告白の夜

第1話 幼馴染の頼み事

「アルス！頼みがある！収穫前夜祭の『告白の夜』に参加してくれ！」

「は？」

　突然の幼馴染の頼みに困惑する僕。

【『告白の夜』とは仮面を付けた村の若い男女が広場の舞台に集まり、歓談や食事をした後、舞台の中央で男が良いと思った人の手を取り、告白をするイベント。告白をされた女性は受けるならキスをして、受けないときはビンタで返すのが決まり】

「僕は恋人いらないから、ベルハルト1人で出ろよ」

僕は興味が無いので断った。

「頼む！お前がいないとリアラが出ない！俺だけが出てもリアラがいないと意味が無い！」

「僕は関係ないだろ？」

「いや！関係あるリアラはお前の事が好きだ。だから絶対出る！」

　なんとなくそんな気はしてた。でも僕はリアラが苦手だ。

「でもそれだと、結局僕が邪魔だろ？」

「わかっている。だから作戦は考えてる。頼むアルス、『告白の夜』に俺の妹に告白して、キスを受けてくれ。絶対リアラは動揺するから隙が出るはずだ。そこで俺の告白でこちらからキスする」

「ええっ？そんなの出来ないよ！それにお前からのキスもまずいだろ」

そう色々まずい。

「アルスの方は大丈夫だ。ベルタに了解はとってある。俺の方は死亡も覚悟の上だ！」

「いや一人で勝手に死んでくれ。観客として応援はしてやる」

「おおっ、応援してくれるかアルス！じゃあ俺の家に行ってベルタと打ち合わせしようぜ」

「お前！話し聞いてたか？おい！離せよベルハルト！」

　僕は彼の家に引きずられて行った。

▼ベルハルトの家にて▼

　玄関に放り込まれた僕の前にベルタが慌ててやって来る。スラリとした金髪美人に成長したベルタに一瞬目を奪われた僕。

「兄が迷惑をかけてスイマセン」

　ベルタは神妙な面持ちで僕に頭を下げた。

「イヤ、べつに謝らなくていいよ。僕は参加しないし」

　僕がそう言って断るとベルタはとても悲しそうな顔をした。

「あの、やっぱり私とキスはイヤでしょうか……」

「いや、そんなことはないけど……」

　僕の知ってるベルタはとても兄を大事にする優しい子だ。小さな頃よく一緒に遊んだ。ただいつも途中でリアラが乱入し、僕とベルハルトはリアラの道場に連れていかれてた。ベルタが寂しそうだったのを覚えてる。もしかしたら僕の事あまり覚えてないかもしれない。でも兄の為にその幼馴染とキスしようというのだ、ここは考え直さないといけないかも。ベルタ綺麗だしね。

「こんな兄貴をもってベルタも大変だね？わかったよ、ベルハルトの最後の頼みだと思って参加するよ」

「本当ですか嬉しいです！」

　顔を上げたベルタは、悲しげな面持ちから一転、キリッとした顔になって断言した。

「おいアルス！俺がリアラに殺されると思ってるだろ！」

　ベルハルトが文句を言うがもちろん無視。

　僕とベルタは打ち合わせを始めることにした。

「オーケー。右耳に黄色、左耳に赤の耳飾りか、わかりやすくて良かったよ。後は告白だな。キスはフリだけで僕が下を向いて目を瞑るだけで良いんだね？」

　少し前の『ベルタとキスできるかも』と思った自分を殴りたい。そりゃそうだ、好きでもない男にキスするなんてしないよね。要するにお芝居するわけだ。

「それでお願いします。私が首に手をかけてアルスさんの顔位置を調整するので、何が起きても自然体でお願いします――」

　こうして打ち合わせが進む中、バカ兄貴が何してるかと言えば……

「ぐふっ。どうしよう、そのままリアラが俺を押し倒して来たら……イヤイヤ、流石に舞台の上で淫らな事はできないし……」

(バカ。リアラがお前を押し倒したら、お前はそのままタコ殴りされるんだよ！)

　そう心で思った時ベルタと目が合った。このバカ兄貴は放っておくしかない――そして、打ち合わせが終わる。

「よし、ベルタお疲れ様だったね、僕はもう帰るよ。ベルハルト次は本番会場で会おう……」

　賛妄想中で返事しないベルハルト。僕が呆れて首をすくめると、ベルタが僕の傍に寄って来た。

「ん？ベルタどうした？」

『あの？帰る前に一度だけ、『偽のキス』の稽古をさせてもらえませんか？流石にここで兄さんに見られるのは恥ずかしいので……』

　そう言って少し後ろに下がり頬をほんのり紅に染めるベルタ。

(確かに恥ずかしいだろうな。兄貴の為に一生懸命。ベルハルトにはもったいない妹だよ)

