第三話その1「みんな! 青春しようね!」

 目の前にあるのは白を基調としたシンプルな、でも可愛らしくおしゃれなドレッサー。その鏡に映っているのは一人の女の子だ。身にしているのは「姫宮」というネームの入った、使い古しの体操服。寝不足なのかそのせいで機嫌が悪いのか半目になった目が座っているけど、この子はいつもこうだった。

 髪は黒く艶やかで量も多いけど頑固な癖っ毛で、変なところだけわたしに似たものだと思う。肩甲骨の下まで伸びたその長い髪を一生懸命ブラッシングしているのがわたしだった。自分でも甘やかしていると思うけど、でも放っておくとこの子は「爆発オチに巻き込まれました」みたいな寝起きすぐの頭のまま学校に行きかねないので仕方ない。


「ほら、おしまい! いい感じに仕上がったでしょ?」


 ただ櫛を入れただけなのにまるでスタイリストが今セッティングをしたかのよう。こまめに連れていっている美容院さんのこだわりと職人技により、ただの頑固な癖っ毛が絶妙で神妙な曲線を描き出しているのだ。でも鏡の中の満足げなわたしに対し、この子は相変わらずの仏頂面だ。


「あんまり変わってない」


「剣山でくしけずってやるわよあんた」


 わたしがブラシで頭を叩き、この子が痛そうな顔をする。


「文句があるなら自分でやりなさい」


「そもそもこの長さが面倒……坊主にすれば手入れしなくていいんじゃ?」


「アバンギャルドすぎるからそれは止めて」


 この子なら下手をすると本当にやりかねず、わたしの声は懇願するようなものとなった。


「早く着替えてきなさい。初日から遅刻なんてみっともないわよ」


 この子の部屋から出たわたしはダイニングキッチンへと向かう――今時っぽい言い方をしたけど実際のところ昭和初期の台所にダイニングテーブルを置いているだけである。それでも流し台は比較的最近更新したものだし、電子レンジ他の家電は平成の製品だ。

 その台所では一人のメイドさんが朝食の用意をしている。身にしているのはヴィクトリア朝クラシカル風なメイド服だけど調理しているのは純和風の朝食だった。ダイニングテーブルには二人の男性が席に着いていた。うち一人がわたしの顔を見て立ち上がり、頭を下げて、


「おはようございます」


 折り目正しいあいさつをする。


「おはよう、ゆうくん!」


 わたしもまた明るくあいさつを返して自分の席に着き、ゆうくんもまた着席した。わたしの隣では四〇前の男性がお茶をすすりながらスマートフォンを触っている。つけっぱなしのテレビから流れているのは松坂桃李や華原朋美の熱愛発覚だとか何とか、どうでもいいニュースだ。

 ――さて。皆さんおはようございます。わたしの名前は姫宮百佳。石川県大歳寺市在住、この二〇一六年四月四日現在で三一歳一一ヶ月、今月中に三二歳。わたしの隣の男性は愛しの旦那様、姫宮蓮華。今はペンネームとなった「伊青蓮華」という名前で知られた人気漫画家である。そしてわたしのお向かいに座っているのが「ゆうくん」こと善那悠大。今日からぴかぴかの高校一年生、身にしているのはブレザーとネクタイの制服だ。

 彼はわたしにとって、この一五年間自分の娘と兄妹同然に育ててきた、息子同然の存在。そしてエイラ以外には絶対に秘密だけど、彼はわたしの前世――でも前世のわたしそのままではない。

 顔立ちは決して不細工ではなく、むしろ整っている方……とまで言ってしまったら贔屓の引き倒しかもしれないけど! でも平均のちょい上くらいの気持ちイケメンではあるはず! ちょっとだけ目が細めで目つきがいまいち悪くて、威圧感を受ける子もいるかもしれないけど! 不愛想であんまり笑わないから余計にそう感じてしまうけど! で、この辺は前世のわたしと全く変わらない(当たり前か)。

