第3話 バーチャルレストラン

 今回の飲み会は、バーチャルイタリンのサルバトーレで開催されたの。そのイタリアレストランにオーダーすると、自宅に料理が届いて、トレーのボタンを押すと、1分後に、お店がベストと思える温度になるから、そしたら蓋をとって食べるって仕組み。


 これって、お店にとってもいいことばかりで、とっても流行ってるの。お店からすると、店舗はいらないし、満席でお客を断る必要もない。お料理は、画期的なトレーの開発で、味はできた時のままだし、長期間保存できるから、在庫のコントロールもしやすいし、食材ロスもない。すごいでしょ。


 有名レストランでは、前菜とか、スィーツとか、いくつかの専門厨房で調理をしたら、調理済みのトレーを各国の倉庫に保存しておいて、そこから配送しているんだって。


 今日の会場は、レストランモードにした。だから、私たち7人は、南国の砂浜にあるレストランのテーブルで、沈んでいく夕日を目の前に、イタリアンをいただいている。心地よい波の音を聞きながら、暑くもなく寒くもなく、湿度もちょうどいい。


 今は冬で寒いから、南国で暖かい雰囲気がいいって声が多くて、このレストランにしたけど、正解だったわね。


 海の香りはするけど、嫌な匂いはないわね。砂で足が汚れたり、汗でべたべたすることがないのは、バーチャルのいいところだと思う。また、周りに他のお客はいないから、この壮大な海辺の景色は独占だし、大声を出しても迷惑とかはないのもいいわ。


 私も、いずれは迷惑かける方になるんだろうけど、恋人とロマンチックに静かな時間を過ごしたい時に、横に赤ちゃんが泣いていたりすると、生活感が漂ってしまって嫌じゃない。あっちだって、迷惑をかけちゃって申し訳ない気持ちになると思うし。


 でも、本当に、この風景は美しいわね。海岸は湾になっていて、海辺の道沿いに建っている家々の窓から見える光が遠くまで続いている。暖かい家族、恋人が、ここには大勢いるんだなって感じられる。私も、そんな家族で一緒に暮らせる日が来るのかしら。


 そして、オレンジ色の太陽は、静かな波の音が聞こえる海に半分、顔を埋めていて、ゆっくりと消えていく。空の色は、明るいオレンジ色から暗い青へとグラデーションになって、人が飛び跳ねる活気のあるお昼から、寝静まる夜へと時間は流れていく。


 今日も、乾杯の声があり、ふと我に帰った。ワインもレストランからハーフボトルで白と赤を頼んだから、みんなと料理だけじゃなく飲み物も同じ味を楽しめる。


「紗世はスリムだけど、運動とかしているの? メタバースで過ごす時間が長いと、体動かすこともないし、太っちゃうもんね。」

「うん、毎朝、10Km走っている。」

「毎朝10Km! すごいね。」

「毎日走らないと、逆になんか気分がのらないって感じ。これが、数少ない、現実世界で過ごす時間って感じかな。」

「今夜、飲んでも、明日の朝は走るの?」

「お酒、それなに飲まないから、飲んだからって、翌朝、走らないってことはないわね。」

「そうなんだ。すごい。」

「でも、体重管理にはメタバースはとってもいいわよね。メタバースで買ったものを食べると、美味しさはあるけど、実際に体に入るわけじゃないからカロリーはゼロ。だから、現実世界では水とタブレットで最低限の栄養素をとっていれば太ることなく、食べ放題になるんだから。」

「それで助かっている人は多いよね。」

「ところで、健斗は、この前、山を登っているとか言ってたけど、どのぐらい行っているの?」

「覚えててくれたんだ。毎週土曜日に、日帰りで山登りとかしてる。ちゃんとした登山道なんだけど、8時間ぐらい、人と会わないような道歩いてるんだ。そういえば、1年ぐらい前に、熊に襲われたこともあった。」

「本当なの? 大丈夫だった? 怪我とか残っていないみたいだけど。」

「熊が、僕の方に走ってきたんだけど、もう逃げられないと思って、ファイティングポーズとったら、1mぐらい前で、熊の方がびびって、急に方向を斜面の方に変えて見えなくなったんだ。これはラッキーと思ってすぐに逃げて、怪我とかは全くなかった。これが現実世界って感じで、安全なメタバースにはないところだよね。」

「良かったね。本当にラッキーだ。」


 幸一とも話したけど、相手のことばかり想いやるタイプ。優しいのはいいけど、もう少し、強い感じがいいかな。また、幸一は、美鈴の方ばかりみてるし、あまり邪魔しない方がいいかなって。


 聡は、沙由里と莉子に囲まれて、なんか話しかけられないって感じ。そんなんだったら3人で飲みに行けばいいのに、7人の意味ないじゃんって思うけど、別に、興味もないし、まあいいか。


 そして、健斗は、優しい感じもするけど、自分の好きなことはしっかり持っていて、あまりお互いに依存しない関係で付き合えるかなって思った。もう少し、どんな人か知ってから、こっちから声をかけてみようかしら。


「美鈴は、どんな男性が好みなのか聞いてもいい?」

「うん、最近は草食系男子が増えたとかいっているけど、なんでも決めてくれて、引っ張ってくれる男性がいいかな。」

「じゃあ、男性が決めたことが嫌でも、いいって感じ?」

「そればっかりじゃ嫌だけど、バランスもあるじゃない。また、私、そんなに嫌いなことないし。幸一はどうなの?」

「お互いに、相手のことを思いやれる人がいいかな。」

「男性って、かわいくて、いつも笑顔な子とか好きよね。幸一もそうじゃないの?」

「そんな都合のいい子なんて、期待していないよ。最初はそうでも、しばらくいると、こんなに変わっちゃうんだなんて子が多いもんね。それよりも、いつまでも相手のことを尊重できる関係が理想だな。」

「そうなんだ。お互いにってことね。男性からの気持ちもないと、女性も尊重できないもの。」

「そうだね。美鈴とも、そんな関係を築いていきたいな。」

「それって、私と付き合いたいとか? もう酔っ払ったの。もう少し、お互いのこと分かってからね。」


 そんな会話をして2回目の飲み会は終わった。一応、7人で話してるんだけど、なんとなく、私と健斗、美鈴と幸一、聡と沙由里、莉子の3グループで話す時間が多かったかな。


 少し酔っ払っちゃった。でも、この飲み会が終わって、同期スイッチをオフにすると、すぐに自分の部屋だから楽。今日は、いっぱい話せて楽しかった。まだ、あの夕日の美しい光景の記憶が残ってるし。さすが、人気レストランね。


 あれ、なんかふらついている。飲みすぎたみたいね。前回みたく寂しい気持ちになる前にベットに直行しよう。おやすみなさい。

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