　バカ兄貴は妹の思いも知らず妄想中だ。僕達は気付かれないように廊下に出た。

「で、では壁際に移動して下を向いてください。そして目を閉じて欲しいです」

　僕は下を向いて目を閉じた。首に『グッ』とベルタの手がかかる。結構な力で顔を引き寄せられるとベルタの甘い香りがした。

「ふぅ～」

　ベルタの吐息を感じる。ほのかなミントの香りだ多分相当に顔が近い。なんだかドキドキする。

　僕は耐えきれなくなって、目を開けた。眼前にベルタの綺麗な顔が迫っている。

「うわっ！」

　僕は思わず退けぞった。背中が壁にあたるが、首にベルタの手がかかっており、幸いにも頭は打たないで済んだ。同時にクビにかけていたベルタの腕が伸びて、僕の顔とベルタの顔が少し離れた。

「きゃっ！」

　ただその反動で、急激にベルタの唇が僕に迫る。僕は顔を背けベルタの唇を回避。予定通りベルタは僕の頬にキスをした。

「チッ……」

(えっ？今舌打ちした？)

　「アルスさん本番でそんな動きをしたら、キスしてないのがバレます。ですから普通にして下さい。ちゃんと私が上手くやりますから。

「あ……ゴメン。わかった本番では任せるから……」

(あ、僕が動いてしまった事への舌打ちだったか……)

　僕は恥ずかしく凹んでしまい、慌てて玄関で靴を履いた。そこにやって来るバカ兄貴。

「なんだ？アルス帰るのなら、声かけろよ！」

　いつも空気を読まないコイツは雰囲気をぶち壊す。腹立つから、コイツに文句言ってから帰ろうか？コイツの為にやってるんだから、それぐらい良いだろ。

「やれやれ、声かけたけど無視したのはそっちだろ？いやらしい妄想してるから人の声が聞こえないんじゃないか」

「ば、ばかな俺の頭の中でも覗いたのか？！」

「何だ図星かよ？まあ、あの顔見てりゃ誰でもわかるわ！」

す

　僕は大きな溜め息をついた。そんな僕の様子を見て何か思う所があったのか、ベルタがベルハルトに注意をしてくれる。

「もう！兄さんが妄想してばかりで聞いてなかっただけでしょ？ちゃんと打ち合わせも終わりましたから問題ありません！」

「あ、そうか？すまん」

ベルハルトは昔から『のれんに腕押し』なんだよなぁ。

「まあいいや、僕は帰るから。本番はよろしくベルタ。ベルハルトも、次は会場でな？！」

「おう！わかった」

　僕は玄関を出て家路についた。

▼告白の夜。前日▼

「ちょっとアルス、広場まで顔を貸しなさい」

　僕は突然リアラに呼び出しをくらった。僕は多分『告白の夜』の事だとわかったけれど知らん顔して広場に出向く。

「なにリアラ？僕ちょっと忙しいんだけど？」

「アンタ『告白の夜』に出るって本当なの？」

いきなりズバッと本題を切り出すのは、リアラらしい。

「うん出るよ？僕も年頃だしそろそろ『彼女欲しいかな～』って」

ベルハルトに頼まれたなんて言えない。リアラは勘が鋭いから、それがベルハルトの作戦だと見破ってしまう。

「へ、へーそう……なんだ。アンタも、かっ彼女とか欲しいんだ……で、でも、なら強くてカッコイイ娘なんかもお勧めだと思う」

　胸張って腰に手をあて、ポーズをとるリアラ。自分の事をアピールしてるつもりなんだろうけど。ここは受け流しておく。

「それはどうだろう？わかんないね。とりあえず『告白の夜』で、いろんな娘と話してみるよ。まず、話が合うのが1番だからね」

「い、あ……そ、そう……出るのは確定なのね……」

　自分のアピールをサラリと流され不満気なリアラ。ここは下手に出たりすると逆効果だから突き放す僕。

「まぁ、リアラには関係ないでしょ？リアラは男女の関係なんか興味ないし、強さが第一なんだから」

ちょっとカチンと来たのか目が吊り上がるリアラ。

「そんな事無いわよ！じゃあ私も参加するわ！！イイ男見つけてアンタに自慢する為にね！」

　うんまあ、上手くいった。ここで下手に反論するとベルハルトの作戦が失敗に終わる。約束したからな、ここは我慢だ。

「うん。じゃあリアラから彼を紹介してもらうのを楽しみにしてる。話はそれだけ？」

「う、うん」

リアラは振り上げた拳を降ろせず同意するしか無い。

「じゃあ、もういいね？僕は帰るよ」

　僕は内心上手くいったと思いながら、リアラを、振り返る事なく家路についた。