 身長は一八〇センチにぎりぎり届かず、体重は今は八〇キロくらい。八一キロ級(註・七三キロから八一キロの階級)とその上の境目でうろうろしていて、本人としては九〇キロ級(註・八一キロから九〇キロの階級)でちゃんと戦えるようにもっと体重と筋肉を増やしたいと思っている……この辺も前世のわたしとほとんど変わらない。

 前世との大きな差異は、まず髪型。わたしのときは千円カットでスポーツ刈りにするだけだった。でも今のゆうくんは側面や後ろは短くする一方で頭頂と前は少しだけ長めにし、それをツンツンに立たせてワイルドでやんちゃな印象を演出している。今は制服だけど私服にしても、以前のわたしならユニクロかイオンの二択だったけど今の彼にはそれなりのブランド物を着せている。以前のわたしがそうだったように基本的にはファッションに関心がなく面倒くさがりで、放っておいたら一週間は平気で同じ服を着続けるんだけど、一〇年かけて教育した結果身だしなみにはわりと気を配るようになったのだ。本当、ここまで矯正するのにわたしとエイラがどれだけ苦労したことか……でもその苦心惨憺の甲斐あってわたし達の「ゆうくん改造計画」は見事な結実を成し遂げた。

 せっかくわたしがお腹を痛めて用意したヒロインだけど、前のままのわたしじゃちーちゃんにも他の女の子にもまず相手にされはしなかっただろう。でも今は違うのだ! 刮目して見よ、この男の子を! 高身長のスマートなスポーツマン、将来有望な柔道選手! 顔立ちもそこまで悪くなく、清潔感のある、小ざっぱりした髪型や服装をしているからぱっと見イケメンに見えないこともない! あとは人並みの積極性と社交性とコミュ力さえあれば彼女を作ることだって夢物語じゃないのだ! ……うん、それが一番難しいよね。持って生まれた気質や性格は教育だけじゃどうしようもないよね。でもそう思ったからこそわざわざ幼なじみヒロインを用意したんだけどなぁ……。


「おはよう」


 昔ながらの玉暖簾をくぐって台所へと姿を現したのは「ちーちゃん」こと姫宮千尋。我が最愛の一人娘にして勝利すべき黄金の幼なじみヒロインである! ……そのはずなんだけどね。

 ちーちゃんがテーブルの自分の席に着こうとし、わたしが「ちょっと待って」とそれを止める。「何?」と腰に手を当て、胡乱な目つきでわたしを見据えるちーちゃん。わたしはこの子の真正面に立って上から下までをとっくりと眺めた。

 身にしているのはゆうくんと同じブレザーとネクタイ、それにスカート。ぎりぎりで葬式にも着ていける、落ち着いたデザインの制服だ。身長は何とかかろうじて一五〇センチ。身体つきは、まあ、うん。脂肪が非常に少なくて大変スマート。あんまりわたしに似なかったね。でも顔立ちはわたしそっくり! いや、わたしをさらにブラッシュアップし洗練させた、美の極致と言うべき造形! 多分美の女神さまが「いい仕事したわねわたし」と笑顔でサムアップしてる!


「ああもう! 可愛い可愛い可愛い! 我が娘ながらなんて可愛いの!」


「もう、うざい、暑苦しい」


 辛抱たまらずちーちゃんをきつく抱きしめて頭を撫で回すわたしだけどちーちゃんはわたしを押し退けて逃げていった。


「ああ蓮ちゃん、ちーちゃんが反抗期に。わたしの育て方が悪かったのかしら?」


「いやあ、ちーちゃんは照れてて恥ずかしがっているだけだよ。本当はももちゃんのことが大好きで、抱っこされるのだって嫌なわけないじゃないか」


「だらしない脂肪の塊押し付けられて何で喜ばなきゃいけないのよ」


「聞き捨てならないわね。この身体のどこがだらしないと?」


 日夜筋トレやエクササイズを続け、しっかり睡眠し、食生活やその他生活でも美容と健康に気を使い頭を使い金を遣い――その血と汗と努力の結実がこの身体だ。どう見ても二〇代の容貌と、大人の女性として成熟しきったこの肉体! 今こそがわたしの全盛期! これこそが姫宮百佳の究極形態! 蓮ちゃんだって大喜び!

