第4章 ウェットロイドの夢

第37話 呆れた……。これって、ちょっとした特殊部隊じゃない?


「どうやらビンゴね」


 『ハニーロイドカフェすすきの店』1階のスタッフルーム。

 姫乃が画面を見て呟く。


 札幌EXVエグゼブ支社に新しく現れた人物は、小樽の医療施設付き介護施設、『夢湯若草ビレッジ小樽』に出入りした人物と同一人物と特定された。

 ヒコボシの情報を元にターゲットを決めて、ウェットロイドが現地で赤外線カメラによりウェットチェックする、という組み立てだが、ウェットチェックのタイミングでは、みどりかシャーリーが出張るため、姫乃と鈴が時折応援に来ていた。


 この人物は、介護施設に入る前は、すすきのの風俗店『宝石箱』に勤めていた女性である。

 須崎彩芽23歳。両親はともに他界しており、他に親類縁者のいない、天涯孤独の身の上であった。


 『夢湯若草ビレッジ小樽』は、10月に『ハニーロイドカフェすすきの店』を始めた時のざっくりとした調査では、ウェットロイドの存在は確認出来なかった施設である。

 その時、たまたまウェットロイドの製造をしていなかったか、その後始まったかのどちらかだろう。

 いずれにしても、同施設でウェットロイドが製造されており、EXV社とも繋がりが確認されたことは事実だ。


「どうやら、狙われているのは、天涯孤独の人ばかりみたいね。突然姿を消しても、誰も騒ぎ立てない。だったら……、ヒコボシ、聞いてる?」


『聞いています。なんでしょう。姫乃さん』

「札幌と横浜で、全く身寄りのない人をピックアップしてマーク出来る?」

『対象を絞っていただけると精度が上がりますが』

「年齢は20歳から30歳の男女。企業勤めの会社員は除いていいわ」

『期間はどれくらいですか?』

「そうね、まずは、1ヵ月ってとこかしら」

『解りました』


「よろしくね? ――それで、お母さんの方はどんな感じ?」


 画面の向こうで奈美が肩をすくめる。

「赤坂の『紫水会若草病院』と『EXV馬堀海岸リゾート』、それと、EXV支社、それから『宝石箱』に出入りする人間で共通する人物は確認されていないわね。それと、国会議員でこれらの施設に出入りした人物は、今のところゼロ」


「そう、動いているようには見えないけど、作ってないわけはないわよね?」

「まあ、そう考えた方が無難なのは確かね」

「となると、先方は、静かに粛々と体制を強化中ってことかしら」

「そうなるわね。こっちも粛々と準備中だけとね」

「モジモジグローブのこと?」

「そう。重松沙織さんの協力で何とかなったわ。他にも幾つかね……。ふふふ、見てみる?」


 画面に移された装備を見て、姫乃が驚きの声を漏らす。

「呆れた……。これって、ちょっとした特殊部隊じゃない?」

「当然よ。無効化ギアが対策されていたら力づくになるもの。赤外線カメラもいつまで通用するか解らないし」

「それもそうね」


「赤鉄と青鉄を応援に送るから、あなたは鈴と戻って来なさい。照君が寂しがってるわ。もうすぐクリスマスなんだから、少しは母親らしいことをしないとね」


 赤鉄、青鉄は、姫乃がハニーロイドカフェの信号トリオと呼ぶ3つ子の軍用ウェットロイドの中の2人で、皆、対外的には香春鉄男を名乗っている。

 照君とは、姫乃の3歳の愛息、照彦のことである。


「お父さん達も、帰って来れるんでしょう?」

「ヒコロイドは居残りだけど、他はみんな帰ってくるわよ」

「そう……。お父さんのプロジェクト、うまく行って良かったわね」

「ほんと。これからがいろいろ大変よ。誰が盗みに来るか、潰しに来るか解らないホトトギスだもの」

「それを言ったら、実さんと大森さんの技術も危ないんじゃないの? 周り中ホトトギスだらけじゃない」

「まあね。高田研究室は潰しに来る方だろうけど」


「臓器培養技術、リークするの?」

「守る体制が整ったら、少しずつやってくつもり。このまま先方優位な状況を放置してはおけないもの」

「そう……。火種になるって解ってても?」

「そうよ。だから守りを固めてからやるのよ。切り札を全て切らされる状況じゃないだけ幸せだと思うけど?」

「ふっ、そうね……。じゃあ、続きは帰ってから」


 プツッ、と画面を落とした姫乃、鈴を振り返る。

「さて、と。コーリン。そろそろ帰ろうか」

「はい。姫様」



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