第6話 入学式

 入学式を無事終えたアレクサンドリアは、教室に入り教授が来るのを待っていた。


 式の会場ではまだ上級魔法科の入学式が続いている。生徒会長の第2王子が祝辞を述べるようで、普通科の生徒たちもそれを見るために会場の観覧席に残っている者が多かった。


 数人しかいない教室で、机に積まれた教科書を静かに読みながら待っていると、パラパラと生徒たちが戻ってきた。皆興奮しているようで、一気に教室が賑やかになる。次いで教授が入ってきて、話を始める。



 諸注意を述べたあと、自己紹介の時間になった。


 アレクサンドリアはクラスの中でも少し目立っていた。


 目深にローブをかぶり、口元も民族的装飾の施された円筒形の襟で隠れていたので、一種異様ではあった。チラチラと様子を伺っている生徒も数名。


 しかし、クラスに同じような出で立ちの子がもう一人いた。首都より遠く離れた部族の住む地域出身で、宗教上の理由によりローブを被っていた。


 クラスの大半がその宗教を知っていたので、驚きはしたものの皆すぐにその格好を受け入れていた。


 アレクサンドリアもついでに受け入れられた。


 そのローブの子は自己紹介でハレキソスと名乗った。声の感じから女の子のように思える。


 クラスの生徒が順に自己紹介をしていき、アレクサンドリアの番になった。


 入学前に上司のパトリックと相談した際、騒ぎになるので親については学園長のみに告げることになったので、校内でアレクサンドリアの家庭事情について知るものはいない。学園長は救国の魔女の性格を知る者だったので、二つ返事で個人情報を伏せることに承諾した。


 そのことを踏まえ、彼女は自分のことをこう紹介した。


 両親とともにずっと旅をしてきたこと。その両親ももういないこと。外国籍であるので、こちらでの常識がわからないこと。そして週の半分は仕事に通うということ。


 この自己紹介で、アレクサンドリアは『異国の行商人(または旅芸人)の、孤児。そして勤労学生』と認識された。


 そうして、残りの生徒も順次、恙無つつがなく自己紹介を終え、その時限の終了をつげるチャイムが鳴った。


 その次の時限で配布物の説明をすると言い残し、教授は一旦教室をあとにしたため 教室はしばし歓談の場となった。


 常識がないとしばしば(主に上司から)言われるアレクサンドリアだったが、長い旅の経験から、異文化交流で大切なことはわかっていた。


『落ち着いて周りの様子をしっかり見ること』

『わからないことがあったら、躊躇せずすぐ聞くこと』


 人と関わることで一番最初にやるべきことは、挨拶だ。

 幸いローブのハレキソスとの挨拶は簡単だった。


 彼女の部族は肌を見せることを嫌がる。

 そのため、握手などは求めず、手を前で組んで、腰を落とすのが正式な挨拶だと知っていた。

 正式な挨拶は、初対面の時だけでいいのだが、最初にそれをすることでお互いに理解があることを示せるので、できる限り正しい挨拶をするようにしている。


 挨拶は難しい。頭に触れてはいけない人々もいれば、高位の者が下位の者に触れることで挨拶とする者たちもいる。


 こうしてハレキソスとの挨拶は上手くいった。


 危なかったのは、他の者たちとの挨拶だ。

 男子生徒たちが高く手を合わせたり、肘を合わせたりしていた。職場の軍人たちはやっていなかった行動だ。

 もしかしたら一般の市民はそのように挨拶をするのかと思い、実行しようとしたのだが、念の為ハレキソスに聞いてみた。


「やりません。あの挨拶は若い男性が親しい者と挨拶するときにおこなうものです」

「聞いてよかったわ。やってみようと思っていたところだったの」

「見てみたかった気もします。きっと相手が驚きます」


 ハレキソスは話し方が硬いものの、話しやすかった。

 ちなみに二人が現在話しているのは異邦の言葉だ。ハレキソスの部族の言葉をアレクサンドリアが知っていたので、ハレキソスの母語で話す流れとなったのだ。


「ここで母なる言葉を聞けるとは思っていませんでした」


 ハレキソスの部族はラグドといい、2つ隣の国から流れ着いた者たちだった。彼女は3世代目だと言う。

 アレクサンドリアが話していたのは旅の途中立ち寄った2つ隣の国の言葉だったので、ラグドの源流となる言葉だった。


「アレクサンドリアが話す言葉は族長の世代が話す言葉です。祖母と話しているようで、何だか可笑しい」そう話すハレキソスの声は笑っていた。


「そう言えば、この教科書は皆どうするのでしょう」

 生徒たちの机には、分厚い何冊もの教科書が頭の高さまで積まれていた。

 アレクサンドリアは教科書に触れながら、ハレキソスに訪ねた。


「皆収納魔法で持ち帰るのだと思います。アレクサンドリアは使えませんか? 少し値が張りますが、収納魔法の付与された学用カバンも売っています」

「収納魔法は使えますが、あまり普段使いません」

「旅をしていたと聞きましたが、荷物を運ぶときに使わなかったのですか?」

「母は、「本は読んで覚えてしまえばいい」と言いました。持ち運ぶ必要は特にないと」

 それを聞いたハレキソスは少し驚いたように身じろぎした。

「本を覚える…。それは大変ではないのですか?」

「ええ、大変でした」

 アレクサンドリアはフードの下で苦笑した。


「他の荷物はどうしたのですか?」

「母は特に荷物を必要としませんでした。現地調達が基本でしたし、なければ作ればいい(家とかを元素分解からの構築で)。作れないものは取り寄せればいい(空間を繋いで)と」

「現地調達ですか(狩りをするとか?)」

「一応収納魔法は使えるのですが、母は中が散らかると言ってあまり好まなかったようです。何でも投げ込むタイプだったので。あまりにも放置しすぎて新しい生き物が生まれていました」

「そうなのですね。それは今流行の本のようですね。『召喚できないなら、異空間で召喚用新生物を育てよう!』と言うタイトルだったと思います」

「あ、それは私詳しいです(著者)」

「私読んで実践したのですが、難しいですね」



 話が盛り上がっていたが、そこで教授が戻ってきた。

 配布された教科書やその他注意事項が書かれた手紙、校則の冊子などを持ち帰るよう言われ、その日は下校となった。

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