 勢いよく胸を張った拍子にわたしのおっぱいがばるん!と揺れる。ゆうくんはちょっと恥ずかしそうに目を逸らし、一方のちーちゃんはわたしに忌々しげな目を向けて悔しげに、


「くっ、これ見よがしに……」


「あー、ごめんね? その辺遺伝させてあげられなくて」


「構わないわよ。お母さんの血が薄いと思えばこの先の人生にも希望を持って生きていけるから」


 なんかこの子、辛辣さに磨きがかかってないかな?


「ああ蓮ちゃん、ちーちゃんが反抗期に」


「いつまで続けるんですか、この小芝居」


 そう言って流れをぶった切ったのはエイラである。エイラは今三四歳、今年三五歳。未だにメイド服を着続けているけどわたしに負けないくらい若々しいのでよく似合っている。……うん、もうしばらくは大丈夫だと思うよ?


「あまり時間もありません。早く食べてしまってください」


 はーい、とわたしとちーちゃんの声が唱和した。

 ちーちゃんがテーブルの自分の席、ゆうくんの隣に着席する。


「押忍」


「鼻の下伸びてるわよ」


 伸びてねーよ、と言いつつもそこを手で隠すゆうくん。拾われたばかりで警戒心が強く周囲全部を威嚇する仔猫のように、ちーちゃんは周囲全部に対してツンツンしている。でもその中でもわたしとゆうくんに対しては特に攻撃的なように思われた。


「いまどきツンデレって流行らないんだよ? ちーちゃん」


「………………………………死ねばいいと思う」


「それだけ溜めて言うことがそれ?」


 多分脳内では長文の論理展開があったんだけど面倒になって結論だけ述べたんだろうな。

 さて。朝食を終えたわたし達は庭に出た。今日もいい天気で、桜の木は散りかけだけど未だ無数の花を咲かせている。わたしはちーちゃんとゆうくんの二人をその桜の前に立たせ、蓮ちゃんとエイラはカメラを持ってスタンバイした。


「ほら、撮るわよ。こっち向いて! 笑って!」


 でもゆうくんが向けているのは笑い方を忘れたような困った顔だし、ちーちゃんはカメラを見もせず仏頂面でそっぽを向いたままだ。仕方がないのでそのまま写真を撮影する蓮ちゃんとエイラ。……いや、まあ、うん。こういうお互い素っ気ない二人が少しずつ距離を近付けていって、ついには相思相愛! 熱烈カップル!っていうのも王道だけど……そのときには今の写真も甘酸っぴゃー!な青春の一ページだろうけど――ラブラブにならなきゃ意味がないんだよ!!

 「善那悠大と姫宮千尋にラブコメな青春を送らせる」――それこそが我が人生を懸けた、高邁にして壮大な野望である! そのために生まれたときから幼なじみとして兄妹同然に育て、お祭りに連れていき海に連れていき誕生日を一緒に祝いと季節のイベントは欠かさずこなし、幼稚園から中学卒業までずっと同じ学校で、ついでにクラスもずっと同じ。下手をすると親のわたしよりも二人一緒にいる時間の方が長いかもしれない。でもそれなのに! それだけ一緒に過ごしているのに! 甘酸っぱい雰囲気に全然ならない!

 お互いを嫌っているわけじゃ、決してない。それだけは間違いない。でも同じ場所にいてもただいるだけで二人で何かをすることがほとんどない。おしゃべりすらがまれなのだ(憎まれ口の叩き合いはあっても)。ゆうくんはコミュ力低くて口下手だし(前世のわたしもそうだった)ちーちゃんはちーちゃんで何かもー色々とあれだし。完全インドアで文化系なちーちゃんに対してゆうくんはアウトドアで体育会系。趣味が全くかみ合わないのは判るんだけど、「自分が持っていないものを持っている相手に惹かれる」ことすらないのか!

