第47話 いったい、何を頑張れと?


 十文字の愛車、クロスエッジが復活したのは春分の日を過ぎた頃だった。

 EXVエグゼブの世話になるのを嫌って、自前で修理したため、時間が掛かったのだ。


 この日、義姉の重松沙織に誘われていた十文字は、NSAでVer3.1に換装されたばかりの瞳と紗理奈を拾った後、久里浜の重松家を訪れていた。

義兄の英輔は仕事に出ているが、沙織は産休扱いである。



「もう、ほんと可愛くてしかたないものね。あなたのお蔭よ。シオちゃん」

 赤ん坊を抱いて、にこやかに詩織に微笑む沙織。

 詩織の出産は無事終わり、重松家に男子が誕生していた。

 

「サオ姉ちゃん、母乳の調子はどう?」

「うん。結構出るようになったよ」


 1週間ほど、詩織のボディから沙織に輸血を続けたことで、母親ホルモンが沙織に移植され、沙織の体質が産後の母親に変わっていたからだ。


 すっかり、姉妹トークが板についた詩織。

 生前の詩織をほぼ完全にコピーしている。

 十文字は、まだ詩織さんと呼ぶ距離感から抜け出せていない。


義姉ねえさんも義兄にいさんも、無事帰ってこれて良かったですね」

 複雑な思いで姉妹を眺めながら、十文字は、しみじみといった表情だ。


「どうやら本当にドンパチやっちゃったらしいわよ。『エアリング』がうまく機能したお蔭で、乗り切れたって奈美さんに聞いたわ」


「そんな大事件が起こってたっていうのに、世間は平和そのものですけどね」

 と、斜に構えた突っ込みを入れる十文字。


「それでも、ちゃんとニュースを見てると、世界が動いてるのがわかるんだよ、モジモジ」

 と、詩織はそう言って、リビングのテレビを向く。


 プチっと電源が入り、ニュースが映される。

『……大華連邦共和国とユーラシア共和国連邦の首脳対談が行われています』


 画面には、大華連邦共和国の周緑山主席がユーラシア共和国連邦のトール・グレンコ大統領と握手をする風景が映されている。それを囲んで拍手をする人々の中に、十文字は、見知った顔を発見する。


「姫乃さんと鈴さん? 何でそんなところに?」


「姫乃さん達は、ユ連の情報局長がウェット化している件をトール・グレンコ大統領に忠告しに行ったらしいよ。トール大統領は、アレクセイ・ヴォルコフを更迭したんだって」

 と、詩織が解説を入れる。


「忠告するっていっても、ウェットロイドのこともバラさないと信じてもらえないんじゃ……」

「モジモジ? こうして技術は漏れていくものなんだよ」

 詩織は、立てた人差し指をトントンと振りながら、十文字に諭すように話す。


 ――はぁ……。こんな仕草までコピー

   しちまったのか? 詩織さん。


「それじゃあ、モジモジ。シオちゃんをよろしくね?」

 そう言って、詩織の腕を取って差し出す仕草の沙織。

「??」

「今日は、シオちゃんが、浩輔を届けてくれたんだけど、せっかくだからシオちゃんをモジモジに連れて帰ってもらおうと思って呼んだのよ。これから山下公園にでも行ってくれば? 中華街も近いし、瞳ちゃんも紗理奈ちゃんもバージョンアップして初めての食事でしょう? 楽しんでおいでよ」


「えー、行きたーい。モジモジ連れてってー」

「モンジせんぱーい」


 紗理奈と瞳も期待の眼差しを十文字に向けてくる。


「まあ、それもそうだよな」

 顎を摘まみながら、十文字が了解を示す。


「やったー」

 ハイタッチの紗理奈と瞳。



   *   *   *



「モジモジ、これってどんくらい辛いの?」

「結構辛い方かな」

「ふーん」


 元々辛いものが好きな十文字。紗理奈の希望もあり、渡りに船と中華街の四川料理専門店を訪れていた。

 どうやら紗理奈の味覚は大人並みのようで、瞳も詩織も特に抵抗は無い様子。

 しょっちゅう食事を共にするとなれば、味の好みが近いことは、十文字にとっては有難いことに違いない。


 換装した紗理奈は、2センチ程、身長が伸びていた。

 DNAの親も、保奈美から詩織に書き換えられている。

 詩織は、アンドロイド戸籍上も十文字詩織に変わったらしい。


 ――アンドロイド戸籍上、

   詩織さんは俺の嫁で、

   紗理奈は娘ってことか。




 ランチを食べ終えて店を出た4人。

「紗理奈ちゃん、スイーツ何食べる?」

「んーとねー」

 先程の店でも、杏仁豆腐を食べたというのに、まだ甘いもんを食べるのか? と十文字が呆れ顔をしていると、

「というわけで、モンジせんぱい。私と紗理奈ちゃんはスイーツ食べてくるから。頑張って下さーい」 

 と、瞳は紗理奈の腕を取って、ひらひらと手を振りながら十文字と詩織を置いて、離れて行く。


「いったい、何を頑張れと?」


「行こ? モジモジ」

 ぎゅっ、と十文字の腕を掴んで、歩き出す詩織。

「行くってどこへ?」

「山下公園。――詩織さんとの思い出の場所なんだよね?」


 ――それは、

   厳密に言うと違うんですけど? 


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