第1話 地獄からの使者

「チュンチュン」


 っん、まぶしい。


 太陽・・・か。


 何年ぶりかしら。戻ってきたのね、アタイ。


 地獄での明かりといえば、そこら中に燃え盛る業火と、吹き出し続ける火山溶岩流くらいだったが、またこの陽の下で生活することになるとは思ってもみなかったわ。


 ところで、この柔らかいフカフカの寝床はいったい?


「起きたんだね。おはよう。どうだい?久々の人間界は?そのベッドも新調したんだ」


 ん?この男は?


「はじめまして。僕は毘炉ひろといいます。君の先輩呪い」


「ヒロ?先輩?・・・

 ま、まさか10年前に『呪いの藁人形分解結合』でレコードタイムをたたきだし、その記録はいまだに破られず、伝説として語り継がれているあの毘炉ひろさん?」


「へぇ?そのタイム、いまだに破られてないんだ?今だから言っちゃうけど、あれはズルしちゃったんだけどね。

 あらかじめ結び目を緩くしといて、、、ってそんなことどうでもいいか。改めて、自己紹介するよ。

 僕は君より10年早くここ人間界へ輪廻転生した地湯ちとう毘炉ひろ23歳。

 これからは君の兄として一緒に生活していくから、よろしく。

 そして君は、今から地湯ちろう瑠璃るり17歳として近くの学校へ通うんだ。

 転校生として諸々手続きは済ませておいたし、ほら、ここに学生服も用意しておいたから安心していいよ」


「兄?学校?転校生?

 何を言っているんですか?アタイは閻魔大王様の命を受けてこの人間界へ呪いを広めに戻ってきたんです。そんなことをしている暇はないんです。さー今すぐ外へ出て、この世界に最新の呪い術と絶望をお届けするわ」


「ダメダメ!やけくそ馬券ランダム買いオヤジみたいなことしても当たらないんだから。

 確かに瑠璃君の使命はそれだ。僕の使命もそれだ。だけど瑠璃君は、人間界へ来るのは江戸時代ぶりだろ?君が死んでから300年で色々な事が変わったんだ。まずはこの世界に慣れたほうがいいよ。呪いはその後からでも遅くはない。いいね。今日は呪いを封印して僕の言うことを聞くんだ」


 確かに、今の世の中をもっとよく知れば、より効率的に呪いを広められるかもしれない。


「さーこっちへ来て、一緒に朝食を食べないか?」


「アタイはいいです。道端の草や干乾びたヒキガエルでも食べますから」


「ちょっとちょっと。ここはもう江戸時代でも地獄でもないんだから、そんなもの食べたらお腹壊しちゃうよ」


めしなんか胃袋に入っちまえば何だって同じでしょう?それに、腹を満たしてまでこの腐った世界に生き続けたいと、思ったこともないし・・・

 あ、いや何でもないです」


「そうか。瑠璃君は江戸時代に生きていた時、よっぽどひどい仕打ちを受けたんだね。君が呪いのエリートとして現世に送り込まれたのがわかる気がするよ。

 では、朝食は僕一人で食べるから、制服に着替えて学校へ行っておいで。おこずかいと地図は机の上に置いておいたから。

 いいかい?掟はわかっているとは思うけれど、自分が地獄から送り込まれてきた存在だとは誰にも知られてはいけないよ。もし知られたら、君は払われてまた地獄へ戻され、もう二度とこの世界へ戻ってこられないからね。

 行ってらっしゃい」



~通学路~



 しかしこのスカートってのは着物と比べて下がスースーして落ち着かないわね。


 道は平らで歩きやすいが、4つの車輪が付いた駕籠かごみたいな箱がたくさん行き来して危なっかしいし。


 確かに江戸時代とは大違いだけれど、地獄の猛火で燃え上がり暴走する火車に比べたらかわいいものね。


 きっと、あの箱に呪いをかければ速い速度でぶつかり合って大惨事になることでしょう。


 でもしかし、アタイが呪いをかけるのは簡単だが、人間が人間を呪って、施呪者せじゅしゃを地獄へ送り込むのがアタイの役目。


 何かいい方法はないものかね。まあいい、そのうち何か浮かぶでしょう。



~私立御鞍紅みくらべに高等学校~



 着いたわ。ここが、高校ってとこね。昔でいう藩校や寺子屋といったところかしら。地獄の呪学院で読み書きと、ある程度の学力は身に着けてきたから学問は問題ないはず。


 ただ、こういうのは初めが肝心よね。アタイが地獄からの使者だとは気づかれない程度に怖がらせてあげる。


 その後、にここの生徒全員を地獄へ送ってあげるわ。


 待ってなさい。


 ふっふっふっ。

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