 前世のわたしもそうだったしちーちゃんもゆうくんも一人っ子だから聞いた話でしかないんだけど、兄弟だからって仲がいいとは限らないらしい。仲が悪くなくても男同士、男と女の組み合わせだと、小さい頃ならともかく中高生ともなれば一緒に遊んだり一緒に何かをすることがほとんどなくなるって話である。ちーちゃんとゆうくんの距離感もそれに近く――兄妹同然に育ててきたのが裏目に出ちゃったの?!

 幼い頃から一緒に育った男女は実際には肉親ではなくても無意識の領域がお互いを肉親だと誤認して恋愛感情が生まれにくくなる、という話もどこかで聞いたことがある――だからか? だから「幼なじみは負けヒロイン」なんて言われるのか! くっ、いっそ小学生の頃に善那夫妻をどこか他県に転勤させて、中学生になったらこの町に呼び戻してちーちゃんと再会させるイベントでも起こせばよかったか? でもゆうくんが成長するのをずっと見守っていたかったし……そもそも、イベントを起こせなかったからってセーブ時点からやり直せるわけじゃない。過去の後悔は未来で取り返していくしかない――それは「大歳の巫女」であるわたしであっても変わりはしないのだ。

 残念ながら小学中学と全然ラブコメにはならなかったけど、今日から二人とも高校一年。高校生の学園生活こそがラブコメの王道にして覇道! 国道にして高速道! これからが本番! わたしの戦いは今日、ここからが本当の始まりなのだ!

 記念撮影を終えたわたし達は出発した。わたしとちーちゃんとゆうくんはエイラの運転する自動車に、蓮ちゃんはバイクで高校へと向かう。


「でも残念だったわね。善那さん出れなくて」


「仕事だから仕方ないっす」


 ご両親の善那夫妻はゆうくんの入学式に不参列。会社の方も新入社員の入社式とか何とかで忙しい時期だっていうのは判るんだけど、彼等は中学校の入学式のときもそうだった。さらに言えば前世のわたしのときもそうだった。でもどれだけ忙しくても三年に一度の入学式に出てこれないわけがなく(時任グループはそこまでブラックじゃない)単に二人がゆうくんに対して関心を持っていないだけと思われた。一方のゆうくんも二人に対してフラットだからわたしが横から口出しをするような話じゃないんだけど(実際自分のときを思い返しても両親のことはわりとどうでもよかったし)。


「………………………………お母さんはうざい」


「なんで脈絡なくわたしがディスられてるの?」


 多分ちーちゃんの中では善那夫妻とわたしを比較して色々な論理展開があったんだろうけど、それを口に出すのが面倒になったんだろうね。

 さて。自動車に揺られること十数分。わたし達は市街中心地近くにある高校に到着した。大歳寺市には駅から歩いて行ける範囲に三つの高校が存在している。一つは県立大歳寺高校。何の変哲もない、普通の田舎の普通科高校だ。一つは県立大歳寺工業高校。ここは就職に強いことでよく知られている。最後の一つが私立大歳寺理尽りじん高校。前世のわたしの母校であり、ゆうくんとちーちゃんが今日から通う学校でもある。


「理を究め尽くすべし・理に身を尽くすべし」


 という建学理念をそのまま校名とした学校で、文武両道を掲げている。進学率が高く部活動も盛んで、特に野球と柔道の強豪校としてよく知られた学校だ。ここ一〇年くらいは特に柔道に力を入れていて――って、それを指示したのはわたしなんだけどね! そもそもこの学校を設立したのは時任の一族で、わたしは理事会メンバーだったりするしね!

