第6話

「コーヒーだけど大丈夫?」


と百地がテーブルの上にカップを置いた。


「ありがとう」


新藤の笑顔に、百地も笑顔を返すが、どこか違和感を覚えた。


やはり、昔と今の彼女とでは、かなり印象が違う。


どういった部分が、と問われたら答えることはできないが。


さらに百地は、離れたところで一人遊びする息子の背に目を向けて、不安そうに目を細めた。それを見た新藤は、きっと彼女は不安でいっぱいだから、笑顔も不自然なのだろう、と自分を納得させた。


「でもさ」


と新藤は話題を振ってみた。


不安を抱えたまま黙っていると、余計に不安になる。何でも良いから、話した方が良いだろう、と考えたのだ。


「まさか、百地さんと再会するとは思わなかった。高校を卒業して、それっきり…会うこともないと思ったからさ」


「そう…だね」


と彼女は曖昧な微笑みを見せる。


会話が弾む気配がない。

新藤は、彼女が喜ぶだろうと用意していた話題を切り出すことにした。


「今も、本は読んでいるの? 高校のとき、色々教えてくれたよね」


「もう読んでない。結婚する…ちょっと前くらいから」


そうだったのか、

と新藤は心の中で呟く。


あれだけ読書家だった百地が、本を読んでいないなんて、少し想像が付かないが…。


とにかく、これ以上、高校のときの話は良くない。なぜなら、二人にとってあまり良い想い出ではないからだ。


「卒業してから、短大に入ったんだっけ? すぐに結婚したんだね」


だから、新藤はできるだけ、彼女の現在の話に近付けるよう、話題を変えた。


「そう。新卒で入った会社で…今の夫に出会って」


「凄いしっかり旦那さんなんだね。家も大きいし、家具もなんだか高級そう」


新藤は右から左へ視線を動かしてみせる。改めて見て、本当に裕福な生活をしているのだろう、と思わされた。


「うん…たぶん、良い会社に勤めているとは思う」


「どんな馴れ初めだったのかな?」


「どうだったかな…」


もしかしたら、夫との出会いに関することなら、楽し気に話し出し、あっという間に時間も過ぎるのではないか、と考えたが…どうやらこれも失敗らしい。


「陸くんは結婚してすぐ生まれたの? 本当に可愛いね」


「うん、私の宝物だよ」


百地の表情が少しだけ柔らかくなり、新藤はほっとする。


「四歳だっけ?」


「そう」


「好きなものとか、あるのかな?」


「ちょっと前は恐竜だったけど、今は電車みたい」


こちらに背を向けて遊ぶ息子は、確かに電車のおもちゃで遊んでいるようだ。それから、一時間ほど途切れ途切れに会話が続く、重たい時間が流れた。


新藤も黙りがちになった頃、百地の夫が帰ってきた。


新藤の名刺を受け取った百地の夫は、目を細める。それは蔑むような、明らかに歓迎していないことを新藤に伝えるかのようだった。


「探偵さん、ですか」


「はい。今日から昼間は警護させていただく予定です。ご主人も、何かあればすぐにご連絡ください」


「そうですか、ありがとうございます」


それだけだった。新藤は夫から何かしら質問があるだろうと構えていたが、全くと言って良いほど無駄だったらしい。


家を出ようとする新藤を、百地は玄関まで見送った。


「旦那さん、もしかして機嫌が悪いのかな?」


新藤の質問に、百地は首を傾げた。


「いつも、あんな感じなの」


「……そうなんだ。じゃあ、明日も朝に来るね」


「うん、ありがとう。本当によろしくね」


百地の家を出て、新藤は少しだけ彼女と夫の関係性について考えた。上手く言っているのだろうか。


そういえば、夫が帰ってから、陸の姿がなかった。


それが関係しているかどうかは分からない。ただ、何かしら不穏な空気が漂っていることは確かだ。


新藤は一つ息を吐いて、気持ちを切り替える。如月に言われた通り、百地の旦那の車にGPSを仕掛け、もう一度、周辺に異変がないか、見渡してみた。


すると、電柱の街灯の下に、人影があるような気がした。目を凝らしてみると、それがやはり人だと確信する。しかし、それはただ人が立っているわけではない。そこに立つものは、新藤でも信じられないような姿をしていたのである。


「百地…さん?」


そこにいたのは、百地と同じ顔をした女だった。新藤は百地優花梨のドッペルゲンガーを見たのである。


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