#040「魔力の正体」
武芸百般を鍛えると言っても、自然が相手では伸びていくのは狩人としての腕だけだ。
狩猟空間での〝自習〟を始めて数ヶ月。
俺はさすがに「これ以上はきちんとした教師が必要だな」と感じていた。
斧を振ったり槍を回したり、単独でできる練習はあらかたやり尽くしてみたが、そもそも武芸というのは
(別に、切った張ったを好んでやりたいワケじゃないけども)
どこぞの農民のように、ただ燕を斬るためだけに棒振りを続け、やがてその剣技が神域に到達してしまう──そういう呆れたほどの才能を、俺は持っちゃいないのだ。
この世界の男性には、有事の際、
だから、ある程度の時期を過ぎてからというもの、俺は割と早い段階でひとりの限界を感じていた。
(つーか、戦闘訓練って何したらいいのか分からんし)
とりあえずひたすらに素振りなど繰り返しこなしてみたが、果たして意味があったかは不明だ。
槍なんて、それこそ構え方から分からん。
(てなワケで)
「今日は思い切って座学に立ち戻り、魔法について勉強していきたいと思います。先生、どうぞよろしくお願いします」
「ふふふ。いいわ、なんでも教えてあげる」
パチパチと爆ぜる暖炉。
昼食を終えた穏やかな午睡の時間。
食器の後片付けを終えて一段落ついたリビング。
俺は赤茶けた
ちなみに、隣の椅子では、ケイティナがむにゃむにゃと突っ伏すように昼寝している。
普段は好奇心旺盛でやたらと子猫のように騒がしい少女も、眠ってしまえば歳相応に十代半ば。
オレンジ色の明かりに照らされて、少々ドキリとする雰囲気を醸し出す。
そんな娘の髪を撫でて、ママさんは
手元には、青と緑の綺麗な糸を使った白布。
どうやら、今日は東方に棲むという蝶をイメージした刺繍をするらしい。
「で、何が聞きたいのかしら?」
「あ、うん」
聞かれてハッとし、俺は本を開くと、前々から気になっていたことを確認した。
「ここなんだけど……」
「どぉれ?」
ページを指差し、ある文言が記されている箇所を見せる。
『魔法使いと魔術師』
それは、フィッツジェラルドという魔法使いと、マクシミリアンという魔術師。
互いに才能は違えど、同じ超常現象を引き起こすという点では、ともに天賦の才を与えられた二人の男による決闘の伝記。
若干叙情的な煽りが効きすぎて、小説じみた部分もないでもないが、この本には読んでいて幾つかの不明がある。
たとえば、
「〝魔法とは、魔力がなければ使えない〟」
当たり前のように聞こえて、実はよく分からないルールのひとつだ。
「以前、俺に魔力があるかどうかを教えてもらったことがあったと思うけど、そもそも魔力って何なの?」
生命力の一種だとか、精神力の別名だとか。
本の中でもころころ表現が変わって、どうもこれといった具体性を欠いてしまっていた。
RPGでいうMPなんだというのは直観的に理解できるが、この世界はスキルもレベルもステータスもない非ゲームライク異世界。
ドラゴンだったりトロールだったり、ところどころで地球と似た名前を見かけもするが、未知の存在もそれ以上に見かけている。
どっちかって言うと、ガチファンタジーだ。
身近なところだと、動植物がまさにそう。
なので、
「ママさんは日頃からいろんな呪文を唱えて、たくさんの魔法を使ってるじゃん?」
「ええ、そうね」
「なら魔力ってさ……実際どういうもんなの?」
地球では架空とされた謎のエネルギーについて、俺はその正体を暴きたくてたまらない。
魔力は生まれつきの才能というが、時には魔法を使ってくるトロールだっているだろう。
ダークエルフとして生きていれば、長い人生、そういう機会とはいずれブチ当たってもおかしくない。
敵を知り己を知れば、百戦危うからず。
さあ、なぜなにマジックのお時間です。
「そうねぇ……一言で説明するのは、難しいかもしれないわね」
ママさんは少し考え込んだように斜めを見上げた。
「魔力とはなにか。べつに、その本に書かれている内容が間違っている、というワケでもないのよ?」
「生命力だとか、精神力だとか?」
「ええ。抽象的な呼び方だけれど、そもそも目に見える
でも、それじゃあラズィは納得できない。そうよね?