 一学年に六クラスあって生徒総数は五四〇人。この田舎としては驚異的な生徒数なんだけど、実はこれもわたしが色々やった結果だったりする。一六年前、「大歳の巫女」として目覚めた早い時期にわたしは時任グループを通じて市長や市議会に働きかけをしたのだ。


「とにかく少子化対策を徹底的にやってくれ」


 って。わたしの熱意を理解してくれたのか、高校卒業までの授業料ゼロとか給食費ゼロとか待機児童ゼロとか、市を挙げてありとあらゆる子育て支援政策に全力で取り組んでくれた。その結果、大歳寺市は一〇年連続で人口増、子供増! 税収だって増えた! こんな自治体は裏日本じゃ大歳寺市だけ! 当選したばかりの明石市長が視察にやってきたのは五年前だったかな? 自分がやりたかったことをもう全部やっている、って褒め称えてくれたけど、政策パクったのは実はこっちなんだけどね。

 ともかく。そんなわけで理尽高校は生徒数が多い。前世のわたしのときよりも大分増えている。校庭には新入生とその父兄が大勢集まっていて、その後ろにそびえるのは歴史と風格ある校舎。体感的には実に二十数年ぶりの母校――わたしは感無量となった。


「理尽よ、わたしは帰ってきた!」


「あはは、核バズーカぶっ放しそうな勢いだね」


 両手と雄叫びをあげるわたしと微笑ましげな蓮ちゃん。「高校は行ってないんじゃなかったっけ」とちーちゃんとゆうくんは怪訝な顔だ。全てを判っているのはエイラだけだけどそれを説明するわけもなかった。

 ゆうくんは数少ない友達に話しかけられておしゃべりをしている。ちーちゃんも友達と一緒になった――その子は時任の子だから本当の友達かどうかは微妙なんだけど、でもあの子がいなきゃちーちゃん小中の九年間ずっとぼっちになっていただろうしなぁ……。


「それじゃ、また後でね」


 わたしがそう声をかけ、ゆうくんは小さく会釈。ちーちゃんは目だけで「さっさと行け」と語っている。そしてわたし達はそれぞれの目的地へと向かった。蓮ちゃんは体育館、入学式会場の父兄席。わたしとエイラは――

 さて。それからしばらくして入学式が始まった。

 高校の入学式なんてどこの学校でもそう変わるものではなく、理尽高校もそうだと思ってもらっていい。校長先生の長いだけで中身のない話があり、来賓の長いだけで中身のない話があり、生徒会長のあいさつがあり、新入生代表のあいさつがあり。普通ならそんなところで終了だけど、今回はちょっとだけ段取りを変更してもらっていた。


『……えー。それでは最後に』


 式進行役の先生が疲れたような顔でアナウンスする。


『皆さんと一緒にこの四月から当校に勤務するお二人を紹介させていただきます』


 それを今やるのか?という疑問の空気が体育館に流れるけどそれに構わず、わたしとエイラは舞台の袖から壇上中央へと進み出た。


「メイド服?」「なんでメイドさん?」


 という声にならないざわめきが会場を満たすけどわたしはそれを無視し、会場をぐるりと見回す。ちーちゃんとゆうくんは二人仲良く頭を抱えていて、わたしはこみ上げる笑みを堪えるのに必死である。うんうん、その顔が見たかった!


『初めまして、姫宮百佳です!』


 その一言で父兄の大半は何かを納得したように見受けられた……ちょっと解せない。まあそれはともかく。


『保健体育の非常勤講師として勤務します! わたしも先生一年生、よろしくお願いしますね! みんなの三年間が充実したものとなるようわたしも精一杯頑張ります!』


 そこで一呼吸置き、わたしは「この愛を受け取って!」と最大級の笑顔となって、


『ラブコメでおなじみの変な先生枠を埋めます! みんな! 青春しようね!』


 ――針が落ちる音も聞こえそうなくらいの、沈黙と静寂。うーむ、この痛いくらいの沈黙よ。残念ながら思い切り滑ったようだけど、変な先生枠としてはそれはそれでありってことにしておこう。気持ちを切り替えたわたしはエイラにマイクを渡した。


『初めまして、時任エイラと申します。保健師としてこの学校に勤務します』


 彼女は常日頃と何一つ変わらない、クールな面持ちであいさつをする――メイド姿のまま。


『もし奥さま……姫宮先生が何かやらかしたらわたしに言ってください』


 どういう意味かな?


『安心してください、わたしは常識人ですので』


 お前が言うな!と内心で突っ込みの嵐。今この瞬間、会場全体のみんなの心は間違いなく一つとなっていた。

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