔で見ている。


(さっきカップルのこと、変な目で見ていたのかな?)


「何かあった?」


「いや……」


(オレから話してくるのを待っているのはわかっている。でも相談しづらくて勇気がでない)


 沈黙が続いていたら雪竹ゆきたけがぼそりと言った。


青龍寺しょうりゅうじさんのことだろう?」


(付き合いが長いから考えていることが読めるのか?)


 オレはこのところイラついている。


 大学に男が来た。柚莉ゆうりに用があると言って現れた青龍寺のことが好きになれなかった。


 青龍寺は他校の学生で年上、目鼻立ちがはっきりしていてブランド物を身につけていた。着こなしているから嫌みには見えず、自己紹介のときの自信ありげな口調から余裕を感じ、女性受けがよさそうだと思った。そこが気になっていた。


(茶髪でなんだか軽薄そうだった。さりげなく人と距離をおく柚莉ゆうりと接点があるタイプには見えない。それなのに名前で呼び合うほど仲が良かった。柚莉にはオレたち以外に親しい友人はいないと思っていたのに)


 柚莉は雪竹と共通の友人で、学部は異なるが学内では一緒にいることが多い。人当たりはいいのに雪竹以外とは深入りしないところがあった。そんな柚莉とやっとで仲良くなったと喜んでいた矢先に青龍寺が現れた。


 青龍寺は初対面だったのに親しげに話してきた。人慣れした感じから世渡りがうまくて誰とでもすぐに仲良くなれるのだろう。だが視線や言葉のはしばしに敵意を感じた。


 青龍寺は柚莉と話しながら柚莉に気づかれないように優越感に満ちた目を向けてきた。見せつけるような行動をとる青龍寺に腹が立った。不快な存在に早く去ってくれと願っていたのに思わぬ方向へ物事は進んだ。


 授業があったので先に講義室へ行っても柚莉はこなかった。授業が終わると青龍寺はいなくなっていた。でもそれだけではなかった。柚莉の姿も消えていた。


 何も言わずにいなくなってしまったので胸騒ぎがした。スマートフォンにメッセージを送ると短い返事がきた。またメッセージを送ったけど返事はこなかった。


 脳裏にいやな考えが浮かぶ。不快な気分になるので考えないようにしたけど、よけいに想像力が働いてしまう。心配事は的中した。


(やっぱりさぼって一緒にどこかへ行っていた……)


 翌日、授業が始まる直前になって柚莉は青龍寺と登校してきた。すぐに二人が昨日と同じ服であることに気づいた。ほかに見つけたものがあった。


 講義室へ向かっていると柚莉の首筋に赤いものが見えた。不自然な場所にある内出血の跡――。


(あれはキスマークだった……。あの男と何をしていたんだ?)


 聞きたいけど聞けない。知りたいけど知りたくない気持ちが混ざってざわつく。


(柚莉に親しい相手がいることに怒りがわいてくる。

 でもなんで? なんでこんなにもイラつくんだ?)


 ここまで感情が揺さぶられるのは初めてでコントロールできないことに驚きととまどいを感じている。


   ウマソウダナ……


 考え込んでいるとふいに声が聞こえた気がして雪竹を見た。


「今、何か言った?」


「何も言ってないよ?」


「そうか」


 気を取り直して雪竹と話し始めた。


 帰りがけに珍しく雪竹が寄り道しよう言ってきた。あまり誘わないから驚いたけど承諾して街をぶらぶら歩き見ている。雪竹はとりとめのない話に付き合ってくれるので全然飽きない。


 ウインドー越しに見えたアウトドア用品を見ていたらふいに雪竹が言ってきた。


立助りゅうすけ、誕生日プレゼント買ってくれないか?」


「誕生日プレゼント? 誰の?」


「誰って。オレの誕生日が近いだろう?」


(雪竹の誕生日って、いつだっけ? 毎年祝っているはずなのにすぐに思い浮かばない。なんで……?)


 思い出そうと記憶をたどっていると、くすくすと笑いながら言ってきた。


「オレの誕生日はクリスマスイブだろう? 忘れたのか?」


 下を向いてた顔を上げると雪竹が笑顔を向けている。柔和な表情をしているけど目を見てどきっとした。


(光のせい? 雪竹の瞳が赤く見える。

 あれ? なん…だろう……。意識がはっきりしない。ぼんやりとする)


「な? 立助、柚莉と一緒にプレゼントを買ってきてよ」


 雪竹がはっきりとした口調で言い、軽く肩をたたいた拍子に意識が鮮明になった。それですかさず返事をした。


「あ、うんっ。そうだね、柚莉と一緒に買ってくるよ」


 さっきまでもやもやしていたのに、わくわくしている。我ながら現金だなと思いながら柚莉と買い物に出かけるのが楽しみで仕方がない。


(明日、さっそく柚莉の予定を聞いてみよう)


   コンカイハ――…


「ん?」


「なに?」


「今、何か言わなかった?」


「いいや?」


「そっか」


 雪竹のところから小さな声が聞こえた気がしたけど気のせいだったみたいだ。このタイミングに何が欲しいか聞いてみたけど「オレに合うものを選んできてよ」と言ってきた。


(柚莉と一緒に考えよう。とても楽しみだ!)


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