思い出話②

〇ローズ宅・ローズの部屋(朝)

   ローズが、自分の部屋の窓の桟に腰かけて煙草を吸っている。そばに置いた袖机に、コーヒーの入ったマグカップと灰皿が置いてある。窓の外を、ジョギング中の年配の女性(庭師と同じ顔)が、通り過ぎた。


ローズの心の声:

「今日は、随分と時間があるな……」


(庭師):

「デイジーさんが、学校の用事とかで、朝早くに家を出られたからです」


   ローズが、コーヒーをすすりながら、3本目の煙草に火をつける。


ローズの心の声:

「慶次……」


〇8年前、慶次のマンション・入口(夜)

   慶次の後をついて、ローズがマンションに入っていく。


(庭師):

「当時、慶次さんは、ラジオ局に勤めていらっしゃいました。まだ若かったのですが、やり手で通っていて、既に番組をいくつかプロデュースなさっていました。仕事柄、音楽に詳しく、たくさんの音楽CDを持っていました」


〇慶次のマンション・慶次の部屋の前(夜)

   慶次が、部屋の鍵を開けて、ローズを招き入れる。


慶次:

「まあ、入れよ、狭いとこだけどな」


〇慶次のマンション・キッチン(夜)

   慶次が、食材の入ったビニール袋をテーブルに置いている。ローズが、きょろきょろしながら、ダイニングを通ってリビングに入っていく。   


(庭師):

「部屋は、決して狭くありませんでした。一人で住むには、広すぎるくらいの間取りです。ローズさんがよく見ると、慶次さんは、野菜やらの食料品が入った袋を持っていました。その袋をテーブルの上に置いて、中身を出しながらローズさんに話しかけます」


慶次:

「何を食べたいか聞きたいところだけどな、あいにくもう今日の夕飯の材料を買っちまったあとだったもんでな、シチュー一択だ、別にいいだろ?」


(庭師):

「ローズさんは、部屋の中が気になって、聞かれたことに気がつきませんでした。慶次さんは、そんな様子がわかり、構わず台所仕事を進めます」


〇慶次のマンション・リビング(夜)

   慶次が、ホットミルクの入ったマグカップを持って、入ってくる。


慶次:

「できるまでにちょっとかかるから、まずはこれでも飲んどけよ」


   慶次が、マグカップをローズに渡す。


(庭師):

「ローズさんは、慶次さんから温かいマグカップを渡されるまで、ご自身の体が冷えていたことに気づきませんでした。ゆっくりと、ミルクの味と温度を味わいます。

 一息つくと、さっき目に入った膨大な量の音楽CDが気にかかりました。ローズさんのご生家では、特に誰も音楽を聴かなかったので、音楽CDも数える程しかありませんでした。ローズさんが、その音楽CDの山に見とれていると、慶次さんが後ろから声をかけました」


慶次:

「ラジオの仕事をしてるもんでさ、どうしてもCDなんかは増えてっちゃうんだよな。好きなの聞いていいぞ」


   そう言ってから、慶次がキッチンに戻って、料理をし始める。色々と支度をしながら、ローズの様子を見ている慶次。


(庭師):

「ローズさんにとっては、好きな音楽なんていうものこそ、わかりませんでした。目の前のメディアの山に触ることすら恐ろしい…。そんな様子を察したのか、慶次さんが料理を作るの手を止めて、ローズさんのそばまでやってきました」


慶次:

「どんな感じの音楽が好きとかあるか?」


(庭師):

「慶次さんは、ローズさんに曲の好みについて、色々聞いていきました。

 楽しい感じの曲がいい?

 落ち着いた曲が好き?

 かっこいいのとか?

 歌が入っている方がいい?

 入ってない方が好み?

 女性ボーカル、男性ボーカル?

 日本語、外国語?

 ローズさんが聞かれたことに答えていくうちに、目の前に音楽CDが積まれていきました」


慶次:

「この辺適当に聞いてみて、好きなの探すといいよ」


   料理の続きに戻る慶次。ローズが、恐る恐る、CDを手にとってプレイヤーにかけ、再生ボタンを押す。


(庭師):

「ローズさんは、スピーカーから聞こえてくる音楽に聞き入りました。初めて聞くタイプの音楽でした。古い、外国の女性ボーカルのポップスでしたが、ローズさんにはとても新鮮に聞こえました。そして、いつの間にか目から涙が溢れていました」


   慶次が、皿を並べながら、嬉しそうに言う。


慶次:

「お、気に入った? ジョニ・ミッチェルが好きとは、嬉しいね。

 俺と気が合いそうだ」


〇ローズ宅、ローズの部屋(朝)

   ローズが、自分の部屋の窓の桟に腰かけて、吸い終わった煙草を、灰皿でもみ消している。


ローズ:

「ほんと、慶次がいなかったら、今のあたしはないもんね」


   ローズが、柱時計に目をやってから、ゆっくりと伸びをして立ち上がる。


(庭師):

「おっと、そろそろお店を開ける時間ですね」

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