子猫②

〇神社(昼)

   デイジーが、段ボールから、二匹いる子猫のうちの一匹を、恐る恐ると言った様子で、そっと抱き上げる。


デイジー:

「うわ、小さい……、柔らかい……、猫臭い……」


璃々:

「そりゃ、猫だもん」


デイジー:

「そうなんだけど……」


(庭師):

「デイジーさんも、別のお友達のお家で猫に触ったことはありましたが、それは大人の猫でした。子猫は何というか、まるで別の生き物のように感じられたのです」


璃々:

「気を付けないと、服汚れちゃうよ? ……もう汚れちゃったかな」


デイジー:

「ううん、別に、洗濯すればいいから大丈夫。もう一匹は、璃々抱いてあげられる?」


(庭師):

「デイジーさんは、片手に買い物袋を持っていることもあり、一人で二匹は持てなかったのです」


璃々:

「うん、もう一匹の方は、あたしに任せて。ローズママは、今日はおうちにいるの?」


デイジー:

「うん、いるはず」


   少し緊張した様子になる璃々。


(庭師):

「大抵の大人には隙があり、璃々さんはその隙を見逃しません。そして、いざと言う時のために取っておいて、何か璃々さんの希望を通す必要があるときに、その隙を撫でるようにして相手にプレッシャーを与え、交渉をするのです。ところが、璃々さんが見たところ、ローズさんには見事と言っていいほど隙が見当りませんでした。好きな人間ではあるのですが、ずっとそうして大人と接してきた璃々さんにとっては、ローズさんは勝手の違う相手というわけです。しかも、今回はそのローズさんにお願い事をしなくてはいけません。こちらの弱みには思い当たっても、相手の弱みが思いつかないのです」


璃々:

「もしダメだったら、どうしようね」


(庭師):

「珍しく、璃々さんが、気弱な発言をします」


デイジー:

「んー、そん時はそん時、どこかでこっそり飼うよ!」


璃々の心の声:

「デイジーがこんなに無鉄砲なことを言うなんて……」


(庭師):

「璃々さんは、少しおかしくなってしまいました。なんだかいつものデイジーさんではありません」


璃々の心の声:

「こっそりなんて、あの人に対して、できるわけないだろうに……」


(庭師):

「璃々さんには、ローズさんに全てが看破されてしまう気がしていました」


〇ローズ宅・裏手(昼)

   ローズ宅に着いた二人。デイジーが先頭になって、駄菓子屋の裏から、家に入っていく。


(庭師):

「さて、お二人がローズ宅に着きました。お家の中を通って、駄菓子屋さんの方へ向かって行きます」


〇ローズ宅・廊下(昼)

   家の中を通って、駄菓子屋の方へ歩いていく二人。デイジーが、後ろからローズに声をかける。


デイジー:

「ママ、ちょっとお話があるんだけど……」


ローズ:

「あら、なあに改まって……」


   振り返って、デイジーの方を見るローズ。


(庭師):

「ローズさんは、デイジーさんの腕に抱かれた子猫を見て、事情を悟りました」


ローズ:

「あらぁ、捨て猫?」


璃々:

「そうなんです、神社に捨てられてたんです。

 あのままじゃきっと近所の野良犬とかに見つかって殺されちゃうかもしれないって、連れてきたんです」


(庭師):

「璃々さんは、祈るような気持ちで、まくし立てました。

 一方、デイジーさんは、そんな話は初耳だったので、少々驚きましたが、調子を合わせました」


デイジー:

「ね、ママ、この子達、うちで面倒見ちゃダメかな、この子たちをほっといて死なせちゃうのはかわいそうだよ!」


ローズの心の声:

「この子達って、ああ、璃々ちゃんも抱いてるのね、二匹か」


(庭師):

「ローズさんは、お二人のご様子を見て、色々と考えを巡らせました。

 実際、お店で食べ物を扱ってこそいますが、ほとんど乾物のようなものなので、猫を飼うくらい影響はないだろうと思われました。

 問題は、猫の世話だけだ、と」


ローズ:

「見たとこ随分小さい子達みたいだけど、ちゃんと面倒見られるの?子猫の世話って結構大変なのよ?」


デイジー:

「大丈夫、ちゃんと調べて世話するよ、だからお願い!」


璃々:

「あたしからもお願いします。

 ほんとは一匹くらいうちで面倒見てあげたいんだけど、うちのお母さん猫嫌いなので……、勝手なことを言うようですけど、なんとか……」


(庭師):

「すがるようなお二人のお顔をそれぞれ見て、ローズさんが、愁眉を解きました」


ローズ:

「しょうがないわね、ちゃんとお世話するのよ。でないとかわいそうなのは、その子達なんだからね」


デイジー/璃々:

「やった、よかった!!」


(庭師):

「大喜びのお二人。実際、大人びた印象のある璃々さんの、こんなに子供っぽい行動に、ローズさんは少々感動すらおぼえていました。それとも、それも計算だろうか? とも」


ローズ:

「璃々ちゃんまで巻き込んでごめんなさいね。うちのがわがまま言ったんじゃないの?」


璃々:

「(ドキリとして)

 いえ、違うんです。見つけたのはあたしの方だったので……」


ローズ :

「(納得した様子で)

 あら、そうだったのね。それにしても、そんなに気にしなくていいのに。デイジーがそうしたいと言ったら、それはデイジーの問題なんだから」


璃々の心の声:

「こういうところが、この人のすごいところだ……」


璃々:

「あ、でも、私がデイジーを巻き込んじゃった感じだったので……。それじゃ、私そろそろ帰ります。本当にありがとうございました」


(庭師):

「あわたただしい様子で璃々さんが帰ろうとするのを、ローズさんも引きとめようとしましたが、家で家事をしないといけないと言われれば、引き止めるわけにもいきません。

 璃々さんが帰ってから、子猫たちの様子に気が付いて、ローズさんが声を上げます」


ローズ:

「あら大変、この子達、随分弱ってるみたい。すぐにお医者へ連れて行きましょう!」


   急いで店じまいをする、ローズとデイジー。


(庭師):

「ローズさんとデイジーさんは、急いで店じまいを済ませ、二匹の子猫を近所の動物病院に連れて行きました」


〇動物病院・診察室(夕)

   獣医が、順番に栄養剤を二匹の子猫に注射していく。


(庭師):

「幸い、子猫たちは病気にかかっているわけでもなく、ただ衰弱していただけだったので、獣医さんから栄養剤を注射してもらうと、少しずつ元気を取り戻していきました」


〇ローズ宅・リビング(夕)

   安心した様子のローズ、急にニンマリして、子猫の一匹に頬ずりし始める。


ローズ:

「ほんとにこの子ったら、なんて可愛いの、食べちゃいたいくらい!」


(庭師):

「実はローズさんは、大の猫好きだったのです!」


   ローズの様子を見て、拍子抜けしたデイジー。


デイジーの心の声:

「ママ、猫大好きなんだ……。緊張してお願いしなくても、よかったかな……」

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