確認にYESと首肯を返す。
すると、
「だったら……そうね。こういうのはどうかしら?」
ママさんは虚空に文字を描いた。
読むとセプテントリア語で、〝
「存在の、真体……?」
「文字通り、その存在の本質、真なる姿という意味ね」
「……なんか、余計に難しくなってない?」
「じゃあ、存在規模とか存在力とかでもいいわよ。これも俗っぽい呼び方にはなるけれど」
エル・ヌメノスの創世神話を覚えているかしら?
ママさんは唐突に、まったく関係のないような話題を切り出してきた。
俺は話の展望が見えず、急な脱線にかなり面食らうも、もちろん覚えていると回答する。
〈渾天儀世界〉を創った世界神の物語。
エル・ヌメノスは息とか声とかでこの世界を創った。
「そう。その
「え?」
「百億年以上前の流出代、世界神はその
宇宙の始まりと天地開闢の原因とされる出来事。
「渾天儀教の教えでは、そのように語られているわね?」
「う、うん」
「じゃあ、ラズィ? エル・ヌメノスは言い換えれば、この世に『存在』を生み出した神様だ、ってことは分かるかしら?」
「……存在を、生み出した?」
「そう。もっと言えば、概念的な意味での存在」
すなわち、物事が〝ある〟ということ。
「神話の多くでは、この宇宙もとい世界は、神様が創ったとしていることが多いわね。
けれど、その昔とある賢哲たちは、世界の始まりをそうではないと考えたの」
────────────
まず始めに、【概念:ある=有】があった。
世界の始まりが【概念:あらぬ=無】であるならば、いま
〝有〟とは、何かから生まれ出たものではなく、また、滅び去るものでもない。
言うなれば、この世の全体であり、唯一であり、揺らぐことなく決して終わりを内包しない。
なぜならそれは、こうしている今も、あまねく『全』としてあらゆる『一』の連続という形で観測可能だからだ。
すべての発端、この世の始まりが〝有〟でなく〝無〟であるならば、なにゆえ我々は我々を認識できる?
あらぬ、とは、無い、ということ。
そして、〝無〟の原義が本当の意味で〝何も無い〟ことであるからには、そこにこのようにして『語る』だとか『考える』だとかの行い、ほか、様々な営みは許容され得ない。
〝無〟とは、何事も実在できぬがゆえに、世界の始まり足りえない。
〝有〟が〝無〟から生じたと考えるのは極めて愚論である。
したがって、あらゆる創世の神々は、この〝有〟そのものないし、それから生じたと考えられる──
────────────
「小難しい言い回しだけれど、分かりやすく言えば、彼らはこの世界に〈存在の始源〉というものがあると考えたのね」
宇宙も、星も、時間も、元素も、生命も、記憶も、感情も、魂も。
我々が認識しているすべての事物には、
言葉遊びのように聞こえても来るが、
「
存在の始源。
有の大元。
はじまりの
「……つまり、あー、どういうこと?」
「ふふ。魔力っていうのは、要は個々人の存在力と同義ってことよ」
「?」
なおも疑問符を浮かべる俺に、ママさんは苦笑を滲ませ「実演した方が早いわね」と刺繍をテーブルに置いた。
そして、やおら虚空に右手をかざすと、“
テニスボールほどの真っ赤な火球が、空中に浮いた。
「魔法っていうのは、こんな風に一瞬で超常現象を起こすことができるわよね?」
「うん」
「この場合、私は〝小さな火球〟をイメージして魔力を使ったワケだけれど、そもそもどうして魔法にはこんなことができるのかしら?」
「それ、は……」
だんだんと、言わんとしていることが何となく分かってきた。
目の前の火球は、魔力によって編み出された現象である。
魔法という過程を経て、世界に〝存在〟として出力された。
すなわち、
「魔力とは、存在を創り出す力……だから?」
「うーん……まぁ、この場は分かりやすさ優先で、その解釈で正解ってコトにしておきましょうか」
ママさんは「よくできました」と微笑んだ。
と同時に、火球がほどけ瞬く間に霧散していく。
「“火” に限らず、他のどんな魔法もそうなのだけれど、それが現象であるのなら、どんなに不可思議で、どんなに理に反しているように見えても、
魔法とは、個々の存在力を消費して、世界にもうひとつの存在を創り出す御業である。
結果が物質的であれ、概念的であれ、そこに現象の現実があるのならば、究極的な本質は変わらない。
なるほど、理解はできた。
「でも、だったらなんで、俺やケイティナには魔力が無くて、ママさんには魔力があるんだ?」
魔力イコール存在力なら、こうして実際に息をして存在している俺らにも、魔力が無いと道理が通らない。
おかしいぞ、と指摘する。
「あら。ラズィもキティと同じで、魔法、使ってみたかった?」
「そりゃそうでしょー」
正直、ママさんが羨ましくて仕方がない。
火も水も簡単に用意できるのは、ぶっちゃけチート以外の何物でもないと思うんだよな。
もちろん、無いものねだりなのは分かっちゃいるが、仮にどうにかして魔法を使えるようになれるなら、誰だってその方がいいに決まっている。
──魔力、チョー欲しい。
ぼやき出した俺に、ママさんは困ったように肩を竦めた。
「残念だけど、こればっかりは誰にも捻じ曲げられないわね。
さっきも言ったけれど、魔力はべつに『力』ではないの。
便宜上、分かりやすいように魔力とか存在力とか名前を与えられているだけで、実際はその個人が持つ〝
「え」
驚く俺に、ママさんは平然と言葉を続けた。
「すべての生物……存在には、その存在がその存在として持って生まれた標準の規格があるの。
たとえば、人間であれば平均で五十〜六十年。エルフやダークエルフなら、そうね、たしか三千年くらいだったかしら?
