第1話 アップルパイ

 S級パーティー【ロイヤルワラント】は、未踏破の上級ダンジョン近くの街に到着すると下準備に入っていた。

 主に忙しく立ち回っているのは、盗賊シーフのタムタムだ。糧食の調達に走り回っている。

 メンバーが宿泊している宿の一室で、魔術師ウィザードのニッキーがブツブツと呟いている。

「タムタムから言われた対処戦略は大したものだった。正直かなり見直した。

 だが、姫様が狂戦士化バーサーカーした原因に対処出来ればもっと簡単にカタが着くハズだ」

 ニッキーは開いていた魔歴書を閉じた。

「やはり、どの史実にも重力を操作できる魔法が使われた記録はない。人間側にも魔族側にもだ…」

 ニッキーの呟きに応える者は、部屋にはいない。

「そもそも重力操作の魔法があるならば、それを打ち消す反重力の魔法も生み出されているハズだ…そんなものがあれば、とっくに人間は空を飛んでいる」

 椅子から立ち上がると、ニッキーは部屋をうろうろと歩き始める。

「魔族の中にも空を飛ぶ者はいる。だが翼を使っている…反重力の魔法があるなら翼は必要ない」

 壁の前で立ち止まると、今度は壁に向かって呟き始める。

「ないと仮定して考えた方が合理的か。ならばなぜ、ダンジョンボスの部屋で動きが鈍った?」

 今度は壁に沿って歩き始める、器用な動きだ。

「動きが鈍くならなかった者もいたな。ハイオーガ達とタムタムも普通に動けていたな」

 ニッキーの動きがピタリと止まる。

「オーガキングが、これ見よがしに吠えたのはそのためか!そうかそうか、いかにも部屋全体に重圧をかけたかの様に装ったのか」

 ひたすら独り言を呟いていたニッキーが、部屋の扉を開けると飛び出して行く。


 向かった先は、宿の食堂だった。

 そこにいたのは回復者ヒーラーのモネと彼女の目の前には、焼きたてのアップルパイがワンホール。

「おい、モネ」

「な~に?ニッキーちゃん」

「そのアップルパイ1人で食うのか?」

「そうよ、いけない?」

「何人分だそれ?」

「5号サイズで頼んだから4人分くらいかな」

「さらっと言うな、また太るぞ」

「平気…あたし太らない体質だから」

「いや、聖衣のサイズどんどん大きくなっているだろう」

「うるさいわね!あたしは美味しいものを食べるために冒険者やってんの。文句ある?」

「太った聖職者って、私腹を肥やすオッサンのイメージなんだが…」

「失礼ね!ポッチャリ系聖職者よあたしは」

「そんなマニアックなデブ専ジャンルあるのか?」

「文句言いに来たんなら、あたしの至福の時間をジャマしないでくれる!」

と言うと、モネはアップルパイにナイフを入れる。甘い薫りの湯気が立ち上った。

「ホへ~」

 とろけそうな甘い笑顔を浮かべるモネの向かい側の席に、ニッキーは陣取る。

「自重を増やす魔法に回復魔法で対処できるか?」

「あんた、ケンカ売ってんの?」

「違う、この前のダンジョンボス部屋での話だ」

「ああ、急にみんなの動きが鈍った件ね。あれはオーガキングが、重力を操作したからじゃなかったの?」

「そんな魔法はない」

「え?じゃあ、あれって…」

「状態異常の魔法だと思う」

「自重に作用する魔法ってことか…」

「認識した対象の自重に干渉して、動きを鈍らせる魔法だ」

「それを悟らせないために、オーガキングは吠えたのね。なるほど、ただのダンジョンボスじゃないって事だ」

 そう言うと、最後の一切れをモネは口に入れる。

 ペロッと完食しやがったと、ニッキーは目を見張ると、

「状態異常を引き起こす魔法なら、回復魔法で対処できるか?」

と尋ねる。

「重力を操作する魔法じゃあ、あたしの出番はないと思っていたけど、状態異常だったらあたしの専売特許じゃない!」

「じゃあ…」

「ポッチャリ系美女のあたしに任せなさい」

「デブ系堕落聖女?」

「なめとんのか!」


 それから急遽、ミーティングを行ったロイヤルワラントのメンバー。

「なるほどオーガキングの状態異常魔法によって、動きを阻害されていたのか」

 ライオット姫がニッキーの説明を要約すると、

「状態異常ならモネが対処可能なんすね!ダンジョン完全攻略のための糧食も揃ったので、いよいよ出発するっすか」

 タムタムが準備が整っている事を伝えた。

「タムタムすまん、大メシ食らいのせいでいつも世話をかける」

「ニッキーちゃん、それって誰の事かな~?」

 額に青筋を立てたモネが問い質す。


 前回のダンジョンボス部屋での懸念を払拭したS級パーティー【ロイヤルワラント】が、未踏破上級ダンジョンの完全攻略を目指して出立した。

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