第43話 間に割り込むだと? こっちが警備してるのを知ってるのか?


 時刻は少し戻った17時過ぎ。

 私立横浜大学高田研究室の高田誠司教授は、大学の職員用駐車場に向かって歩いていた。その少し後ろには1人の女性。

 ケイト・スミス。書類上は24歳だが、見た目は16~17歳の少女である。

 NSAが動向をマークしていた。


 その時、高田教授の後ろ姿に向かって、静かに加速するEV車があった。

 10メートル程に距離が詰まったところで、微かなモーター音に気付いた教授が振り返ると、目の前には、迫るEV車。


 と、そこへ、1台の車が滑り込んできて、EV車の鼻先に横からドンと激突した。


 鼻っ面をへこまされたEV車は、ブレーキ音を響かせながら、高田教授の右手の駐車場の柵網を、ガリガリと引っ掻くようにして停まった。


 割り込んだ車から、バタンと1人の女性が降りてきて高田教授に声を掛ける。

 香春ヒメノである。


「大丈夫ですか? 驚かせてしまってすいません。こちらの事故の事はお気になさらず、どうぞお帰りになって下さい。幸い救急車を呼ぶような怪我をした人はいなさそうですし」

「あ、ああ、君も災難だったね」

 そう言って、車に乗り込む高田教授。


 ケイトは、踵を返して戻ろうとするところで、1人の男とぶつかりそうになる。

「あら、ごめんなさい」

 と顔を伏せて避けたケイト。その首に後ろから腕を回す男。

 その男、香春鉄男(黄鉄)は、ケイトの右耳に無効化ギアを差し込むと、崩れ落ちるケイトを抱き支え、

「大丈夫ですか、お嬢さん?」

 と、声を掛けた。


 柵に突っ込んだEV車の運転手が、わけわからんという表情で出てきて、呆然と車を眺めているところへ、大丈夫ですか? とヒメノが駆け寄っていく。


「危なかったですね。危うく人を轢いてしまうところでしたよ? ここのEV車、時々暴走するらしいので気を付けてくださいね。うちの車の事は気にしなくても大丈夫です。あちらの女性が、事故を見て驚いちゃったみたいで、具合を悪そうにしてるので、これから急いで病院に連れて行かなきゃいけませんし」


 それでは失礼します、と運転手に手を振って車に戻るヒメノ。

 後部座席には、黄鉄とぐったりしたケイト。


「うまく行きましたね。黄鉄さん」

 そう言って、ヒメノは微笑んだ。



   *   *   *



 こちらは熱田夫妻。時刻は19時を過ぎたところ。

 ソフトロイドの知佳を連れて、『にぎた脳神経外科医院』を出た夫妻の車は、三浦海岸の自宅へ向かって、ちょうど馬堀海岸あたりの道路を走っていた。


 片道2車線の直線道路。

 少し距離を置いて走る十文字の車。バックミラーには、左車線から、急速に追い上げてくるヘッドライトが見える。

 何のつもりだ? と十文字が思っていると、その車は、熱田夫妻の車と十文字の車の間に半ば強引に割り込んだかと思うと、急ブレーキを掛けた。

「なっ!!」

 十文字も反射的にブレーキを踏むが、前の車の後部がみるみる迫る。


 ――ちきしょう。間に合わねえ。


 ぎしぎしと軋むような音を立て、こすり遭わせながら停まる2台の車。


 その時、十文字の横を黒いワゴンと赤い軽が通り過ぎて行った。


 ――間に割り込むだと? 

   こっちが警備してるのを

   知ってるのか?


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