動物や植物、鉱物にまで目を広げれば、もっと長い年月をかけて成長していくものもあるわね」
人間の寿命とペットの寿命で考えれば分かりやすい。
どの動物も、種族という運命で生涯の絶対値が決まっている。
「一方で、同じ人間同士であっても、長生きをする人と、逆に早逝してしまう人がいたりするでしょう?」
病気や怪我、不運な事故なので命を落とす。
また、健康にどれだけ気をつけていたかなどで、人生の長さは人それぞれに変わっていく。
しかし、誰も最初から、自分の運命がどこまでかなんて分からないし知らない。
でも、だいたいの推測はつく。
「ある賢哲は、これを〝
その存在がその存在として、この世にどれだけ存在し続けられるかを計る標準の規格単位。
我々は皆んな、持って生まれた時に与えられたその貯蓄を、通常はただ存在していくことのためだけに使い切る。
生あるものは皆いずれ、死に向かい走り続けるだけ。
老化とは畢竟、誕生時に与えられた貯蓄が残り少なくなったことを意味している。
「けれど稀に、その
すなわち、
「それこそが、魔力の正体」
「……って、ことは」
「もう分かったかしら?」
問いかけに頷き、右手を顎に当てて考える。
ここまでに提示された情報を整理すれば、つまりはこういうことだ。
────────────
魔法:
それがどのような現象であれ、何らかの存在──〝〇〇がある〟という事実を創り出す。
魔力:
魔法を成立させるための元手で、本来その個体(存在)に与えられる以上の存在規模≒寿命。
────────────
「単に存在力自体なら、ラズィが疑問に思った通り、どんなものにも宿っているわ。
けれど、自分が存在するための存在力を、普通、他の
だからこそ、魔力っていうのは天賦の才能なの。
ママさんは滔々と語った。
標準を逸脱した『余剰』の
使えば目減りしていくが、そも始めから『過剰』でもあるので、持って生まれたものは自分以外の存在=超常現象にリソースを回せる。
「……なるほどねぇ」
「ふふふ。どう? 先生として、きちんと教えられたかしら?」
「うん。悔しいけど、完全に理解させられたよ」
世界神の話に転んだ時はどうなることかと思ったが、突拍子もない論理ではあっても筋道は通っていた。
生命力や精神力。
魔力がそういう風に言い換えられるのも、今ではストンと納得できる。
つまりは、その存在の内側から表出されるからだろ?
だからこそ、
(俺が魔法使いになる道は……ねーな、こりゃ)
こうなっては完璧に断念せざるを得ない。
この論理では、たとえどんな種族に生まれようとも、その
デーヴァリングであるケイティナでさえ魔力を持たないのは、要はそういうことに違いない。
魔力を持って生まれるかどうかは、つまるところ完全にガチャ運。
(世知辛ッ!)
しかし、
「じゃあ、ママさん」
「うん?」
「魔力が何なのかは分かったけど、次はこれを教えてくれない?」
「どれどれ?」
〝すべての魔法は、唱えし者の意図した通りの結果を第一義とする〟
「これってどゆこと?」
俺の知的好奇心は、まだまだ満足とは程遠かった。
────────────
tips:〈存在の始源〉
すべての存在の大前提たるはじまりの流出口。
森羅万象がなにゆえ始まったか。
どんなことにも『ある』という前提がなければ、『ある』ことはできないという考え。
学者の中には、世界神エル・ヌメノスをコレだと見なす者もいる。
分かりにくければ、地球でいうアカシックレコード、その在り処と考えてもらえばよい。
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