阿房旅行

醍醐潤

1 始まりは背伸びから

 終わった——。


 俺、門井学かどいまなぶは、ぐーんと上に大きく伸びをした。脱力し、お腹の底から重たいため息を吐き出す。


「あー、終わった」

 疲れた。首を回すと、ゴキゴキ音が鳴る。ポケットに入れていたスマホを取り出して、今の時間を確認した。午前10時半。見上げた空の天気は、雲一つない快晴だ。


「さて、どうしようかな……」

 俺は後ろを振り向いた。石碑が設置されていて、渋い筆記体で、


 福井大学


 と、書かれてある。


 ここは、北陸地方福井県北部に位置する福井市。今いる福井大学文京キャンパスは、福井駅からバスでおよそ10分のところにあり、その広大な敷地内にはいくつもの研究棟が並んでいた。


 俺はここで、英検二級の二次試験を受けてきた。面接試験はかなり緊張したが、なんとか無難な回答を並べてこなした。ミスはしていないつもりなので、受かっていたら嬉しいな、試験部屋を出た際には思わず吐息を漏らしてしまった。


 だが、そんなことよりも……。


「やっぱ、遠いな。福井」

 初めて見る街並みに、ぽつりと独り言を漏らした。


 俺が住んでいるのは、福井市ではない。


 そもそも、福井県内ですらない。大阪府大阪市天王寺区、玉造たまつくり駅という大阪環状線の駅からそれほど離れていないマンションの一室、そこが自分の実家だ。距離にして約200キロも離れている。


 そんな遠い場所に、俺がなぜ英検の二次試験を受けたのか。


 それには、ちょっと、いや、大きな事情があった。

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